上 下
61 / 74

61 深夜の横暴 ④ 殺気

しおりを挟む


 セオドアは自身の身が割れそうな勢いで笑い、それを恐ろしげに見ている衛兵たちに命じた。

「おいお前たち! こいつらと同罪に処されたくなければ、しっかり証言しろ! 王女はこいつと不貞を働いていたとな!」

 こいつら、とは、もちろんローズとリオンのことであろう。
 衛兵らは戸惑ったような顔を見合わせている。
 もちろん彼らは面倒なことには巻き込まれたくはないが……ここでローズを身近に仕事をしていれば、当然彼らにも王女の人柄がよくわかっている。そのお方は、果たして今目の前で騒ぎ立てている男に、『不貞を働いた!』と、糾弾されねばならないようなお方だろうか。
 衛兵たちも、さすがにこれは納得がいかない。その不服が、セオドアにも伝わった。

「おい、なにをためらっている……?」

 セオドアは心の中で舌打ちをならす。どいつもこいつも生意気だ。が、ここはローズの不貞を証明するためにも、ぜひ衛兵たちを味方につけておかねばならない。頷かない衛兵たちに焦れたセオドアは彼らに猫撫で声を出しながら近寄っていく。

「いいか、よく考えろ。ここで私の味方をしておかねばお前たちにも処分が──」
「……処分があるのは殿下のほうですよ……」
「⁉︎」

 と、その時だった。
 セオドアが衛兵らに指を突きつけた瞬間、セオドアの背後からまた別の声が聞こえた。
 その聞き覚えのある声に、セオドアはギョッとした。
 低い男の声は、ため息まじり。驚いたセオドアが跳び退くように振り返ると、そこに近衛騎士隊長ギルベルトの姿があった。
 大柄な近衛の長は、呆れを滲ませた保護者の顔でセオドアを見下ろしていた。

「ギ、ギルベルト⁉︎」
「殿下……酒臭うございます。また王宮で酒盛りですか……今がなん刻かお分かりですか? これは陛下に報告せねばなりませんな……」

 深々とため息をつく男に、王太子は慌てる。

「は……? い、いや、これはその……お、お前なぜここに……」

 父親に知らせると聞いて、セオドアの顔色が変わる。しどろもどろになり、うまい言い訳を考えているらしい男を見て、ギルベルトはその周りに侍従しかいないことを見てとって。また、大きなため息をついた。

「殿下……また夜番の近衛を買収して遠ざけられたのですか……そのようなことをされては御身がお守りできないと何度申し上げたらお分かりいただけるのです」

 その指摘にセオドアがうっと怯む。
 ギルベルトはその反応を見てやれやれと眉間のしわを深くした。

「我らが気付いていないとお思いでしたか? とんでもない。とっくに気がついておりました」

 そう、セオドアは、こうして隠れて酒宴を開くたび、彼は金を渡して抱き込んだ近衛騎士に当番をさせて騒ぎには目をつぶらせている。そうして近衛たちから父王に自分たちの馬鹿騒ぎがバレるのを防いでいたのである。
 しかしギルベルトは、その情報をすでに得ていて、密かに内偵を進めていたのだと告げた。
 動揺するセオドアに、さてとギルベルト。

「これで近衛の誰が殿下の協力者かはっきりしましたね。ぜひその者からもこれまでの殿下の武勇伝を聞かなければなりませぬ」

 ギルベルトがにこりと笑うと、明らかに王太子が怯える。
 これはまずい事態だった。なんとか誤魔化せないかとセオドア。

「い、いや、別に私は酒を楽しんでいるだけで何も悪いことは……そ、そうだ! 違うんだギルベルト、私はこいつらを調べていただけだ!」

 慌てたセオドアは、そばできっちり背筋を伸ばし、後ろ手に立っているリオンを指さした。

「こいつは今までローズの部屋にいたらしい! ローズと密会していたんだ! 私は密かにその尻尾を掴もうとしていてだな……」

 慌てて弁解するセオドアの言葉に、ギルベルトの瞳が険しくなり、視線がリオンに向く。
 周りでは衛兵や侍従たちが不安そうに成り行きを見守っていて、場は緊迫した雰囲気に包まれていた。
 だが、王太子に指さされたリオンは何も言わなかった。
 彼はただ沈黙し、表情も変えず身じろぎもしない。
 それを反論ができないゆえと取ったセオドアは、それ見たことかと勝ち誇った顔をギルベルトに向けた。

「どうやら弁解もできぬらしいぞギルベルト! 今すぐこいつを牢に入れ、あばずれ女をここへ引き立ててこ──」

 と、そうセオドアが口にしかけた時だった。それまで、まるで廊下に据えられた彫像のように表情を消していたリオンの瞳に、一瞬だけ感情が噴き出した。

「⁉︎」

 露わになった殺気のあまりの強烈さに、セオドアはギョッとして。思わず口をつぐんで数歩後退った。
 唖然として見つめるリオンの青い瞳は、煌々と怒りに燃えている。
 それは、今まで従順であった彼を『リオンお嬢ちゃん』と嘲り、近衛騎士として従え続けてきたセオドアが見たこともないリオンの激しい顔であった。
 真っ向から向けられた怒りに衝撃を受け、青ざめてよろめくセオドアに。そばで黙ってリオンを睨んでいたギルベルトが、ようやく静かに口を開いた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

九日
恋愛
仕事に行こうとして階段から落ちた『かな』。 病院かと思ったそこは、物語の中のような煌びやかな貴族世界だった。 ——って、いきなり結婚式を挙げるって言われても、私もう新婚だし16歳どころかアラサーですけど…… 転んで目覚めたら外見は同じ別人になっていた!? しかも相手は国宝級イケメンの領主様!? アラサーに16歳演じろとか、どんな羞恥プレイですかぁぁぁ———

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

[完結]18禁乙女ゲームのモブに転生したら逆ハーのフラグを折ってくれと頼まれた。了解ですが、溺愛は望んでません。

紅月
恋愛
「なに此処、18禁乙女ゲームじゃない」 と前世を思い出したけど、モブだから気楽に好きな事しようって思ってたのに……。 攻略対象から逆ハーフラグを折ってくれと頼まれたので頑張りますが、なんか忙しいんですけど。

ウッカリ死んだズボラ大魔導士は転生したので、遺した弟子に謝りたい

藤谷 要
恋愛
十六歳の庶民の女の子ミーナ。年頃にもかかわらず家事スキルが壊滅的で浮いた話が全くなかったが、突然大魔導士だった前世の記憶が突然よみがえった。  現世でも資質があったから、同じ道を目指すことにした。前世での弟子——マルクも探したかったから。師匠として最低だったから、彼に会って謝りたかった。死んでから三十年経っていたけど、同じ魔導士ならばきっと探しやすいだろうと考えていた。  魔導士になるために魔導学校の入学試験を受け、無事に合格できた。ところが、校長室に呼び出されて試験結果について問い質され、そこで弟子と再会したけど、彼はミーナが師匠だと信じてくれなかった。 「私のところに彼女の生まれ変わりが来たのは、君で二十五人目です」  なんですってー!?  魔導士最強だけどズボラで不器用なミーナと、彼女に対して恋愛的な期待感ゼロだけど絶対逃す気がないから外堀をひたすら埋めていく弟子マルクのラブコメです。 ※全12万字くらいの作品です。 ※誤字脱字報告ありがとうございます!

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

処理中です...