戦場黎明の空

川崎

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第一章

第九話

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 突如繁華街に出現した悪靈は、街を破壊し、私達を虐殺しようとしている。丁度街に居た私達は、その攻撃により逃げ道が塞がれ、死を待つだけのような状態である。

 その上、更に私に不幸が降り注いだ。丁度、立ち止まっていた私の横には店が立ち並んでいたのだが、私の隣の建物が破壊されたのだ。

 直後に大きな爆発音を上げ、瓦礫が降り注いでくる。本当に突然のことで、私は体を全力で前に動かし、降り注ぐ瓦礫を避けようとした。

 しかし、不幸にも落ちてきた瓦礫は、私の左足の膝下に当たってしまった。それが私の左足の骨を砕き、組織を破壊する。

「あ……っ!」

 声にもならない悲鳴を上げ、私は足を取られて地面に叩き付けられた。更に、自身の状況を理解すると、耐え難く脳を破壊するような痛みが私を襲った。

「ああああああああああああああああああああああ!」

 私は叫んだ。生まれてから一度も経験したことがない、激しく直接的な痛みだ。

 まずい。すぐに血が溢れてきた。身動もが取れない。

 しかし、幸運であったのは、私の隣に居たローディアとティレータは無事であったということである。少しでも位置が異なれば、二人は押しつぶされていたかもしれない。それだけが救いである。

「アルト!」

 そう叫び、案の定二人は私を心配して駆け寄ってきた。

「やめっ……! 私に構わないで!」

 心の底からそう叫んだ。

 彼女は人を治癒する魎靈術を使う事ができるという事も知っている。ただ、きっと今度は私の上の建物が壊され、私は本当に死ぬのだ。

 ローディアは、ここで死んでほしくない。そんなのは嫌だ。私は弱い。何もできない。ただ、私に少しでも何かをさせてくれ。頼む。

 いやでも、よく考えてみれば助かる筈ないのだ。こんな事しても無駄ではないか? むしろ、彼女の恐怖を長引かせるだけなのでは無いか?

 陰険な思考の種が芽生える。

 どうせ死ぬなら、私はあなた達と一緒がいい。怖いのだ、私は。

 一度、私は死ぬ事を味わった。しかし、この恐ろしさは、これだけは、何度経験しようとも耐え難い。怖い。恐ろしい。哭いてしまいそうだ。

 ああ、私は何を考えているのだ。

 生への欲望はここまで私という人を狂わせるのか。


 可能性…… 何か助かる可能は……

 ……無い。

 もう、終わりだ。私も、ローディアも、ティレータも、皆殺される。私達に恨みを持つ悪靈とやらのせいで、瓦礫に押しつぶされるか、奴の力で全身を破壊されて死ぬのだ。

 それを理解すると、私は不思議と力が抜けた。私は、もう何もできなくなった。

 ああ、私はもう死ぬのか。

 あまりにも短い、二度目の人生であった。

 私は、死を覚悟した。

 そして、意味が無くとも、目を閉じ、歯を食いしばった。

 ああ、来てしまう。死んでしまう。

 怖い。恐ろしい。哭いてしまいそうだ。

 ただ無力であり、その時をひたすら待った。実に長く感じた。その間も待った。のだが……

 「……ん?」

 思わず声を漏らした。

 予想外の事が起きた。

 瓦礫が降ってこないのである。

 かといって、私の近くでない場所が破壊されたわけでもない。何の音もせず、大きな衝撃もない。

 悪靈の動きが、止まったのである。

 何が起こったのだと、私は不自由な体勢の中、腕と胴体に必死に力を入れて動いた。足は酷く痛んだものの、必死に耐えて上を向くことができた。

 そこには、3人の者が居た。

 三人共、奇妙な服装をしている。

 角張った形の帽子に、黒の上に紫色と白の刺繍が入った、服の両端が下に長く伸びたブレザーの様な服。

 そして、手に持った長い杖のような物。先端は角形に膨らんだように見え、金属の貨幣のような小さい物が、短い紐で吊るされている。

 彼らは、高速で空中を浮遊し、どうやら悪靈の方に向かっているようであった。私は体を曲げ、首を上に向けて彼らを目で追った。彼らは早く、その服をなびかせながら、前傾姿勢で風のように飛んで行った。とても凛々しい姿である。

 そのままどこへ行くのかと私は見ていたのだが、彼らは虚空を前にして、急に止まった。少なくとも私には、彼らの目の前にある物を見ることができなかったが、彼らには見えている。恐らくそこには悪靈がおり、彼らはティレータが言っていた看術という術を使っているのであろう。

 彼らは迅速に、その見えぬ靈と対峙するように立つと、奇怪な動きを始めたのである。まず、3人は何かを話しながら、互いに少しの距離を取り、横一列に並んだ。そして、皆一斉に手に持っていた杖のような物を前に、その靈に向けた。

 すると、不思議な光景を目の当たりにした。赤い光線のような紋様が、軋む金属のような鋭い音と共に、宙に現れたのである。地面と、そこから少し高い宙に、同心円状の波紋のような2つの円盤が現れ、その中心には、2つの円盤を繋ぐように円筒形の紋様が浮かび上がった。その光の像の各所には、文字のような模様が刻まれていた。

 その紋様が現れると、三人は腕を伸ばし、杖をより前に構えた。すると、再びあの金属音が響き、ゆっくりと二つの光の円盤が動き出した。

 これは、魎靈術の何かであることに違いは無い。ただ、一つ他と違うのは、あの奇妙に発せられる音と光の紋様である。

 彼らは、ずっと杖を靈に向けて構え続けている。何故か、とても険しい顔で必死に杖を構えていた。きっと、大いに体力が要る術であるのだろう。それか、彼らはとても苦しんでいるようにも見えたのである。

 これに対し、靈は足掻いた。円盤は押し返されるような動きを見せ、辺りの地面は揺れて、近辺の地面に亀裂が発生した。私は何も知らないが、きっとあの靈は今殺されようとしている。あまりにも大きな、自分の命をも脅かす強大な力に、必死にその命を守るために抵抗しているのだ。彼には周りのことも見えていない。ただ死にたくないという生命の慟哭のために、死力を尽くしている。

 そして、その靈の悲鳴に同情もせず、冷酷に抹殺せんとする彼ら三人。後姿は、私には何よりも恐ろしく、生命の戦慄を本能から駆り立てるように感ずる。私は、彼らの正体を知らないが、少なくとも言えることは、彼らは悪靈を幾度となく殺し、それをしながら生きているということ。

 彼らの手により、靈は抵抗するも、虚しく赤い光線は互いの距離を狭めてゆく。さらに強大な力で地面を震わせ、耳を塞ぎたくなるような轟音が響いた。だが、それを最後に、もう音や鳴動が発せられることも無くなった。遂に2つの光の紋は一気に距離を縮め、合わさって靈を圧し潰した。

 すると三人は杖を戻し、光の紋様は再び鋭い音を立てて砕け散って消えた。先程まで猛威を振るったあの恐ろしき靈の気配は、もう跡形もなく消えた。そこには、ただ破壊された街と、埃を舞い上げる風のみが残っている。彼は、殺されたのか、それとも幽閉されたようにも見えたのだが、真相は知らぬ。

 存在は見えず、声も聞こえずとも、彼が上げた凄まじい悲鳴が、私には確かに聞こえた。それは、口をぽかんとあけながら見ていた私の脳の神経を焼き切ように、今でも深く私に刻まれている。

 ただ、靈が居なくなり、自身の状況を思い出した途端、左足の凄まじい痛みを思い出した。瓦礫に足を挟み、骨諸共砕かれ、未だに激痛である。私は顔をひどくしかめ、力なく地面に伏せた。場の状況を察したローディアとティレータの、走りくる音と声が聞こえた。

「アルト!」

 二人はそう叫ぶ。ローディアは地に伏せる私の近くに屈み、私の顔を見て、泣きそうな顔で強く言った。

「アルトさん! 意識は!? 大丈夫!?」

「ええ…… なんとか…… っ……!」

 私は震える声で痛みに耐えながら声に出す。

「ごめんね! 今何とかするっす!」

 ローディアは必死にそう言い残すと、私の足の方に駆けていき、瓦礫を押し上げた。ティレータも協力しているようだ。懸命な声が聞こえてくる。

「畜生…… 動かねぇ……」

 ティレータが呟く。悲痛な声であった。

 だが、二人の努力も虚しく、瓦礫はびくともしない。

「ああ、だめだ……」

 ローディアは息切れしながらそう漏らす。

「はあ…… これは…… 魎隷術で何とかならないかな」

 ティレータが提案した。躊躇う間もなく、二人は合掌をして術を始めた。

 瓦礫は、僅かに上に動いた。それが動くたびに私の足には耐え難い痛みが走ったが、僅かに石の壁は上に動いている。

 そのまま、瓦礫を押しのけようと二人は術を続けたが、やはりこちらも、力が足りない。僅かに動いたのは良いものの、私の足を引き出せるほどに動かすことは叶わなかった。

 二人も額から汗を流し、この状況の厳しさを目の当たりにしたようである。いくら頑張っても、その成果は現れない。それどころか、私の足からは血液が溢れ出してくる。

 もう無理かと、私は半ば諦め始めた。二人もそう思ったかもしれないが、もう私は二人にも無理してほしくなかった。私はここで死ぬならそれでもいいのだと遂には思い始め、それを伝えようと口を開いた。

 だが、その時であった。思わぬ救世主が現れる。

 足が地面に着く音がしたのである。非常に軽々とした、衝撃のない小さな音。その足音は私の反対側からして、気配は無く、突然ここに降り立ったようである。恐らくは、術で飛行していた所から降りてきたのだろう。

 その足音の方に、私は首を曲げて目を向けた。そこには、一人の男が立っていた。

 彼は、冷酷な顔つきをした、長い黒髪の青年であった。その立ち振る舞いは、冷たく在りながらも、凛々しさを感じさせる見た目であった。

 その見た目は特徴的である。角張った五角形の帽子に、黒の上に紫色と白の刺繍が入った、服の両端が下に長く伸びたブレザーの様な服。そして、手に持った長い杖のような物。

 一番目を引くのは、彼の服に白く描かれた文字。その文字は、見たこともないのに読むことのできる、あの文字であった。そして、こう書かれている。

「二人目の疆術師である」

 彼は先ほど悪靈と戦闘を繰り広げた三人の中の一人であった。丁度、中央に立ち、杖を靈に向けていた者である。

 そして、「疆術師」という文字。奇妙な見た目の彼らは、この集団に属しているのだろうか。だとしたら、何の集団なのだろうか。

 だが、そんな疑問に答える訳もなく、彼はこう言った。

「今、救助致します」

 この短い言葉。その声に感情は少ないが、何処と無い温かみのある流麗な声である。私の混乱は少し晴れて、今までに無かった不思議な感情が現れた。

 彼は告げるとすぐに瓦礫に足を運び、立ち止まった。

「失礼します」

 あの杖を瓦礫に向けた。すると、あれ程重く、動かせずにいた瓦礫はひょいと上がり、そのままそれは退かされた。

 必死になっていたローディアとティレータは目を丸くし、周りを見た。そして、特級魎靈術師の彼を目で捉えると、驚いて声を上げた。

「ネ、ネローツさん!?」

「ええ?」

 二人の反応に、ネローツという彼は目もくれず、杖を縦に構えなおした。あの様子から見て、彼は相当有名な者なのだろうか。

 驚く二人を横目に、ネローツは屈んで、私の脚の様子を見た。きっと私の脚は相当な有様だったと思うが、彼は眉ひとつ動かさずに、私の損傷した脚に指を置いた。

 すると、信じがたい事が起きた。先程まで私を、気が狂う程に蝕んだ痛みが、一瞬にして消え失せた。さらに、なんと私の破壊された脚は、みるみる直っていったのである。神経や筋肉の組織が繋がってゆく感覚が鮮明に足に走ったのである。

 私は怪しくは思ったものの、足が回復し、痛みはもう跡形もなかったので、地面に手をついて起き上がろうとした。

 だが、私はすぐにネローツに止められた。

「まだ、起き上がらないで下さい。出血が酷い。この薬を飲んでしばらくすれば良くなります。口を開けて」

 言われた通りに、私は口を開けた。すると彼は、試験管の様な円筒状の容器を取り出し、私の口に、中に入っていた透明な液体を注いだ。

 苦さと甘さが混じった、気味の悪い味であった。しかし、とても体に害のある薬物とも思えない。恐らくは造血剤の一種だろうか。だとしたら、出血量から見て薬では対処できなさそうだが……

 でも、私は彼の言葉を信じた。この薬は、私が見たことのない代物である。その効果も期待できるはずだ。

 そして、ネローツはその容器を懐にしまい立ち上がると、二人を手で示して私に言った。

「数十分安静にすればよくなります。移動する場合は、彼らに負ぶってもらうか、術で移動してください。では、お大事に」

 ネローツはそう言い残すと、飛んで空高く上がり、どこかへ行ってしまった。
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