41 / 74
41 月明かり ②
しおりを挟む幼くふっくらした王女の顔はすっかり青ざめていて、胸の前で組み合わせた手はワナワナと震えていた。
そんな王女を見たリオンたちはとても戸惑った。
しっかり者の王女ローズがこんなふうに泣きそうになるなんて……いったいどんなことが起こったのだろう。聞くのが怖いような気持ちで待っていると、王女は早口でまくし立てるように訴えるのだ。
『あのね! わたし、王太子殿下に髪をひっぱられるのは、もう十回目だったらしいの。わたしはそんな数おぼえてもいなかったんだけど……わたしの侍女はしっかり数えて、記録までしていたみたいで……それで彼女ったら王太子殿下にすっかりおこってしまって……殿下に呪いをかけたっていうのよ……!』
子供たちの間から、え、と声が漏れる。
王女は青ざめた顔で、まだ小さな手をぶるぶる震わせながら外を指した。
『侍女はね……そ、そこの中庭のどこかに呪いの人形を埋めてやったっていうの! 『王太子のお粗相が大台に乗ったらやってやろうと準備していたんです……』……て言うのよ! そ、そんなものが、もし明日あかるくなって大人に見つかったらたいへんだわ! お、おねがい、さがすのをてつだってくれない⁉︎』
王女の言うその中庭は、広く、それにもう日も暮れていてあたりはすっかり暗かった。
使用人たちの区画の庭だから、そこまで趣向を凝らした庭ではないが……。そこそこ庭木などもあり物陰も多い。そこから小さな人形を探そうというのは、確かに王女一人では難しいだろう。
それでも場所さえわかれば探し出すことは可能だろうが……その度胸のある侍女は、かなり怒っていて。王女がどれだけ問いただしても人形をどこに埋めてきたのか口を割らなかったらしい。
それで困り果てた王女は、こうしてこっそり部屋を抜け出して。一人中庭を捜索していたらしいのだが……。
夜間の城というのは結構な物々しさがある。リオンたちはもうここで暮らしには慣れているから平気だが、よそからやってきた王女からすると、きっととても不気味に恐ろしく見えていたのだろう。
庭にしても、灯りは遠い城壁の歩廊の上にある篝火や、月明かりくらいのもの。しっかり者の王女も、さすがにそんな中一人で呪いの品を探してウロウロするのは怖かったようだった。
人形も見つからないし、次第に日が暮れてくるしで大いに困っていたらしいローズは、途方に暮れた顔で子供達に手を合わせる。
『おねがい、みなさん、わたしに手を貸してください! キャスリンはとってもだいじな侍女なの……!』
もし、他国からきた王女の侍女が、王太子を呪っているなんてことが明るみに出れば、たとえそれが子供のいたずら程度のことでも侍女は罰を受けるだろう。
そう話すローズの瞳からは、今にも大粒の涙がこぼれそうで……。
皆とても驚いた。
あのわがまま放題な王太子に呪いとは。それはまた──ある意味ありそうな話であり、しかし侍女の身でなんと度胸のあることだろうと──まあそんな思いもよぎったが。
この時の子供達はそれよりも。今まで、自分たちをその王太子のいたずらから何度もかばってくれた王女のすっかり動転した様子に驚いていた。
彼女は幼いながらにいつでも凛としていて、上品で。普段んはこんなに取り乱した様子など見せたことがなかった。
だから、そんな彼女がここまで怯えている様子がとても子供たちには稀なことに思えて……。
──特に、彼女に密かに好感を抱いていたリオンは、一気に心を捕らえられる。
どうにかして彼女を助けたいと、少年の小さな胸に、初めて震えるほどの勇気が宿った瞬間であった。
そうして彼らは、王女のために暗い庭へお供することになる。
それはさながら王女を守る本物の騎士のようで。将来騎士を目指していた彼らは、大いに奮起したのだった。
「…………」
窓の外の月明かりを見て、当時のことを思い出したリオンはふっと顔をほころばせる。
あれは子供の頃の自分たちにとっては、困っている王女様を助ける大冒険であった。
そしてその話がそのあとどうなったかと言えば……。
王女が部屋を抜け出してきたことが世話係たちにばれて、中庭には、悲壮な顔をした侍女が慌てて王女を探しにきた。
そこで結局は、呪いの人形は侍女のただの願望、口先だけのことであって。本当に隠し、王太子に呪いをかけたのではなかったということが判明した。
そんな侍女の話をすっかり信じ込んでいたローズは、何度も謝る侍女の腕の中でぽかんとしていたが──。その後、自分の勘違いですっかりリオンたちを振り回してしまったと猛烈に反省していた。
何度も謝ってくれた王女には申し訳ない気もするが……リオンにとっては、あれは初めてローズの手助けができた幸福な思い出である。
リオンの口からぽつりと気持ちが漏れる。
「……また、あの日のように何かお力になれるといいが……」
いつか彼女だけの騎士になりたい。
そのためにはどうしたらいいのだろう。
「…………」
考えて、リオンはため息をついた。結局のところ、今はコツコツ誠実に職務をこなすしかないと思った。いつか大きな手柄を立てることができたら、正式に、堂々と国王に嘆願することもできるだろう。
「……頑張ろう」
リオンは月明かりに照らされた廊下で、一人決意をつぶやいた。
──と。
不意に、廊下にゴスッと鈍い音が響いた。
「?」
リオンの眉がピクリと反応し、その視線が暗い廊下に走る。
そこには彼の他に、人影はない。どこから──と周囲の気配を探ると……続けて小さな呻き声が聞こえる。
──と……ぃ……。
苦しげに聞こえる人の声。リオンは声のしたほうへ、さっと手持ちの灯りを向けるがやはり人影はない。ならば外だろうかと足早に窓際へ歩み寄って。手早く鍵を開け、窓を開け放つと、開放された窓からは、冷えた空気が廊下に流れ込んだ。
「──誰か、いるのか?」
タイミングの悪いことに、それまで冴え冴えと明るかった月明かりが、雲に遮られ、あたりはとても暗くなっていた。
リオンは目を凝らすが、窓の外には隊舎の備品や倉庫があり、物陰も多い。
どこかに曲者が潜んでいるのか、もしくは同僚が具合でも悪くして身動きが取れなくなってでもいるのだろうか。
どちらにせよ早く気配のもとを突き止める必要があった。
「……どこだ……?」
リオンがつぶやく、と。不意に、そばで息を呑むような音が聞こえた。
「──ん?」
気配をたどって窓の下を見ると、建物と、誰かが置きっぱなしにしたのだろう木箱との間に、白いものが丸まっている。騎士はそちらに向けて灯りを差し出し、目を凝らす、と。
白いものがゆっくりと動いた。同時に雲間から月が現れて、周囲に明るさが戻ってきた。
うっすらとした光に照らされて、自分を驚いたように見上げる瞳と目があった。
「え」
リオンが短くもらす。
見たものを一瞬頭が理解できなかったのか、驚きが表情に広がり、声が封じられていた。
唖然とそれを凝視していると……白いものが「……ぁ……」とか細い声を漏らす。
どこか困っているような声だった。
「……えっと……」
そこで身を起こした人物は、白い滑らかな光沢の薄布をまとっている。そして、リオンを見て、モジモジと両手の指をいじり、気まずそうな顔をした。
「ご──ごめんなさい……あの……」
消え入りそうな声でそう言った人物は……。
まごうことなく──王女ローズ、で、あった……。
月明かりにも赤い顔が明らかな彼女は。──何故か、額から血を流している。
0
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
政略結婚で継母になった嫌われ令嬢です。ビジネスライクで行こうと思っていたのに、溺愛だなんてどうなっているのでしょうか?
石河 翠
恋愛
かつて日本人として暮らしていた記憶のある主人公。彼女は夫とも子どもともうまくいかず、散々な人生を送っていた。生まれ変わった世界でも家族とは縁が薄く、成人してそうそうに子持ちの訳あり男性の元に嫁がされる。
最初から期待なんてしない。家政婦どころか、ゲームのNPCとして淡々と過ごそうと思っていたところ、いつの間にか溺愛されていて……。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:22495556)をお借りしております。

ウッカリ死んだズボラ大魔導士は転生したので、遺した弟子に謝りたい
藤谷 要
恋愛
十六歳の庶民の女の子ミーナ。年頃にもかかわらず家事スキルが壊滅的で浮いた話が全くなかったが、突然大魔導士だった前世の記憶が突然よみがえった。
現世でも資質があったから、同じ道を目指すことにした。前世での弟子——マルクも探したかったから。師匠として最低だったから、彼に会って謝りたかった。死んでから三十年経っていたけど、同じ魔導士ならばきっと探しやすいだろうと考えていた。
魔導士になるために魔導学校の入学試験を受け、無事に合格できた。ところが、校長室に呼び出されて試験結果について問い質され、そこで弟子と再会したけど、彼はミーナが師匠だと信じてくれなかった。
「私のところに彼女の生まれ変わりが来たのは、君で二十五人目です」
なんですってー!?
魔導士最強だけどズボラで不器用なミーナと、彼女に対して恋愛的な期待感ゼロだけど絶対逃す気がないから外堀をひたすら埋めていく弟子マルクのラブコメです。
※全12万字くらいの作品です。
※誤字脱字報告ありがとうございます!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
おまけ娘の異世界チート生活〜君がいるこの世界を愛し続ける〜
蓮条緋月
ファンタジー
ファンタジーオタクな芹原緋夜はある日異世界に召喚された。しかし緋夜と共に召喚された少女の方が聖女だと判明。自分は魔力なしスキルなしの一般人だった。訳の分からないうちに納屋のような場所で生活することに。しかも、変な噂のせいで食事も満足に与えてくれない。すれ違えば蔑みの眼差ししか向けられず、自分の護衛さんにも被害が及ぶ始末。気を紛らわすために魔力なしにも関わらず魔法を使えないかといろいろやっていたら次々といろんな属性に加えてスキルも使えるようになっていた。そして勝手に召喚して虐げる連中への怒りと護衛さんへの申し訳なさが頂点に達し国を飛び出した。
行き着いた国で出会ったのは最強と呼ばれるソロ冒険者だった。彼とパーティを組んだ後獣人やエルフも加わり賑やかに。しかも全員美形というおいしい設定付き。そんな人達に愛されながら緋夜は冒険者として仲間と覚醒したチートで無双するー!
※他サイトにて重複掲載しています

十年間片思いしていた幼馴染に告白したら、完膚なきまでに振られた俺が、昔イジメから助けた美少女にアプローチを受けてる。
味のないお茶
恋愛
中学三年の終わり、俺。桜井霧都(さくらいきりと)は十年間片思いしていた幼馴染。南野凛音(みなみのりんね)に告白した。
十分以上に勝算がある。と思っていたが、
「アンタを男として見たことなんか一度も無いから無理!!」
と完膚なきまでに振られた俺。
失意のまま、十年目にして初めて一人で登校すると、小学生の頃にいじめから助けた女の子。北島永久(きたじまとわ)が目の前に居た。
彼女は俺を見て涙を流しながら、今までずっと俺のことを想い続けていたと言ってきた。
そして、
「北島永久は桜井霧都くんを心から愛しています。私をあなたの彼女にしてください」
と、告白をされ、抱きしめられる。
突然の出来事に困惑する俺。
そんな俺を追撃するように、
「な、な、な、な……何してんのよアンタ……」
「………………凛音、なんでここに」
その現場を見ていたのは、朝が苦手なはずの、置いてきた幼なじみだった。

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています
21時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。
誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。
そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。
(殿下は私に興味なんてないはず……)
結婚前はそう思っていたのに――
「リリア、寒くないか?」
「……え?」
「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」
冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!?
それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。
「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」
「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」
(ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?)
結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる