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26 ローズの身体が正直すぎる件
しおりを挟む「………………」
「ローズ様⁉︎ ど、どうなさったのですか⁉︎」
床に崩れ落ちそうなところを、危うく抱き留めて抱き寄せた王女は、瞳を見開いて彼を見ていた。その青白い顔色がなんとも痛ましくて、リオンは胸が抉られるように痛かった。
(……やっと……お会いできたのに……!)
これはなんだ。いったいどうして、王女はこんなにやつれておいでなのだとリオンの顔が歪む。
──ここ数日のこと。リオンはなぜか、王女ローズに会うことができなかった。まるで避けられているように(※避けられていた)、彼女の姿をチラリと見ることもできなくて。
そういう日は、リオンは終業後にとても落ち込んでしまう。一人で暗く、リオンのせいで空気も重い私室にこもりきり、明日はお姿が見られるといいなと小さな希望を胸に肩を落とす。多くは望まない、だが、できれば……一日一ローズ。そんな慎ましやかな願いをしょんぼりと座したテーブルの上に、ため息と共にこぼして……。しかし何かのきっかけ──例えばカラスがカーと鳴いた声を聞いたり、同僚が『お前今日も晩飯食べねーの?』と、部屋にやってきたりしたタイミングで、彼はハッと我に返る。大体その頃にはいつも日が暮れている。
自分は何をやっているんだ? 王女の顔が見られなかったとかそんなことで、うじうじしているなんて、近衛騎士としてあるまじきめめしさだ! ──と、彼はそのまま私室を飛び出して。その後深夜まで、一人騎士たちの居所の中庭で延々鍛錬で煩悩を晴らそうとする──と。
実はこちらも結構ここ数日のローズと同じような状態であった。
しかしこんなことならとリオンは悔やむ。
(こんなことなら、ストーカー扱いされてでも、毎日ローズ様のご様子を見にいくべきだった……!)
王女の侍女たちに不審者扱いされて変な目で見られても、彼女が元気か見に行っておけば、こんな情けない自分にも何かできたかもしれないのに! と。
「ロ、ローズ様……おつらいのですか⁉︎ このまま医務室にお連れいたしましょうか⁉︎」
リオンは心配で心配で。しかし、できるだけ早る心を抑えて尋ねると、だが、抱き止めたその王女はなぜか彼の腕の中で固まったまま、一言も言葉を発してくれない。
さらに心配になってしまい、もう一度呼びかけてみると……。ローズは今度は瞳をぎゅっとつむってしまい、挙句、その顔を覆い隠すようにして両腕で顔の前でクロスさせてしまった。……その片手の先が、横向きに数回ぎこちなく振られる。どうやら……医務室送りは不要という意味らしい。
「……ローズ様……?」
そんな王女にリオンは戸惑って目を瞠る。
(な、なぜお顔をお隠しに……? なぜお声を聞かせてくださらないのだろう……? ハッ、もしや……お声が出ないのか⁉︎ や、やはりお加減が……⁉︎)
そもそも彼がここへ駆けつけたのは、休憩中だった同僚たちと交代するときに、彼らが『王女の侍女キャスリンが、血相を変えて王女のために医務官を探して走り回っていてその形相が鬼怖かった……』と、話していたのを聞いた故のことだった。
ローズの体調不良を確信したリオンは、すっかり狼狽してしまって。それでもなんとか冷静に彼女を助けようと、ローズの背中を支えたまま彼女の顔の前で固く閉じられた細い両腕に手を置く。こう顔を隠されていては、どのくらい彼女の体調が悪いのかがよく分からない。
「ローズ様……お願いです! どうかお顔をお見せください!」
顔さえ見れば、多少の加減は判断できる。
必死で懇願すると──……。しかし彼女の腕の向こうで、亜麻色の頭がいやいやと振られる。これには、リオンがさっと悲壮な顔をした。
もちろん……その腕の向こうで、ローズが気絶寸前の羞恥に耐えている、……などということは……彼には、ぜんぜん、カケラも、伝わらなかった……。
「ロ、ローズ様!」
「あ……落ち着け落ち着けリオン。キャスリンが今医務官を呼びにいっている」
あの溺愛侍女なら医務官を拉致してでもすぐに駆けつけてくるはずだとギルベルトになだめられて、リオンは己の中で不安を捻じ殺す。自分は王女たちを守る近衛騎士。有事に動転していてはならぬと己を必死で戒めた。それに信頼するギルベルトがとても落ち着いているのを見る限り、心配するよりはローズの体調も大丈夫なのかもしれないと思った。
だがとリオン。せめて彼女に楽な体勢をとってもらおうと、騎士は己の腕と膝の上に横たわるローズの背中をしっかり支え、重病人を慰めるようにして、空いた方の手でローズの肩や腕をさすった。
「ローズ様……大丈夫です。私がおそばにおりますからね。う……お、おいたわしい……おつらかったら、なんでもこの私に言ってください!」
なんでもしますっっっ! ──と。リオンは普段はいかめしい顔を今にも泣きそうに歪めている。
おそらく……このリオンの顔を同僚たちに見せたら、彼らは心底度肝を抜かれるに違いない……。
と──その下で。
リオンに身を預けたままの娘ローズは、身を硬直させ、ある種の恐怖を味わっていた。
──絶望である。
(な──なんてことなの……なんて…………)
あまりの絶望感に、今にも気が遠くなってしまいそうだった。とてもではないが、目も、口も開けられないし。今の己の顔面を誰にも、けして見せるわけにはいかなかった。
何故ならば。容易に想像がつくからだ。
今、自分の顔は、ものすごいことになっているはず。ものすごく──激烈に、鮮明に、真っ赤な、はずだと……。
ローズは己の腕で隠した下で、沈痛の面持ち。
(どうしよう……私──……私ときたら……リオンを見た途端……)
──すっごく──……
──すっごく……
──元気になっちゃったわ……………………。
………………そう、お察しの通り。
ローズは、リオンの顔を見ただけで、 HP・MP全回復。気力も体力もピンピンのピン。素っ晴らしく元気になってしまったのである。
心の中は、薔薇色であった。
ローズは……リオンの腕の中で無音で叫ぶ。
(あああああああっ⁉︎ 私と来たら……なんという、あ、あ、あからさまな女なの⁉︎)
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