【完結】追放された聖女の明るい復讐譚「声が甲高くなる呪いをかけてやる」

みねバイヤーン

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13.春だから?

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 エイミーが窓の外を見ながらポツリとこぼす。

「春だから?」
「ん?」

 マヤは意味が分からなくて聞き返した。


「繁殖期だから? ここ最近、浮気の話ばっかり」
「ああ、確かに」

 マヤは苦笑いした。確かに浮気相談が続いている。


「どうして浮気するって分かってるのに、結婚するのかなー」
「そうね」

 エイミーはほおづえをついて天井をにらむ。


「どうして守れもしないのに、永遠の愛を誓うんだろう」
「確かに」

 マヤはエイミーが気の毒になった。

 連日持ち込まれる浮気話に、エイミーの心はささくれだっている。エイミーがわずかばかり、針の先ほど残してあった結婚への淡い夢は、すっかり消えた。ええ、それはもうさっぱりと。

「もう、結婚なんてしなけりゃいいのに」
「国が滅びるな」

「そっか」


 エイミーは気を取り直した。考えても仕方がない。ほぼみんな浮気する。風邪と一緒だ。そうだ、きっとそうだ。

 浮気の症状に応じて処方箋を出す。わたしは医者だ。いちいち患者の病状に心を揺らすと疲れる。鈍化するのよ、エイミー。

 エイミーは自分に言い聞かせた。


「それで、あなたの旦那さんの浮気、どういった症状ですかな?」

 エイミーは紙になにやら書きながら熱心に聞く。

「え? あ、はい。最近帰りが遅くて……。ときどきボーッとしてため息ついたり。手紙が届いてないか気にしたり。とにかくなんか怪しいんです」

「なるほどなるほど。まだ初期段階ですねー。ちなみに旦那さん、どういったお仕事で?」

「はい、近衛騎士です」

 エイミーが書く手をとめて、眉間にシワを寄せる。


「それって、とてもモテるのでは?」
「そうですね……」

「こういったこと、今回が初めて?」
「いえ、何回か似たようなことがありました」

 エイミーはわずかに体から力を抜く。


「奥さん、どーんと構えて待ってなさい。旦那さんはいずれ奥さんの元に帰ってきます。多分」
「多分……」

「そんなモテ近衛騎士の旦那さんにピッタリなのはこれ」


『靴の中に尖った小石が常にある』


「戦いに集中できず、仕事で信頼を失い、浮気どころではなくなるでしょう」

 エイミーは自信たっぷりに微笑んだ。


***


「はい、次の人ー」

 エイミーは次の患者を呼んだ。

「あ、どうも。なんだかエイミーさんがヤサグレてるって聞いていましたけど。本当だったんですね。ごめんなさいね、いい大人が若いエイミーさんに愚痴ってしまって」

 少し年配の女性がすまなさそうに肩をすくめる。


「いえいえいえ、これが仕事ですから。ドーンとお話ください」

 エイミーは朗らかに言う。


「うちの夫、妙にこじゃれた格好するようになって。髪型も今までずっと同じだったのに、急に色んなの試すようになって。新しく部署に入ってきた若い女性の話をチラホラするんです」

 エイミーは腕組みをして考えこむ。

「旦那さんはカッコイイですか?」
「……昔はそうでもなかったんですけど。年をとって、職場での地位が上がってきたら……」


「なんだかちょっと自信あり気な感じに?」
「そうです。そうなんです。どうして分かったの?」

 女性は前のめりでエイミーにつめよる。


「それは……この手の話、もう十件目ぐらいですから」
「まあ」

「これはちょっとアレですね。旦那さん、初めてのモテ期で舞い上がってます」
「やっぱり」

 女性はハンカチを握りしめた。


「ガツーンと振られたら奥さんのところに戻ってきます。でも……もしかしたら世間知らずな若い部下が、上司さん仕事できて素敵ーてな感じになると……戻ってこないかも」
「ひぃぃ」

「そんな浮かれてる旦那さんにはこれ」

 バシン エイミーが魔法陣を机に叩きつける。


『大事な商談の相手の時に限って相手の名前を間違える』


「かっこ悪いところを部下に見られて、幻滅されればいいのです」

「なるほど、勉強になります!」

「いやいや、わたし、彼氏いない歴は年齢ですから。完全に耳年増ですから……」

「うっ、ホントにごめんなさい」

 女性は小さくなって謝った。


***


「へーい、次の方ー」

 エイミーはちょっと楽しくなってきた。


「夫が帰ってこなくなって……」
「うわー」
「新しい女の家に転がり込んでるみたいで」
「ひえー」
「少しずつ夫の荷物が減っていって」
「わーん」

 まったく楽しいどころではなかった。


「えーっと、末期だと思うのですけど……。旦那さんに戻ってきてもらいたいですか?」
「…………」

 女性は指をぐねぐねこねくり回す。


「出て行ったということは、お家は奥さんのものってことですよね」
「そう……できなくもないわね。執事と結託すれば」

 女性は少し考えた。

「じゃあ、もういいんじゃないかなーなんて」
「確かに……でも、やっぱり腹が立ちますわ」

「旦那さん、お仕事なんですか?」
「騎士団寮の料理人です」
「では、もうこれで、スッキリなさってください」

 エイミーはそそっと魔法陣を差し出す。

『甘いものと辛いものが常に逆になる』


***

 エイミーのやけっぱち加減をマヤは見抜いて、残りの女性に帰ってもらう。

「エイミー、今日は終わりにしよう。よくがんばった」
「ううう」
「すまない。結婚の暗部ばかりを見せることになって」

 見なくていいものばかり、少女に見せている気がする。マヤは反省した。


「でも、エイミーのおかげで、浮気の件数は減ってきている。ニコール様もお褒めになってる」

「そろそろ春が終わるからでは?」

 エイミーはすっかり懐疑的になっている。

「いや、人間の男は年中繁殖期だ」
「うう、イヤだそれ」

 エイミーは顔をしかめる。

「なんでも好きなものを言いなさい。ニコール様がご褒美をくださるそうだ」
「そしたら、ドロドロの不倫話が載ってる本がいいです」

 エイミーがニヤリと悪い顔をする。


「ああ、エイミーがそっち側に行ってしまった」
「いえ、的確な助言をするためですから」

 マヤは泣いた。こんな真面目でかわいい少女に、なんてことをさせているのだ。そろそろ浮気案件は断るべきだろうか。ニコール様に相談しよう、マヤはそっと心に決めた。



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