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52 聞かせられぬ悪態
しおりを挟む怒鳴り声は豪奢な廊下に響き渡り、と、すぐに慌てたような声が続く。
「で、殿下どうかお静かに!」
「他のものに聞かれてしまいます、衛兵が来てしまいますよっ」
困り果てたような声はどうやらセオドアの侍従たちのようだ。
息を殺して見ていると、前方の薄く開いていた扉の中から二名ほどの男たちが周りを気にしながら廊下へ出てきた。
男たちは小走りでリオンたちが潜む調度品のそばまでやってきて、酔人が廊下に投げつけた杯などの器を拾いつつため息をこぼしている。ブツブツと愚痴をこぼす男たちは、身を隠すリオンには気がついている様子はない。
「まったく……こんなことだからローズ王女にも叱られるってもんなのに……」
「し! 殿下に聞かれるぞ! いいから早く拾って戻ろうぜ……早くしねーと殿下がうるさい。今日は令嬢にお会いになったのに、なんでかいつもにまして荒れておいでだ」
「はぁ……あんな主人でも、わがままに付き合ってやったら儲かるからな……」
侍従二人はぐちぐち言いながら器類を回収し、重い足取りで明るい部屋のなかへ帰っていった。彼らが扉が閉じて廊下がまた暗くなると、ひとまず調度品の裏にいたリオンはホッとした、が……。
侍従たちが戻った部屋の中からは、まだ引き続き呂律のまわらぬ怒鳴り声が漏れてきている。
「殿下……呑み過ぎです、お身体に障りますから……」
「だぁまれ! キサマぉれに意見するつもりなのかぁ⁉︎ 生意気なやつ! さてはローズの手先だな⁉︎ ぁいつに俺を見張るように言われているんだろう! まったく! なぁにがローズだ! あのぉおんなはぁっいったいなんの権利があってっ、ヒックッ、このくにの王太子である俺様に文句を言ぅ? あぁんな無礼な女が俺の将来の妻だと⁉︎ 少しは媚びてくればかわいげもあるというのに! あろうことか、リオンなんぞとイチャつきやがって! 何様のつもりだ! ぉれのもののくせに!」
その喚き声を廊下で聞いていたリオンは、眉間に深い深いしわを寄せる。
酔っているとはいえ、なんという言い分だろうか。聞くに耐えず腹立たしかったが、とにかくローズの耳に入れたくなくて。憤った顔のリオンは、部屋のほうを睨みながら一層強くローズを抱きしめる。
──が、ここでいつまでも憤っている場合ではない。ただ、早くローズをこの場から離れさせたいが、困ったことに王女の私室はこの場所を通り過ぎた向こうなのである。
今王太子らが出てきたのは、王宮の客間の一つ。普段は王族らがごく親しいものたちをもてなすのに使う場所なのだが……。まさか今日、ここで王太子が騒いでいるとは思わなかった。
ただ、リオンも以前から耳にはしたことがある。
父王に素行の悪さを常々たしなめられている王太子が、国王の監視の目を掻い潜るために取り巻きたちと酒宴を開く時は、王宮内で転々と場所を変えているらしい……と。
王宮内には百と部屋があるから、王太子はそれで国王に足を掴まれるのを防いでいるのだろう。
この騒ぎにも、衛兵が駆けつけてこないところを見ると、その衛兵も買収されているのか……もしくは、彼らも王太子の騒々しい酒宴には辟易していて関わりを避けているかのどちらかだろう。
まあ、衛兵が遠ざけられているのは今のリオンには正直ありがたかった。
(──だが……なんと間の悪い……)
リオンは静かにため息をつく。
ここはローズの私室からは目と鼻の先。廊下を数分進んで角をいくつか曲がればすぐの場所。王太子の居住区画からはだいぶ離れているから、まさかここで鉢合わせるとは思ってもみなかった。
今王太子に見つかるのは非常にまずい。ここは慎重にやり過ごさねば──と、リオンがローズを抱え直そうとした時。不意に部屋の中から一際大きな声が聞こえた。
「そぅだ! ぃまからあの女にもんくを言いにいってやろう!」
(⁉︎)
その言葉には、室内からは侍従たちの「え⁉︎」という驚声が聞かれたが……外にいたリオンも同じ気持ちであった。ギョッと固まったリオンは物陰で唖然とする。
「ぃつもぃつも偉そうに講釈をたれぉって! 今日は俺様があいつを叱ってやる! そぅでなければ気ぃがすまん!」
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