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56 夢うつつの障害
しおりを挟むローズを抱えて王太子のいた部屋の前を突破したリオンは先を急いでいた。
廊下を進んで階段を上がり、そこからまた長い廊下を進むと程なくしてローズの居住区の入り口が見える。
廊下を進み、そのさきに明かりを見つけたリオンは暗闇で足を止めた。
明かりはローズの部屋へ続く入り口を警備する立番の衛兵たちが持つ明かり。暗い廊下はそこだけ煌々と照らされて、ここまでリオンとローズを守ってくれた闇の加護が消えている。
さて、ここからが難所だと、リオンは静かに気を引き締める。
──が。
「⁉︎」
騎士が冷静に周囲の気配を探ろうとした瞬間、彼の腕のなかの布団がもぞもぞと動いた。己の片方の胸板にすりすりと何かを押し当てられる感触に、リオンは口から悲鳴が漏れそうになるのをなんとか堪えた。
(⁉︎ ⁉︎ ロ、ローズ様……⁉︎)
そう、もちろん犯人はローズ以外の誰でもない。
リオンはもちろんうろたえ、自分が抱える布団を凝視した。すると、布団の中身は納得のいく体位を位置取ったのか、そのまままた動かなくなる。静かな寝息が聞こえて。しかし、リオンのほうはというと、動悸は大きく高まって、ローズを抱える腕がワナワナ震えた。
王女を包んでいる布団は、綿入りとはいっても隊の支給品なのでそう厚みはない。布団の向こうから押し当てられた感触は、盛り上がった形、位置から考えても間違いなくローズの頭。それが自分の胸にそっとすりつけられていた。そう改めて認識すると、リオンの身体はカッと熱くなり、否応なく緊張がせりあがった。
実はこの時……ローズは浅い眠りの中にいる頃合い。何度もぼんやり覚醒しては、その度に夢うつつでリオンにすり寄っては、ぬくぬくと幸せ気分で夢の中に戻っていった。
ローズにとってはまさに至福の時間。が──……リオンにとってはかなり厳しい状況である。
リオンは困った。王女が起きてしまったのではないかという危惧もあったが、どうやらそうではないらしい。そう分かってホッとはしたものの。こんなふうに身体にすりよられてしまっては、自分がローズを抱き上げているという現実をまざまざと実感してしまう。
そうすると、今はそれどころではないという固い理性で、なんとか忘れようとしていた恥ずかしさを突きつけられている気分。集中力がぽろぽろと欠けていくのを感じた。
リオンは慌てて自分を叱りつける。
(お──落ち着けリオン! い、今は深く考えるな! ただ役目を果たすことだけを考えろ!)
──と、やった途端。またローズがゴロゴロとリオンに猫のようにすりつき、立ち上がろうとしたリオンがうっと足を止めた。
……哀れリオン。
王太子たちをやり過ごしてからこちらというもの、二人はずっとこの調子であった。
リオンは夜中の廊下で軽く絶望する。
(だ──駄目だ……! ローズ様が可愛らしすぎて──い、いや違う! このままでは俺の不甲斐なさのせいで誰かに見つかってしまう!)
こんな調子では、いつ苦悶の声が漏れるかもしれないし、オロオロしているうちに物音を立てて衛兵に駆けつけてこられるかもしれない。ここから先がこの任務の一番の難所なのである。リオンは慌てしまう自分を抑えこむので精一杯だった。
この廊下を明かりのほうへ進めば衛兵たちが警備するローズの部屋の前。
そこには常時二名の衛兵が立番をしている。さらに、その入り口を入った先の通路には専用の兵の詰所があって、中には控えの衛兵も数名詰めているはず。
そこにいる衛兵たちは、王族に仕えることを許された特別優秀な者たち。彼らを出し抜くのは相当に骨が折れる。
おまけに王女の部屋までの通路には、警備のために人が身を潜められそうな物陰も少なく、入り口たる大扉は王女が就寝中や留守中には閉められる決まり。
今も重そうな二枚扉はしっかりと閉じられている。
この警備はかなり厳重に思えるが……ただ不思議なのは、王女がよくここを抜け出してリオンのところに来れたなということだが……。
(……)
リオンはそっと廊下の角から衛兵たちのほうを伺った。衛兵たちはいつも通り決められた位置に立ち、時折静かに言葉を交わしたり、眠そうに目を擦ったりしている。場は平穏な静けさに包まれていて、彼らが王女の秘密の外出に気がついている様子はない。つまりとリオン。
(おそらく……ローズ様も隠し通路をお使いになりお部屋を抜け出されたのだな……)
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