婚約破棄狙いの王太子が差し向けてくるハニートラップ騎士が…ツンデレかわいくて困る!

あきのみどり

文字の大きさ
上 下
42 / 74

42 月明かり ③

しおりを挟む


 
 月明かりに照らされた金の髪は神々しく輝いているようだった。
 誠実そうな眼差しには一切の曇りがなくて。
 廊下に一人たたずみ、静かに決意表明するリオンは──麗々として、あまりにもかわいらしかった。

「──と、尊い──……」

 ……なんなんだろうとローズ。ちょっと気が遠くなって思わず天を仰ぐ。
 いったいどういう奇跡なのだろうか、あの美しい生命体は。
 気が遠くなった挙句、つい壁に頭を叩きつけてしまったではないか。
 ローズは暗がりの地面の上で、人知れず両手をすり合わせた。額はじんじん痛かったがかまわなかった。
 リオンは太陽の光の下でも眩しいのに……月明かりの下のリオンなんて……神秘的が過ぎて──

 もはや、神。


 ──なんてことをやって一人で悶えている間に。
 ローズはリオンに見つかった。

 開け放たれた窓の中から、こちらを唖然と見下ろすリオンに、ローズは青ざめた。
 しまった……すぐに退散するつもりだったのに。

 ──己の寝室で、リオンに会いたくて会いたくて。眠ることもできずに布団の上で転げ回っていたローズは。結局あのあと、どうしても我慢ができずにこうして部屋を抜け出してきてしまった。
 しかし、衝動的に騎士の隊舎まできてしまったものの。隊舎の壁際に潜んだあたりで、彼女は一度はたと我に返る。

(なんだか──これって……私、変態みたいなのでは……?)

 気がついてから、ローズは慌てた。
 こんなところに来てしまうまで、自分の状況を冷静に判断できなかったことに愕然とした。
 一国の王女が、騎士の顔見たさに隊舎にまで押しかけてくるなんて……。自分を制御できていないにも程がある。

(か──帰りましょう……!)

 ローズは自分にげっそりしながら身を翻した。幸い月夜の隊舎周りは人影もなく静まりかえっている。王城の警備をしている衛兵たちも、この騎士や兵士が集まる隊舎まわりはあまり厳しく警戒していない。ここは騒ぎになる前に、さっさと部屋に戻るのが一番いい。

 ──と思ってから。
 数歩進んだローズの足がふと止まる。

(あ、あら? あ、足が進まないわ……)

 なぜ⁉︎ と、慌てるが……簡単である。帰りたくないのである。リオンに会いたい気持ちはまだ少しも衰えていなかった。
 そんな自分が恥ずかしかったが、ローズはチラリと後ろを振り返る。

(…………せっかくここまで来たのだから……せめてリオンの隊舎を拝んでいこう……)

 ここでの“拝む”は“見る”という意味ではない。ローズは両手を合わせ、瞳を閉じて拝み、祈った。──あとから考えると、これが一番まずかった。

(──リオンが、ゆっくりベッドで眠れていますように……)

 お礼と謝罪はまた明日にしよう。
 ──いや、そもそもそれが正常である。
 夜中にこんなところまでくるなんて、自分は何て衝動的で恥ずかしい女なのだろう……。

 そう手を合わせたまま悔やんでいた時のこと。
 なんの天のいたずらか。ふと顔を上げたローズの瞳が、隊舎の廊下の窓の中にめざとく人影を見つける。

 ──リオンだとすぐに分かった。

(っ! リオン!)

 途端、まるで主人を見つけた子犬がピンッと耳としっぽを立てるように嬉しくなってしまって。ローズの顔が月明かりに輝いた。
 しかし──ふと怪訝に思った。
 遠目に見ても、リオンの姿には覇気がない。歩く姿もどこか、一歩一歩が重そうに見えて……。どうしたんだろうと思った時にはもう遅かった。不安になったローズは、気がつくと隊舎の窓の下にそっと忍び寄っていた。

(ど、どうしたのかしら……リオン……元気がないわ……)

 廊下の窓の下を慎重に、リオンに見つからないよう着いて歩いたが……どうやら廊下の中を行くリオンは、何かを考え込んでいるのか、上の空な様子だった。
 時々、置いてあるものにけつまずき、ポロポロと腕からもの──どうやら洗面用の石鹸や手拭いなど──を、落としていく彼を見て、ローズはとても戸惑った。
 本日のダンスホールでの一件以降、なぜか謎に協力的になったキャスリンの情報によれば……。
 彼は、自分たちと別れたあと、幾らかの仕事を終えて、そのあと騎士や兵士らと鍛錬をこなしたらしい。そこでは十数名との剣術の対戦をし、その活躍ぶりは目を瞠るほどのものだったと聞いていたから──。てっきり彼はいつも通り元気なのだと思っていた。

(……つ、疲れているの……? 疲れているのね? だ、大丈夫なの……?)

 気になってしまうと、もうどうしても目が離せない。

 そうしてハラハラあとを追ううちに、リオンは不意に廊下の途中で立ち止まりぼんやり外を見つめていたかと思うと──不意に月明かりの中で拳を握り、「頑張ろう」とつぶやいたのである。

 決意に満ちた凛々しい眼差しであった。

 その言葉が微かに聞こえたローズは、壁を隔てた地面の上で、深く感じ入る。
 だって、王国の戦士たちは精鋭揃いなのだ。そんな者たちを何人も相手にし、下したほどに彼は強いのに。それでもなお、その勝利に甘んじず頑張ろうだなんて──なんて立派な心がけなのだろうか。

(あ──……!)

 思わずときめきのあまり涙が出そうになって。背中をまるめてしゃがみ込もうとした瞬間に、目の前の壁に顔を打ちつけてしまった。

「ぅぐっ……っ……っと……尊い……っ!」

 恋心に押し上げられた感動は、痛みを無効化し、ローズはその場で(彼はなんて素晴らしい騎士なんだろう──)と、感動していた、……のだが……。
 そのようなことをしているうちに、ローズはうっかりリオンに見つかってしまった。

 開け放たれた窓から身を乗り出すようにし、こちらに灯を向けている青年のまるい瞳を見て、ローズは慄いた。
 上からこちらを見つめるリオンには天から月光が降り注いでいる。
 キラキラと淡い光に包まれたリオンが──……まるで天使のように見えて──……。

 ローズの心に、勢いよく、深々と突き刺さっていた。

(ふぐぅ……っ)

 ──こんな調子で一人盛り上がっていた娘が、自分の額の出血になど気がつくわけがなかった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

悪女のレシピ〜略奪愛を添えて〜

ましろ
恋愛
──どうしたら愛されるの? 双子の兄達は3歳で魔力が発現しました。 それは私が産まれてすぐのことだったそうです。 両親は魔力を暴走させがちな兄達に掛かりきりで私は乳母に育てられました。 それから3年、ようやく兄達の魔力が安定してきた頃、妹が生まれました。 ですが、生まれたばかりの妹は魔力過多症で小さな体はそれに耐えることが難しく、何度も死の淵を彷徨い、片時も目が離せませんでした。 こうして私はずうっと忘れられたまま何年も過ごすことになったのです。 誰も私に愛を与えてくれないのなら、奪いに行けばいいのね? だって愛の為なら、略奪は罪では無いのだから。 ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

処理中です...