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2 甘い罠
しおりを挟む今まで何度それが差し向けられてきたか分からない。
そのせいで、真面目なローズが何度傷ついたことか。
なんだか最近やたら魅力的な男性たちに言い寄られるなと不思議に思っていたら。
陰ではこそこそ『王太子様の命令で仕方なく』『別に好きでもなんでもない』などと言われている。
それは例えローズがしっかり同盟のための王太子の婚約者という本分をわきまえていて、きちんと相手を拒絶していても。裏でそのように言われていれば、感じやすい年頃だった彼女が、『本気じゃないのに、何を真剣に断っているんだ』『自惚れるな』と嘲笑われているような気持ちになって恥じ入っても仕方ない。
できるだけ相手を傷つけぬようにと、ローズが返す言葉の一つ、表情の一つにも心底悩んだだけに余計である。
おまけにその間、自分の婚約者は他の女にぞっこんでこちらを見向きもしない。相手の女に勝ち誇った顔を見せつけられるとダメ押しで……。
繊細な思春期に異性からこんな仕打ちを受ければ、とても傷つくのも当たり前。今やローズにとっては言い寄ってくる美男はトラウマのようなものだった。
……にも関わらず。
王太子は恋をするたびにローズを陥れようとする。
教師や護衛、侍従、年頃の貴族男子や、麗人──つまりは女性であったこともある。いや……むしろこの策には引っかかりそうだった。ローズもまさか、美しい女性が自分を誘惑してくるなんて思いもしなかったもので……。
なんて美しくて親切なお姉様……と、すっかり信頼してしまい、苦しかった心のうちをすべて打ち明けてしまったところで──彼女が実は王太子の差し向けた者だったと分かった時の衝撃は計り知れなかった……。
こうして王太子は、彼女の周りに上がることのできる、あらゆる役職の者を使い、ローズにかりそめの恋をさせんと挑んできた。
呆れたことに、どうやら彼は、それらの己の企みが未だローズには気がつかれていないと思っているらしい……。馬鹿の一つ覚えのように、次から次へと美男が誘惑にやってくるもので……もはや彼女も呆れを通り越し、哀れみさえ感じている。
ただ、ローズにも、彼が押し着せの婚姻を嫌う気持ちはわからないでもない。
恋愛至上主義の彼が、好きでもない相手と結婚しろと命じられるのは辛いだろう。すでに民らの間、貴族の一部で自由恋愛が主流となった現在では、王太子が不満を抱える気持ちも理解できる。この点は、ローズも彼を気の毒に思っていて、これまで彼女があまり王太子に強く出られなかった原因でもある。
また、王太子は一昨年慕っていた母親を亡くしており、それもローズが彼に同情してしまう原因の一つ。
王太子が選ぶ女性はいつも、どこか母親の面影を持っていた。
ローズも幼くして国を離れ、母と離れた身。望郷の思いが王太子のそれと重なって、同情を禁じえなかったのである。
──けれどもだ。
そうして幼児を母から引き離してまで両国のために交わされた婚約が、そうそう容易く破棄できるはずがない。
それは同盟に関わる問題で、そんなことを言えば、ローズと交換する形でこのカムブリーゼ王国から、彼女の祖国ゼーヴィントに嫁いだ王太子の姉も黙っていないだろう。
だからこそ彼はローズにハニートラップを仕掛けてくる。
相手に非もないのに、婚約破棄を申し出れば、当然王太子自身が責任を問われる。
国王は、亡くなった王妃の死の間際の懇願を受け入れて彼の地位を約束しているが……あまりに王太子の素行が悪ければ、国民の反発もある。
国王には側室もいて、王子は他に三名もいるのだから、ならば後継の座を別の王子に渡すと言いかねない。王太子は、それは嫌なのだ。
……恋はしたいけど、そのための責任は負いたくない、王太子という位も捨てたくない。
だが、相手に非を問いたくても、婚約者であるローズは真面目で勤勉で慎重。我慢強く、王太子がどれだけそっけなくしても不平も言わない。
おまけに彼女には隣国という大きな後ろ立てがあり、下手に陥れれば我が身が危ない。
本人はとても祖国思い、国民思いだから、そのための婚約を破棄すると言いださせるのも、極めて困難。
けれども、年中恋をしている王太子は恋の力をとても信じていた。
ローズに別の男に恋さえさせてしまえば、きっと彼女も婚約を破棄したいと願うはず。
もしくは……一瞬でも不貞を働いてくれれば、その現場を押さえて非を問える。
……なんともまあ……身勝手なことである。
だが、そんな王太子の企みに、ローズはもうとっくに気がついている。
ただ、明るみに出すと王家のためにならないし、王太子はコロコロ相手の女性を変えるので、そのうちその行為自体に飽きるのではと。いずれ王太子としての自覚も目覚めて真剣に国事を担ってくれる日も来るのではと──信じ続け、もう幾年。
王太子は……ハニートラップを仕掛ける腕を上げこそしても、恋愛についてはちっとも落ち着かなかった……。
そろそろローズの我慢強さも擦り切れそうで……。
そんな苦悶の折に、新たに投下された“甘い罠”。
その人物は、あまりにも意外すぎる人物だった。
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