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32 華麗なる珍事
しおりを挟む恥ずかしそうにキラキラ輝く主人の顔を見て。
ふー……と、長いため息をついてから、キャスリンは言った。
「…………わかりました」
「……キャ、キャスリン……?」
侍女はひどく硬い表情をしている。声は重たく、目は何かを覚悟したように、カミソリのような鋭い光を放っていた。
赤毛の侍女は、可愛くて仕方ないローズの顔を見て、低く言う。
「それならば……わたくしにも考えがございます……」
「⁉︎」
そうして腕組みをした彼女の視線の先は、ダンスホールの大扉を睨んでいる。まさに、仇に立ち向かう直前という顔。なんだかとても……鬼気迫る、気合いに満ちた表情であった。
ダンスホールの前室に、不意に蝶番の軋む音が響く。
「!」
ずっとその音を待ち侘びていたリオンは、ハッとして目の前の大扉を凝視した。
先ほどここから出てきた医務官は、どんなに乞うても『守秘義務』と言って、頑としてローズの症状について教えてくれなかった。老医務官はとても微妙そうな顔をしていて、口調も重く……『まあ……詳細は、ご本人から……』と、逃げるようにこの控えの間から立ち去って行った。そのそそくさとした様子にはリオンは、余計に心配が募ってしまった。
だが、今ようやく、目の前で固く閉ざされていた大扉が緩やかに開いていく。
青年はほんの少しだけホッとして、思わずその名を呼んだ。
「ローズ様!」
と、開いた扉の隙間からまず姿を現したのは、待ち焦がれる貴人の侍女。
いつでもリオンに警戒した視線を突き刺してくる赤毛の侍女は、そこで待っていたリオンに気がつくと、いつもにまして鋭い眼差しで彼をジロリと見た。
だがその警戒も、王女の側仕えとしては当たり前のもの。リオンは早くローズの具合が知りたくて、侍女に急ぎ尋ねる。
「あの、キャスリン殿、ローズ様のお加減はいかがで──」
と、青年が悲壮な顔で言った時、目の前でこちらを上目遣いで睨み上げていた侍女が──…………。
「あらぁ♡ お待ちいただいていたのですかぁ? 騎士リオン様♡」
「「⁉︎」」
その唐突で、あからさまな鼻にかかった猫撫で声には──。
それを向けられたリオンばかりか、その後ろに立っていたギルベルトまでがたじろぐ。
だがそんな男たちの戸惑いは意に介さず。キャスリンはニコニコ笑顔でリオンに愛想を振りまき続ける。
「立派な騎士様をこんなところでお待たせして申し訳ありませんでしたねぇ、ささ、中でローズ様がお待ちですわ♡」
──と、キャスリンはリオンの背中をぐいぐい押して、ダンスホールの中へ押し込もうとしている……。
この薄気味悪すぎる謎の対応には、リオンも思わず戸惑った。
「⁉︎ あ、あの……ローズ様は大丈夫なので……」
「ほほほ、つべこべ言わずにとっとと御前にお行きになって♡」
「お、おいキャスリン⁉︎」
目の前で繰り広げられる珍事に、ギルベルトが愕然としている。
王女ローズのことに関しては、王宮一見境がないと謳われる侍女に連行されるリオンは、訳が分からずいたいけな子犬のような顔で戸惑っていた。そんな弟子の顔を見てしまったギルベルトは、慌ててダンスホールの中へ消えていった二人のあとを追った。
まあ……つまりキャスリンは──……。
思い切り手のひらを返した。
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