3 / 74
3 思いがけない罠
しおりを挟む本当は、ローズだってわがままな王太子が夫になるなど嫌である。
ローズもとっくにお年頃。
侍女たちが嬉しそうに話す華やかな恋の話には憧れるし、叶うのなら、自分が尊敬できて、愛し愛される関係の人に嫁ぎたいに決まっている。
もし、この婚約に両国の同盟なんて重大なものが乗っていなければ、今すぐにでも婚約破棄を受け入れ、もう勝手にしてくれと言ってやりたかった。
さりとてこの婚約は、両国の平安のため、国民のため。
幼い頃から、それが王家に生まれた者たちの役目だと教育された。
その教えに反発した王太子とは逆に、ローズはなるべくして責任感の強い娘に育ったわけだ。パートナーである王太子が奔放なのを見続けてきたから、余計にそうなったのかもしれない。
立派な王太子妃になるために懸命に励み、身を慎んで。
そこに助力してくれた多くの者たち──この国の王や、涙ながらに送り出してくれた両親、その後のローズの身の回りの世話を引き受けてくれた者たち。指導してくれた教師たちも。彼らの期待を背負っていることを考えても、ローズは絶対この婚約は破棄するわけにはいかないと固く誓っていた。
(それなのに──)
ローズはげっそりして、目の前の恥じらう騎士を見る。
王太子の護衛である、金髪碧眼の青年騎士。
これまでは。思惑を持って近づいてくる者たちには、初めこそ戸惑い、ときめくこともあった。だが、裏を知って仕舞えばときめきようがない。男性(時々麗人)の熱心なアプローチにも、今ではすっかり慣れ切ってしまって、カケラも心が動かなくなっていた。
美男が意味ありげに流し目をよこしてきても、それとなく親切にされても、『ああ、また王太子殿下は新しい恋人ができたんだな……』と、察し、いっそう身が引き締まる思いになるばかりであった。恋に夢中になると、王太子は職務を放り出す。それを穴埋めするのはいつもローズなのである。
けれども……。
どうしたことだろうか……今、その若い騎士を目の前にして。どうやらこれもまたハニートラップらしいと察しても。彼女はいつものように王太子のフォローについて思考する余裕がなかった。
動揺の理由は、その青年が、あまりにも意外な人選であったことも大きいだろうが……。大きくは、単純に胸が痛むほどに高鳴ってしまい、それどころではなくなった。
彼の名は、リオン・マクブライド。
優秀な騎士の輩出で名高いマクブライド家の出身で、将来有望な近衛騎士。
職務にとてもストイックで、他人とは馴れ合わない性格らしく、誰に対しても愛想のいい人物ではない。
彼は王族を守るのが務め。ローズも、王太子に会いにいくとたびたび彼に会うが、これまでは、笑った顔はおろか、その冷たい表情が崩れたところを一度だって見たことがなかった。
いつも事務的で、感情を見せない。話しかけても、要らぬ話はしてくれるなと言わんばかりに無表情で、返ってくる言葉も冷淡に思えるほどに短かった。
噂では、美貌に引き寄せられた豪胆な美女が幾度か彼に秋波を送ったが……それはもう冷酷なまでに無視されたらしい。目撃者曰く、『まるで虫けらを見るような迷惑そうな目だった……』とのこと。
そんな目撃談が広まるものだから、口さがない者たちは、彼が唯一近衛騎士隊の隊長を慕っていることをあげつらって、もしや……などと、無責任な憶測を流し、彼は余計に隊の中でも孤立したようだ。きっと振られた女性たちの負け惜しみもあったのだろう。
だが、そんな噂が流れても、リオン自身は淡々としていて特に感情を見せなかった。
周囲の噂や色眼鏡にも左右されない彼を見て、ローズはとても強い人だなと感心して。しかしだからこそ、ローズは油断していた。
きっと彼は、王太子にハニートラップを仕掛けろなんてくだらないことを命じられても、承伏したりしないだろうと。
ならば冷たくされればされるだけ、ローズにとっては好感が持てるというもの。
以前、王太子の周りにいる若手騎士や侍従たちがハニートラップを仕掛けてきたこともあり、王太子の近辺も警戒していたローズだったが、彼なら大丈夫だと安心した。
それからのローズは、王太子のところに来ると、要件は必ず彼を通すことを徹底した。
事実、その対策はとてもよかったと思う。
リオンは相変わらずローズに塩対応だったが、彼が傍にいると、彼を快く思っていない者たちは近寄ってこないし、リオンはそっけなくても仕事は他の者よりも丁寧なくらいだった。
ローズはそんな彼に、とてもほっこりして、とてもとても安心して、いた……の、だが…………。
もう幾月かで婚礼というここへきて、そんな彼がローズに対して、突然態度を軟化させてしまったのである。
この衝撃と困惑は、ローズにとっては決して小さくないものであった。
1
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる