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38 キャスリンの天秤 ②
しおりを挟むリオンは顔を強張らせている。
その表情ははたから見ると、警戒心のあまり心を閉ざした仏頂面に見える、が……。ギルベルトにはわかった。
リオンは今ものすごく──困惑している。
困惑のあまり、身を凍らせているのである……。
これまでリオンは、この王女溺愛侍女キャスリンに、こんなに(不気味な)優しい言葉をかけられたことなどない。
彼女は普段は王女の後ろに控えているから、彼女の表情が見えないローズは知らないかもしれないが……。
この侍女は、いつも王女の背後から、王女に近づくすべての男に不信感に満ちた目でガンを飛ばしている。
だがリオン自身は、それをあまり気にしたことはなかった。
警戒は王女を守る者としては正しい(?)と心得ているし、そんな時、大抵彼はローズの顔を見つめるのに忙しいのでほとんどキャスリンは視界に入っていない。
……しかし、だからこそ。
こうして謎にニコニコされているほうが、よほど不審というものなわけで……。
(? ? ?)
侍女に捕まったリオンは、困ってしまった。
早くローズのところに行きたいのだが……キャスリンはリオンの襟首の後ろをしっかりつかんでいて、そこには彼を歓迎していつつも、制御しようとしている節が見える。
もちろん騎士たるリオンには、この侍女の拘束を振り払うのはたやすい、が……。
どうにも腑に落ちなくて、青年も下手に動けない。
キャスリンは不気味なことこの上ないとはいえ、ローズの陣営の者。この謎な行動も、もしかしたらローズ様の指示なのか(※絶対違う)……? と、考えると、この奇妙な歓迎にも従ったほうがいいような気もして……。
つまり真面目なリオンは、色々考えすぎて戸惑っていた。
……はたから見ていたギルベルトにはそれがよく分かって。
師は思った。年上女に、明らかに企みのありそうな顔でおほほと笑いながらとっ捕まえられた弟子は、なんだか母猫にうなじを咥えられた子猫のよう……。
強張った顔をしている騎士が、その実かなり純真な性質だと知っているがゆえ、余計にリオンの頭に緊張して倒れ切った猫のイカ耳が見えるようであった……。
キャスリンが不気味すぎて、つい引いて成り行きを見守ってしまっていたギルベルトがついに前へ出る。
「キャスリン……お前なんだその声は……とにかくリオンから手を離せ」
薄気味悪そうに彼女を見つつ、止めようとする。と、赤毛の侍女に不穏な笑顔で見据えられる。キャスリンはけしてリオンの後ろ襟から手を離そうとはしなかった。騎士の隊服の襟にぐっと食い込むような彼女の手を見て、ギルベルトが沈黙する。
(……、……、……怖……)
「え? ギルベルト様何か文句でも? ほほほ、わたくし声が変ですかしら?」
「……明らかに変だ。キャスリン、お前いったい何を企んで……」
ジト目で問うと、ふっと笑ったキャスリンは、高笑いで何かを誤魔化している。
「ほほほ! ま、失礼ですわねぇ。私はただ、ローズ様を助けてくださった騎士リオン様に謝意を表しているだけですわ。ほほほ!」
「……不気味すぎる……」
「あーらギルベルト様、あとで覚えてらっしゃいよ?」
ボソッと言ったギルベルトをキャスリンが睨んでいる。
そんな師と侍女の攻防の外で、困惑気味のリオンはソワソワ思った。
「……(早く……ローズ様のところに行きたい…………)」
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