38 / 74
38 キャスリンの天秤 ②
しおりを挟むリオンは顔を強張らせている。
その表情ははたから見ると、警戒心のあまり心を閉ざした仏頂面に見える、が……。ギルベルトにはわかった。
リオンは今ものすごく──困惑している。
困惑のあまり、身を凍らせているのである……。
これまでリオンは、この王女溺愛侍女キャスリンに、こんなに(不気味な)優しい言葉をかけられたことなどない。
彼女は普段は王女の後ろに控えているから、彼女の表情が見えないローズは知らないかもしれないが……。
この侍女は、いつも王女の背後から、王女に近づくすべての男に不信感に満ちた目でガンを飛ばしている。
だがリオン自身は、それをあまり気にしたことはなかった。
警戒は王女を守る者としては正しい(?)と心得ているし、そんな時、大抵彼はローズの顔を見つめるのに忙しいのでほとんどキャスリンは視界に入っていない。
……しかし、だからこそ。
こうして謎にニコニコされているほうが、よほど不審というものなわけで……。
(? ? ?)
侍女に捕まったリオンは、困ってしまった。
早くローズのところに行きたいのだが……キャスリンはリオンの襟首の後ろをしっかりつかんでいて、そこには彼を歓迎していつつも、制御しようとしている節が見える。
もちろん騎士たるリオンには、この侍女の拘束を振り払うのはたやすい、が……。
どうにも腑に落ちなくて、青年も下手に動けない。
キャスリンは不気味なことこの上ないとはいえ、ローズの陣営の者。この謎な行動も、もしかしたらローズ様の指示なのか(※絶対違う)……? と、考えると、この奇妙な歓迎にも従ったほうがいいような気もして……。
つまり真面目なリオンは、色々考えすぎて戸惑っていた。
……はたから見ていたギルベルトにはそれがよく分かって。
師は思った。年上女に、明らかに企みのありそうな顔でおほほと笑いながらとっ捕まえられた弟子は、なんだか母猫にうなじを咥えられた子猫のよう……。
強張った顔をしている騎士が、その実かなり純真な性質だと知っているがゆえ、余計にリオンの頭に緊張して倒れ切った猫のイカ耳が見えるようであった……。
キャスリンが不気味すぎて、つい引いて成り行きを見守ってしまっていたギルベルトがついに前へ出る。
「キャスリン……お前なんだその声は……とにかくリオンから手を離せ」
薄気味悪そうに彼女を見つつ、止めようとする。と、赤毛の侍女に不穏な笑顔で見据えられる。キャスリンはけしてリオンの後ろ襟から手を離そうとはしなかった。騎士の隊服の襟にぐっと食い込むような彼女の手を見て、ギルベルトが沈黙する。
(……、……、……怖……)
「え? ギルベルト様何か文句でも? ほほほ、わたくし声が変ですかしら?」
「……明らかに変だ。キャスリン、お前いったい何を企んで……」
ジト目で問うと、ふっと笑ったキャスリンは、高笑いで何かを誤魔化している。
「ほほほ! ま、失礼ですわねぇ。私はただ、ローズ様を助けてくださった騎士リオン様に謝意を表しているだけですわ。ほほほ!」
「……不気味すぎる……」
「あーらギルベルト様、あとで覚えてらっしゃいよ?」
ボソッと言ったギルベルトをキャスリンが睨んでいる。
そんな師と侍女の攻防の外で、困惑気味のリオンはソワソワ思った。
「……(早く……ローズ様のところに行きたい…………)」
0
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。


竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる