婚約破棄狙いの王太子が差し向けてくるハニートラップ騎士が…ツンデレかわいくて困る!

あきのみどり

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66 夢の記憶

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 次の日の早朝。まだ薄暗い部屋の寝台に起き上がったローズは、なんだかとてもげっそりしていた。
 顔色は悪くない。だが、あちこちへ自由奔放に伸びる寝癖といい、疲労感のにじむ目つきといい。まるで嵐に見舞われた直後のような表情である。

「…………なんだか……幸せな夢と疲れる夢を同時に見た気がするわ……」

 たった今目覚めたばかりなのに、身体やけに重い。
 気分もなんだか複雑で。幸せな気持ちだったような……疲れたような。とにかくごちゃごちゃしている。記憶も少し曖昧だった。
 ただ、登場人物ははっきり覚えていた。出てきたのはキャスリンと、王太子、そしてクラリス嬢。それから……

 リオン。

 思い出したローズの瞳が安らいだ。
 最後に見たのは確か、お花畑でリオンとお茶会をしている場面だった気がする。
 色彩豊かな野原には薄桃色の花。可憐な世界に腰を下ろし、長い足を曲げて座るリオンは、いつになく柔らかな表情でこちらに微笑みを向けている。
 それはそれは──かわいらしくて、格好良くて。
 ローズの気持ちはまさに夢見心地。

 ──が。
 夢の記憶は幸せなままでは済まない。
 おぼろげに、その直前には自分が死んだ夢を見たような気もして。
 王太子とクラリスには嘲笑われ、キャスリンに壮絶に叱られ。挙句ローズは必死で墓石は好みに仕上げて欲しいなどとヘンテコな懇願していたり……。
 かと思えば。
 リオンに気持ちを打ち明けていたりと──とにかく、非常に波瀾万丈で、忙しい夢だった。
 まあ、夢とはだいたいどこかが変わっていても当然かもしれないが。
 しかしなんであれ、リオンが夢に出てきてくれたことは嬉しかった。
 ローズは寝台のうえで膝を抱え、目尻を下げてしみじみ喜びを噛み締める。

「──あら? でもそういえば、夢の中の私、寝衣姿だったような……リオンの前で……?」

 夢の中とはいえ、想像しただけでローズは恥ずかしくなって顔がカッカと熱くなる。

「ゆ、夢でよかった!」

 思わず両手で顔を覆う。と、ふと指先に何かが触れて、ローズがあらという顔をした。

「? なに?」

 手で確かめると、どうやら額に何かある。
 首を伸ばして壁際にある鏡台の鏡を覗き込むと、自分の額にガーゼのようなものが貼り付けてあった。鼻には薬のような香りも届いて、ローズはキョトンとした。
 しかしそういえば額が少しヒリヒリしている。
 なんだったかしらと思っていると、そこへキャスリンがやってきた。

「おはようございます姫様」

 いつものエプロン姿で水差しを手に、控えの間から出てきた彼女に。ローズはあらと視線を向ける。
 額の傷を不思議に思った気持ちはそちらに気を取られて薄れてしまった。

「キャスリン? ずいぶん早いのね」

 カーテンの隙間から射し込む朝日の具合からいって、時刻はまだ早朝。
 キャスリンが出勤してくるには少々早い。
 どうしたの? と尋ねると、キャスリンはため息をつきながら肩をすくめる。

「ええまあ……昨晩は色々ありまして。心配でこちらで眠らせていただきました」
「? 色々? ごめんなさい、気がつかなかったわ。いったい何があったの?」

 尋ねると、アニスがまた夜勤中に居眠りをしたという。それと、酔った王太子が廊下で大騒ぎしたとも。

「あら……またなの。起こしてくれればいいのに……」

 王太子は酒が入ると気がさらに大きくなるタイプ。自分の安眠を守ってくれた者たちは、さぞ大変だっただろうと思った。
 申し訳なさそうな顔をする王女に、しかしキャスリンはキッパリと斬り捨てる。

「いやですよ! アニスはともかく、あの男にだけはローズ様の安眠を邪魔されたくありません!」
「大丈夫よ、私、寝付きはいいほうだし……」

 王太子の相手は慣れている。自分なら上手く宥めるなりして、きっとすぐに眠りなおせたというローズに、キャスリンは塩っけの強い顔で目を細める。

「ご冗談を。姫様は最近騎士リオンがああだったこうだったと言って、全然寝付きが良くないじゃありませんか」
「あ、あら……? おかしいわね……」

 咎めるような視線を送られて、ローズは気まずそうに目を泳がせている。
 そういえばそうだった。
 以前は多忙さゆえにどこでも眠れる性質だったが、最近はなんだかいつでも頭にリオンのことがあるせいか、上手く眠れないのである。
 ローズは己がいかにリオンに心奪われているかを突きつけられたようで、いっそう恥ずかしくなった。
 ──と。
 いつもなら、こんな時は呆れたような顔をしてすぐに仕事に戻ってしまうキャスリンが、今日はなぜかいつまでもローズの顔を見ている。
 食い入るように凝視されて、ローズは少し戸惑った。

「? ど、どうしたの? 寝癖でもついている? それともよだれ……?」

 ローズは急いで自分の髪を撫で付け、口元を両手で擦った。だが、どうも違ったようで、キャスリンはローズの目を見たまま、怪訝そうな顔をしている。

「いえ……そうではなくて……姫様、昨晩はどんな夢をご覧になっておいでだったのですか……?」
「へ?」

 キャスリンの問いかけにローズはドキりとする。──と、同時に嫌な予感がした。何やら……とても恥ずかしい予感が。
 ローズは顔をこわばらせて問う。

「…………もしかして、また……」

 恐る恐る尋ねると、侍女はこっくり大きく頷いた。


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