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53 騎士の使命感
しおりを挟む「ぉおい! 着いてこぃ! ローズの部屋へ行くぞ! ぐずぐずするな!」
リオンは暗闇でハッと身を凍らせた。
(──! こちらへ──くる⁉︎)
威勢のいい声と荒々しい足音が、廊下のほうへ近づいてきた。カチリとドアノブを捻る音と共に、暗い廊下に細く灯りが漏れ出てきて。その光は、廊下に潜むリオンのすぐそばまで伸びてきた。
リオンはローズを抱きしめ身構えた──が。光の筋は、リオンのつま先を淡く照らしたところで辛くも止まる。
「お、お待ちください殿下!」
開きかけた扉の向こうで声を荒げたのは、どうやら王太子の侍従である。
「それはさすがにローズ様にご迷惑かと……! そ、それに陛下に告げ口でもされたら大変ですよ!」
「なんだと⁉︎ ぅるさぃぅるさい口出しするな! 俺様があいつの口など恐るとでも⁉︎」
どうやら室内では侍従たちが必死に王太子を押し留めているらしかった。
押し問答する声や大きな物音が聞こえてくるのだが、侍従に止められた王太子はそれがよほど気に食わなかったらしい。立ち止まって侍従に向かって喚き散らしている。
その時、咄嗟にリオンが動いた。
暗闇の騎士はローズをしっかり抱えなおし、廊下を素早く、物陰をぬうようにして。王太子らが騒いでいる部屋の前を夜風のように突破した。
先を急ぐ彼には、背後の部屋のなかがどうなったのかは分からないが……。あの勢いづいた様子から察するに、王太子が王女の部屋に行くことを諦めたとは思えない。侍従たちの奮闘もいつまで保つことか。
王太子は酒癖が悪く、呑むといつにもまして横暴でわがままになる。きっと侍従たちにやめてくれと言われたことで、いっそう意固地になりすぐにでも廊下に躍り出てくるだろう。
そうして、王太子たる自分の意思は、何者にも邪魔できないのだと証明するために、宣言通り王女の部屋へ押しかける──。
そう確信を持ったリオンは焦燥感を強めた。
もしそんなことをされてしまったら、今ローズが彼女の部屋にいないことがバレてしまう。
あんな荒れた状態の王太子が、こんな遅い時間に王女の私室に押し掛ければ、当然王女の使用人たちは王太子を止めるだろう。だが、酔っ払った王太子など、使用人たちの手に余る。
それでも対応する人選によってはうまく災いを避けられただろうが……。
(……確か、今晩はキャスリン殿とサネ家の侍女は夜勤ではないな……)
近衛騎士として、王族周りの使用人の勤務体系も常に頭にある。リオンの記憶によれば、今晩の王女の夜勤はまだ王女のそばに上がって日の浅い娘であった。
もしその場に古参のキャスリンがいれば、無礼な王太子の訪問を断固として許さないし、抜け目のなさそうなサネ家の娘はそのために知恵を働かせたことだろう。特にキャスリンは日中に色々あって疲れているはずの王女の眠りを妨げるようなことはしないはず。
(──だが……)
リオンの脳裏に件の新米侍女の顔が思い浮かぶ。ふっくらのどかな体型で、のほほんと素直そうな娘は、いかにも無害そうで……あまり、王女の臣下としての気概は感じられない。
(……彼女には失礼だが……おそらくあの娘には酔った殿下を止めることはできまい……)
今、王太子はいつにも増して高圧的。若い彼女が王太子に怒鳴りつけられ、怯えて易々と王女の私室への道を開けるところが目に浮かぶようだった。
そうなれば、使用人たちはきっと頼りになる主人ローズに助けを求める。彼女に報告し、判断を仰ごうとするだろう。
その瞬間に──すべては露見してしまう。
王女が部屋にいないことが発覚し、そしてそれをやってきた王太子が知る。王太子はきっと自分のことを棚に上げて王女の不在を騒ぎ立て、王女の夜間の無断外出を問題にするだろう。
彼の命令で衛兵たちが駆り出されて捜索にあたり、王女が発見されるのはリオンの腕の中で、しかも王女が寝衣姿であるとなると──……。
リオンは先を急ぎながらも、ゾッとしてしまい、つい苦しげに奥歯を噛む。
(騒ぎはただの王太子殿下の泥酔騒動から、ローズ様の不貞問題へと発展しかねない……? っそれはだめだ!)
いかなることがあったとしても、そんな事態は防がねばならなかった。
これまで王女はずっと、誰よりも国のために、周りのために働いてきた。
それが、あんなやりたい放題の王太子に責められるなど。酒の入った王太子にズカズカとこの平穏な眠りを破られて、ネチネチと絡まれ、挙句公にも糾弾されかねないなど、あまりにも理不尽である。
「!」
廊下を進み、曲がり角まできたリオンは、そのさきに衛兵の姿を見てとって再び物陰へ身を潜めた。
慎重に前方を伺い、見張りたちをやり過ごしながら、リオンは腕の中を見下ろした。すると、白く大きなその包みは、変わらず健やかな呼吸と共にかすかにゆっくりと上下している。
リオンはぽつりと思った。
(……きっと、お疲れなのだな……)
どうしたら、この方を王女の使用人たちや衛兵にさえ知られずに、寝室へ送り届け流ことができるだろうと考えて、いやとリオン。
(……それだけでは足りない。セオドア殿下がローズ様のお部屋に行くこと自体を止めなければ……)
月明かりの下で、リオンの青い瞳が鋭利に輝いている。
彼女を守りたいという気持ちが、湧き上がる気持ちをさらに硬くしていた。
リオンは物陰でそっとローズを抱きしめる。
(……ローズ様……必ずお守りいたします……)
……これは騎士ゆえの使命感ではない。
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