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60 深夜の横暴 ③ 勝利の予感

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 それはともかくとしてという話である。
 衛兵たちも侍従たちも、大騒ぎしている王太子をこのままにしておく訳にはいかない。
 セオドアは、普段自分が完璧に見下している召使いたちに行く手を阻まれて、それがよほど気にくわぬのか、次第にその怒りがヒートアップしている。

「貴様ら私が誰だかわかっているのか⁉︎ 私はこの国の次の君主だぞ!」

 その怒鳴りに皆心底国の将来が不安になった。
 しかし、それでもセオドアの前に道は開かれない。望み通りにならぬことに、セオドアはカッと頭に血を昇らせた。
 そして悪いことに。この時逆上する彼の眼下には、あるものが映っていた。不埒にも自分の行手を阻む衛兵の、腰元に佩かれた鋼色のもの。王太子は怒りに導かれるように、そのあるものに手を伸ばしてしまう。

(無礼者どもめが! 思い知らせてやる!)

 命じて動かぬのなら、力づくでねじ伏せるまで。
 セオドアがグッと手を引こうとした瞬間、その持ち主──衛兵がギョッとしたのが分かった。

「え⁉︎ で、殿下⁉︎」

 王太子の目の前にいた衛兵は、彼が自分の剣に手をかけたのを見て慌てる。廊下に置かれた明かりに照らされるのは、鞘から離れていこうとする彼の剣の柄。衛兵は一瞬唖然として。彼は咄嗟に王太子から身を離そうとした。が、それを王太子のもう片方の手が掴みかかって引き留める。白刃が姿を現そうという瞬間、衛兵は血の気が引いた。仲間たちからは、どうやら死角になっていて、危険が伝わっていないらしい。その刹那、彼は自分が王太子を突き飛ばしてもいいものかを迷ってしまった。

「殿下! おやめくださ──⁉︎」

 衛兵が慌ててそう叫んだ時。

「……そこまでです」

 もつれあう彼らの間に、誰かの冷えた声が差し込まれた。
 衛兵の剣を奪おうとしていたセオドアは、自分が掴む剣の柄頭に誰かの手が添えてあるのを見て一瞬驚いたようだった。だが、男はすぐにムッと顔を歪める。
 どうやらまた誰か生意気なやつが来たらしい。──と。気がつくと、目の前の衛兵らが、自分の傍らを見てほっとした顔をしている。セオドアはさらに苛立った。

「おい誰だ! この私の邪魔をするのは──……」

 不忠な輩を怒鳴りつけようと振り返ったセオドアの目に、冴え冴えとした青い色が飛び込んでくる。まずはそれが誰だということよりも、その視線の、あまりの鋭さに、咄嗟にセオドアが言葉を呑み込んだ。
 衛兵の持つ明かりに照らされたその男の顔は、とても冷徹で、静かな怒りに満ちていた。男が低く言う。

「……殿下、王宮内で……ローズ様のお部屋の前で、まさか剣を抜くおつもりですか」

 その重い問いかけに、セオドアは一瞬にして酔いが覚める。

「お、お前……リオン・マクブライド……⁉︎ 貴様、どうしてここに……」

 思わず剣から手を離して数歩後退ったセオドアは、ハッとしてローズの部屋への大扉を見て、顔を歪ませてリオンに視線を戻した。「ああなるほど」と、合点がいったと言いたげだった。セオドアはフンと鼻を鳴らした。

「さ、さては貴様……ローズの部屋にいたのだな⁉︎ お前はこの時間は隊舎にいるはず! それがここにいるということは、ローズと逢い引きしていたに違いない!」

 セオドアはリオンを指さして嘲笑った。まさに罪人を見つけた心持ち。心の底から愉悦が湧いてきて、それから彼は、そばで驚いている衛兵らにも敵意を向けた。

「さては貴様らもグルだな? こやつが中にいることを知っていて、私を執拗に引き留めたのだろう⁉︎」
「ええ⁉︎」
「そ、そんなことは……」

 王太子に詰問された衛兵らは戸惑ってリオンを見た。
 自分たちはそのようなことに手を貸してはいないが……だが、確かにこの深夜、ここに近衛騎士のリオンが現れたのはおかしな話だった。
 王太子の言うとおり、騎士の彼は今時分は隊舎で休んでいるはずで。彼の服装がごくごく軽装……というより部屋着も同然のような姿であることも気になった。
 それはまるで自室にいる時の格好であり、とても騎士が王宮に上がるような身なりではない。
 しかし、衛兵らは普段のリオンの勤勉さ、または堅物さを知っていて。好感のあるなしにかかわらず、彼が王女とこんな時間に密会するような人物ではないこともわかっていた。
 それにと衛兵らは必死で王太子に訴える。

「我らはずっとローズ様のお部屋の前におりましたし、絶対に騎士リオンを通したりはしておりません!」
「そうです、その通りです殿下! それだけは間違いありません!」

 彼らは今晩しっかり大扉の周りを見張っていて、こんな騒ぎになるまでその警備を怠ってはいない。
 だが、その懸命な主張をセオドアは鼻で笑い続け、黙っているリオンを指さした。

「ではなぜこいつはこんな時間にここにきた? おかしいであろう、騎士が深夜に王女の部屋に来るなど!」

 セオドアは言って、立っているリオンのそばにのしのしと歩いて行った。そして挑発的な眼差しで、その端正な顔に鼻先を近づけて吼える。

「おいリオン! 貴様下賤な身で私の婚約者に手を出すとはいい度胸だな⁉︎ これは大罪だぞ! 覚悟はできているんだろうな⁉︎」

 セオドアは勝ったと思った。
 どこかに面白くない気持ちもあったが……。これは、騎士と王女ローズとの不貞の証拠をつかんだも同然だ。ようやくローズの鼻を明かして、あいつが泣いて自分に詫びる日も近いと確信し、勝利の予感に胸が沸き立つ。
 自分は縋り付くローズを笑いながら撥ね付けて、愛しいクラリスの肩を抱いて彼女を王太子妃に据えるのだ。そうなれば……きっとこれまでの不満のすべてが解消されて、自分は大いなる幸せを掴むだろう。


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