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2.姉と兄

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「姉さーん、助けてー」

 翌朝、アンヌは姉の家に押しかける。

「まだ、指一本触れられてない。純潔よ。大変よー」

 玄関でひと息にまくし立てると、口の中にハンカチを押し込まれた。そのままグイグイ引っ張られて奥の客間に入れられる。

「やめなさい、みっともない。モテないって大声で世の中に申告してどうするの。モテて大変って言わなきゃ、モテないわよ。男は、みんなが好きな女が、好きなんだから」

「私はジェラルドにだけモテたいのよ。他の男はどうでもいいのよ」

「座りなさい。何があったか教えて」

 アンヌは、甘くない新婚生活の洗いざらいをブチまけた。

「ということでね、夜着、全く効き目がないわ」

 アンヌはそう締めくくると、グビーっとお茶を飲み干す。

「兄さんに相談しましょう。私直伝の手練手管が通じないなら、男の意見を聞かないと」

 アンヌと姉は馬車に乗り、大急ぎで実家に向かう。ジェラルドの屋敷には遠く及ばない、こじんまりとした家。姉妹はこっそり兄の部屋の前まで忍び込む。

 バーン アンヌが扉を開ける。

 シュッ 姉が兄の口の中にハンカチを投げ入れた。

 長年つちかった姉妹の技は、今回もうまくハマった。兄は苦い顔をしながら、ハンカチを吐き出す。

「お前たち、いつまでこんなことする気だ。ふたりとも人妻だろ。いい加減、落ち着いたらどうだ」

「私、まだ手がついてないんですー。助けてー、兄さーん」

 アンヌのあけすけな言葉に、兄は頭を抱えた。

「だから、お前に黒ヒゲは無理だとあれほど」
「弱気にならないで。とりあえず結婚できたんだもの。これからよ」

 頭を抱える兄に、例の夜着を広げて見せる。

「これ、これでもダメだったの。ねえ、私、女として終わってる?」
「やめんか、はしたない」

 兄はアンヌの手から夜着を奪うと、クルクルと小さくたたむ。

「お前な、アンヌ。まずは人として役に立つところを見せろ。女うんぬんはそれからだ」
「具体的にお願いします」
「こんなこともあろうかと、調べておいた。これが黒ヒゲの困っていることだ」

 兄はアンヌに小さな紙を渡す。

「この住所に行け。そこの問題を解決してみろ。そうすれば、黒ヒゲの部下の信頼を得られるだろう」

「さすがです、兄さーん」

 アンヌは兄に飛びついた。兄は、アンヌをイヤそうに受け止め、すぐ姉に渡す。兄は優しいが、甘やかしてはくれないのだ。

 
 兄と別れ、アンヌは姉と一緒にその場所にやってきた。街外れにポツンとたつ、がらんとした大きな家。中から何やら色んな鳴き声が聞こえる。

 アンヌと姉は窓からこっそり中をのぞいた。

「犬がいるわ。猫も。あ、男の人も」
「どうする?」
「そりゃあ、話を聞くでしょう」

 アンヌは姉に止められる前に、窓をコンコンと叩いた。ハッとアンヌたちを見る男性に、アンヌは精いっぱいの笑顔を見せる。

「ちょっと、姉さんも笑ってよ。私が笑うより、効果があるんだから」

 ふたりの女性の笑顔につられて、男性も微笑む。扉を開けて、外に出てきた。

「何かご用ですか?」
「はい、お手伝いに来ました。私、アンヌ・デュカスです。ジェラルド・デュカスの妻です」
「えっ」

 男性はアンヌを見て口を大きく開け、慌てふためいた。

「奥さまですか! なぜこんなところに」
「はい、ですから、お手伝いに」
「奥さまにお手伝いいただくわけにはいきません」
「大丈夫大丈夫。私、動物大好きだから」

 アンヌは姉の色気を存分に活用しながら、強引に建物の中に入る。男性は、ジェラルドの商会の社員ということだった。

「さあ、話を聞かせてくださいな。ここは何ですの?」
「ここは、ジェラルド様が保護された野良犬と野良猫の家です」
「まあ、私の旦那様、最高だわ」
「その通りです」

 アンヌと男性は分かり合った。固く握手を交わす。


 その日から、アンヌの日課に動物の世話が入った。毎日朝早く行き、ごはんと水を与える。犬はそれぞれの囲いから出し、庭を走らせる。その間に掃除だ。

「今日はね、みんなに首輪を持ってきたのよ。万一ここから逃げ出しても、私に連絡が来るようにね。街をフラフラしたら、下手したら殺されちゃう。出て行っちゃダメだからね」

 犬たちは、割とすんなり首輪をつけさせてくれた。アンヌのことを、ごはんをくれる人と認識したのだろう。

 猫はほとんど無理だった。そもそも手の届く距離に降りて来ない。

 アンヌは建物の高いところに猫の通路を作ったのだ。ジェラルドの商会の人たちが手伝ってくれた。

「これで、犬と猫がケンカせずに暮らせるでしょう」
「素晴らしい考えです」

 商会の人たちは、すっかりアンヌと仲良くなった。

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