婚約破棄狙いの王太子が差し向けてくるハニートラップ騎士が…ツンデレかわいくて困る!

あきのみどり

文字の大きさ
上 下
40 / 74

40 月明かり ①

しおりを挟む

 

 ギルベルトが部下に追い立てられるように出て行ったあとも、リオンは隊舎の端から動かなかった。言葉も発せず、隊服もそのまま。まだ彼は夕食すらとっていない。
 暗雲を背負いうなだれる様は、まるで壁際の暗闇と同化してしまったかのようだった。
 そんな青年を見て、ギルベルトにあとを任された男たちは、顔を見合わせる。
 託されたはいいが……事情も知らず、あんな状態の男を、いったいどうしたらいいのだ。
 しかも、相手はあのリオンなのである。普段から無愛想な彼の慰めどころなど、誰も知らない。

「おい……どうするよ……」
「いや、見とけって言われてもな……」
「あいつ、夕刻の稽古で十人抜きしたんだろ? すごい気迫だったって負かされたやつが言ってたのに、なんで今はああなってんだ……?」
「知らねえよ……っと……」

 その時リオンの後ろで困惑していた男たちのうちの一人が、手に持っていた何かを取り落とした。
 カツンカツンと軽く転がる音に、リオンの背中がピクリと揺れる。
 不動に思えた男が急に動きを見せたことに周囲は驚き、誰もが息を殺した。
 緊張したいくつもの視線に見守られながら、のっそり身体が重そうに立ち上がったリオンは、そのままふらふらと隊舎の奥へ歩いていく。

「お、おい……リオン……」

 すれ違いざまに同僚が声をかけたが、リオンは生気のない顔で会釈をするだけだった。
 青年は無言のまま、まるで影のように廊下の奥へ消えていった。
 その背中が、あまりにも侘しく見えて。誰も、それ以上声をかけることができなかった。


「…………」

 ──どうしてだろうかと考えて……。
 色々と考えて。
 やはり自分が愛想のない男だからだろうかと考えては──落ち込む。
 いや、と、ぽつりと言葉が暗い部屋の中に溢れる。

「……俺如きが、ローズ様のご尊顔を見せていただこうというほうが厚かましいのか……」

 どうやら今日、王女は鍛錬に勤しんでいたらしい。きっとお疲れだったはず。
 そんな方が、お部屋に帰って休もうとするところを、邪魔しなくてよかったのだと思い直した。
 それでも心の中の物悲しさは薄れなかったが、そういえば、明日も仕事なのだと思い出し、リオンはノロノロと寝支度をはじめる。今は苦しいが、明日、仕事の時間になれば、ローズの顔をまた見ることができるかもしれない。
 そう考えると、少しだけ心があたたまって。とにかく明日に備えようという気になった。
 しかし、夕食は省くことにした。腹は減っていなかった。というより、食欲がない。
 ため息ばかりが溢れてくる喉は、今は食べ物を受け付けそうにない。
 リオンは隊服の上着を脱ぐと、椅子の背にそれをかけて私室の外へ出た。
 隊舎では余程の上官でない限り、洗面台やそのほかの水回りの施設は共用だ。
 リオンは、もう今日はさっさと寝てしまおうと、洗面所へ向かった。
 暗い廊下には誰もいない。石造りの床に、月明かりがうっすらと差し込んでいて、その明かりを頼りに廊下を進む。
 気落ちしているせいか、何故だかとても身体が重かった。
 あと数歩進めば洗面所、というところで。廊下の窓から外を見たリオンは、ふと昔のことを思い出した。
 もう随分昔のことだが──幼い頃。ある夜に、リオンたち見習いの子供部屋に、ローズがこっそり現れたことがあった。
 そんな時間に、高貴な幼ない姫が一人で自分たちの住む場所へやってきたことに、子供たちはいったいどうしたのだろうと不安がっていたのだが。
 小さなローズは子供たちを前に言うのである。

『……きょう、わたし、王太子殿下に、髪をひっぱられたの……』

 青ざめた顔で言う王女に、皆は、王太子に仕返しでもしてくれと頼まれるのかと恐々とした。──が、違うのである。
 青ざめた王女は必死に言った。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜

三崎ちさ
恋愛
メリアは王宮に勤める聖女、だった。 「真なる聖女はこの世に一人、エミリーのみ! お前はニセモノだ!」 ある日突然いきりたった王子から国外追放、そして婚約破棄もオマケのように言い渡される。 「困ったわ、追放されても生きてはいけるけど、どうやってお金を稼ごうかしら」 メリアには病気の両親がいる。王宮で聖女として働いていたのも両親の治療費のためだった。国の外には魔物がウロウロ、しかし聖女として活躍してきたメリアには魔物は大した脅威ではない。ただ心配なことは『お金の稼ぎ方』だけである。 そんな中、メリアはひょんなことから封印されていたはずの魔族と出会い、魔王のもとで働くことになる。 「頑張りますね、魔王さま!」 「……」(かわいい……) 一方、メリアを独断で追放した王子は父の激昂を招いていた。 「メリアを魔族と引き合わせるわけにはいかん!」 国王はメリアと魔族について、何か秘密があるようで……? 即オチ真面目魔王さまと両親のためにお金を稼ぎたい!ニセモノ疑惑聖女のラブコメです。 ※小説家になろうさんにも掲載

すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。 しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。 妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。 本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。 完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。 視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。 お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。 ロイズ王国 エレイン・フルール男爵令嬢 15歳 ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳 アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳 マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳 マルゲリーターの母 アマンダ パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト アルフレッドの側近 カシュー・イーシヤ 18歳 ダニエル・ウイロー 16歳 マシュー・イーシヤ 15歳 帝国 エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(皇帝の姪) キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹) 隣国ルタオー王国 バーバラ王女

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

処理中です...