上 下
46 / 74

46 月明かり ⑦

しおりを挟む
 

 これは夢なのかと、夢のなかの登場人物に聞くというのもなんだか滑稽だわと思いつつ。
 ローズは、布団のなかで背筋を伸ばして、その登場人物であり、主役たるリオンの返事を待った。
 果たして夢のなかの登場人物が、ちゃんとした答えをくれるものだろうか。そう疑問に思いつつ、待ってみたが……しかし、やはり夢は夢なのか……。見つめ続けても、リオンは沈黙したままである。
 いつもよりラフな姿の青年騎士は、寝台の横で床の上に跪いたまま、コチリと氷のように固まってしまい、息もしていないように見えた。
 そのまるで置物のようなさまを見て、ローズ。

(……あら……やっぱり、夢……? なの……?)

 いくらなんでも、生身だったら息くらいはするはずと。まさか──それを止めさせたのが、自分だなんて思わない娘は、やはりこれは現実ではなさそうだと考えた。
 だが、そんなふうに思い当たってみると、確かに自分の様子も普段とは違う(気がした)。
 気持ちはドキドキ、そわそわ、ふわふわとしていて。寝台に座っているのに、まるで宙に浮いているようにおぼつかない。特にリオンの顔を見てからは、色々頭から吹き飛んでしまって。なんだか頭の中が真っ白なのだ。
 ローズはホッとすると同時に、自分が恥ずかしくなった。

(そ、それはそうよね……変だと思ったのよ……私がこんなところまで来てしまうなんて……いくらなんでも衝動的すぎるもの……)

 祖国の平和を背負い、大義を胸に生きてきた自分は、かなりしっかり者だという自負があった。
 そんな自分が、たった一人の異性に会いたいがために、部屋を抜け出し、彼の私室にまで押しかけるなんて。

(そんな──……夢みたいな羨ましい展開があるわけ……そんな素直な情熱を、この私が持ち合わせているわけが……)

 そもそも長年ハニートラップの危険に晒され、自分はかなり警戒心が強いはず。疑り深く、まだリオンのハニートラップ疑惑もはっきりしない今、自分が彼のもとに走るなんて。夢でなくては説明がつかないと思った。
 どうやらリオンのことを考えすぎて夢にまで見てしまったんだなと。そうかそうかと納得する王女に。

 ──そんなふわふわ状態は、騎士リオンを前にした姫様はいつもでしょ! ──と真っ当に指摘してくれる侍女はいない。

 だが、この思いこみもある意味仕方なかった。
 この時のローズはひどく動揺していて、まともな判断が難しかったのは言うまでもない。
 王女という立場ある身としては、男性騎士の隊舎内なんて視察ですら訪れることはないし、ましてやリオンの私室など──夢のまた夢。憧れても訪れることの叶わぬユートピア。
 王族のローズにとっては、国王の私室のほうがまだ気安い場所であった。
 そんなユートピアに、あろうことか、リオン本人の手で担ぎ込まれるなんていう夢のような展開は、考えるだけで正気を失いそうである。(※実際今、正常な判断を失っている)これが夢でなくて、いったいなんなのだろう。

 そうした熟考の末、ローズは悩ましげにつぶやいた。

「…………私(の夢)も、随分大胆になったものだわ……」
「………………」

 いかめしくもらしたローズの傍らで。
 リオンは未だ凍りついている。

 聞き間違いでないのなら──王女は自分に、『あなたに会いたくてきた』と言ったのである。
 その一言の破壊力たるや──……。リオンは己の耳を疑って、完全に機能停止中。

 ──こんな夜更けに? 王女がわざわざ? 自分に会いにおいでになった………………?

「っ⁉︎ っ⁉︎ っっっ⁉︎」

 考えた途端、リオンの顔がボッと燃え上がるように赤くなった。心臓は爆発しそうに暴れ出し、思わず身体が斜めに傾く。が、生真面目な彼はその考えをすぐに打ち消した。

(い、いや、そ、そんなことがあるわけない、不敬なことを考えるな!)

 ──と自分を叱咤したものの……疑問が次々に湧いてしまって呼吸すら忘れる有り様。
 しかしその時リオンは真顔でハッとする。

(……もしや──この隊舎には、“アナタ”という名の騎士がいる……のか……⁉︎)

 青年騎士はあくまでも真面目に、必死に考え込んでいる、が──……。

 ──いや、いない。いないぞリオン!

 彼の師、ギルベルトの幻のつっこみが聞こえてくるようである。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

九日
恋愛
仕事に行こうとして階段から落ちた『かな』。 病院かと思ったそこは、物語の中のような煌びやかな貴族世界だった。 ——って、いきなり結婚式を挙げるって言われても、私もう新婚だし16歳どころかアラサーですけど…… 転んで目覚めたら外見は同じ別人になっていた!? しかも相手は国宝級イケメンの領主様!? アラサーに16歳演じろとか、どんな羞恥プレイですかぁぁぁ———

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

(完結)嫌われ妻は前世を思い出す(全5話)

青空一夏
恋愛
私は、愛馬から落馬して、前世を思いだしてしまう。前世の私は、日本という国で高校生になったばかりだった。そして、ここは、明らかに日本ではない。目覚めた部屋は豪華すぎて、西洋の中世の時代の侍女の服装の女性が入って来て私を「王女様」と呼んだ。 さらに、綺麗な男性は、私の夫だという。しかも、私とその夫とは、どうやら嫌いあっていたようだ。 些細な誤解がきっかけで、素直になれない夫婦が仲良しになっていくだけのお話。 嫌われ妻が、前世の記憶を取り戻して、冷え切った夫婦仲が改善していく様子を描くよくある設定の物語です。※ざまぁ、残酷シーンはありません。ほのぼの系。 ※フリー画像を使用しています。

サラシがちぎれた男装騎士の私、初恋の陛下に【女体化の呪い】だと勘違いされました。

ゆちば
恋愛
ビリビリッ! 「む……、胸がぁぁぁッ!!」 「陛下、声がでかいです!」 ◆ フェルナン陛下に密かに想いを寄せる私こと、護衛騎士アルヴァロ。 私は女嫌いの陛下のお傍にいるため、男のフリをしていた。 だがある日、黒魔術師の呪いを防いだ際にサラシがちぎれてしまう。 たわわなたわわの存在が顕になり、絶対絶命の私に陛下がかけた言葉は……。 「【女体化の呪い】だ!」 勘違いした陛下と、今度は男→女になったと偽る私の恋の行き着く先は――?! 勢い強めの3万字ラブコメです。 全18話、5/5の昼には完結します。 他のサイトでも公開しています。

[完結]18禁乙女ゲームのモブに転生したら逆ハーのフラグを折ってくれと頼まれた。了解ですが、溺愛は望んでません。

紅月
恋愛
「なに此処、18禁乙女ゲームじゃない」 と前世を思い出したけど、モブだから気楽に好きな事しようって思ってたのに……。 攻略対象から逆ハーフラグを折ってくれと頼まれたので頑張りますが、なんか忙しいんですけど。

処理中です...