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4.執事
しおりを挟むアンヌのお掃除生活は、早々に執事にバレた。
使っていない部屋は山ほどある。アンヌは精力的に片づけていく。部屋を整えたあと、晴れやかな気持ちで扉を開けると、執事が立っていた。
「わっ」
アンヌは慌てて扉を閉める。アンヌは自分の姿を見下ろした。汚れてもいいように、全身を覆う割烹着を身につけている。母の働いている洋裁店の売れ残りの布で作ってもらった。袖もあるので、全身が汚れない優れものである。
頭にはホコリよけのスカーフ。口と鼻もスカーフで覆っている。目しか出ていない。どう見ても怪しいだろう。
窓から逃げよう。すっかり慌てたアンヌは、掃除道具を置いて、窓を開けた。
「奥様、事情をお話くださいませんか」
アンヌが窓枠に足をかけようとしていると、後ろから静かに声をかけられた。アンヌは観念して振り返った。
「ヤン、私、ジェラルドのことが本当に好きなの。でも、ジェラルドは信じてくれなくて」
アンヌは言葉にした途端、なんだか悲しくなって涙が出てきた。母に言われた通り、何度かジェラルドに気持ちを伝えた。ちっとも伝わらなかった。アンヌは頭からスカーフを取って、目をおさえる。
「奥様、長い話になりますが、聞いてくださいますか。まずはお部屋に戻りましょう」
ヤンは優しく言うと、アンヌを自室に連れて行ってくれた。
お茶が届けられ、アンヌは座ってお茶を飲んだ。ヤンにも無理矢理座らせて、一緒にお茶を飲ませる。
ヤンはジェラルドの六回の結婚生活について説明してくれる。
「最初の結婚は、旦那様が三十歳のときです。没落した貴族のご令嬢でした。その方は気ぐらいが高く、平民の旦那様を見下していました。白い結婚でないと首をくくると言い、旦那様のお金を散財しました」
「ひどいわ。私は無駄づかいなんてしないわ」
「存じております。奥様の倹約ぶりには、旦那様も驚かれています。最初の結婚は、旦那様が借金を肩代わりし、解消しました。二番目の結婚も同じようなものです。どの方も、旦那様を見下すか、恐れるだけで、夫婦ではありません」
「分かったわ。そんなひどい結婚を繰り返していれば、私のことを信じられないのも無理ないわね」
アンヌは両手を握りしめ、ヤンを見つめる。
「でもね、ヤン、信じて。私は本当にジェラルドが好きなの。あのね、私の母、孤児院出身でしょう。だから、私は小さいときから孤児院のお手伝いをしていたの。孤児院ってお金がないから、人手が足りないのよ」
アンヌが孤児院で掃除や子どもたちの服を繕ったりしているとき、ジェラルドがやってきたのだ。ジェラルドはひっそりとやってきては、院長と話し、寄付をしてくれる。たまに、孤児を連れてくることもあった。
「ジェラルドのお店の前に、子どもを捨てる人がいるのでしょう。それで、ジェラルドが子どもを連れてくるの。だから、昔からジェラルドが優しい人って知っていたの」
「そうだったのですね。旦那様はそういったことは全て秘密裏になされています。目立つと偽善者と言われ、商売の邪魔になるからと。旦那様は誤解を受けやすい方ですから」
「ああ、見た目がね。ちょっと陰気でヒゲもじゃだものねえ。青ヒゲみたいだって、怖がられているもの」
若い女性と次々結婚しては、殺害していた青ヒゲ。ジェラルドは青ヒゲになぞらえ、黒ヒゲと呼ばれている。
「分かっている人はいるのよ。ジェラルドがいい人だってね。でも信じない人もいるから。不思議よね。ジェラルドのこと、嫌いな人と尊敬する人でパッキリ分かれているの」
だから、街ではジェラルドの話題は禁句なのだ。宗教と政治と黒ヒゲのことは、話題にしない。それが街でうまくやっていく秘訣とまで言われている。
アンヌがジェラルドと結婚したとき、知り合いの半分は祝福してくれたが、半分は連絡を絶った。アンヌは覚悟していたので、気にしないようにしている。
執事のヤンは、アンヌのお掃除大作戦に協力してくれることになった。使用人たちも応援してくれている。外堀は埋まった。あとはアンヌが根性を見せるだけだ。
根性はある。でも怯えた子猫のようなジェラルドは、心を開いてくれないのだ。それが問題だ。
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