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11.なおらない病気

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「そう、エイデンとファルエルが……。よくやってくれました」

 ニコールはマヤの報告を聞いて、頬をわずかにほころばせた。

「王城で働く女性たちの私生活も徐々に改善しているのね。エイミーに褒美を取らせなければなりませんね。何がいいかしら」

「なにぶん欲のない少女ですので……魔導書は喜びますが」

 マヤは考えてみたが、何も思いつかない。


「それでは褒美にならないでしょう。仕事で必要なものは、お金を惜しまず与えてあげなさい。なにか他に心当たりはないの? いい殿方を紹介してもいいのだけど」

「……そうですね、既婚女性から話を聞きすぎて、結婚に対して夢も希望もなくしてしまっております。……胸が豊かになりたいと思っているようです」


 ニコールは考えながらゆっくり話す。

「そう。食事にもう少し肉や卵を増やしてあげて。大豆がいいと聞いたことがあるから、それも料理長に伝えてちょうだい。確か近々サマルーテ王国との外交があったはずだわ。彼の国の女性は胸が豊かですから、何か秘密があるのか探ってみましょう」

 サマルーテ王国との外交日程を確認しなければ、ニコールは紙に走り書きをする。


「他に気になることはない?」

「はい、実はイングリッドの体に多数アザがあると報告が入っております」

「そう。ルナード伯爵は仕事の評判はいいのですが……。分かりました。こちらで調べてみます。そうね、王城で働く女性たちの健康診断をします。女医の手配を侍女長に伝えて。もう下がっていいわ」


 (はあ、次から次へと、まったく)

 
「聞いていて? ルナード伯爵の身辺を洗ってちょうだい」

「はっ」

 影に命じると、ニコールは窓から庭園を眺める。エイデンとファルエルが散歩しているのが見えた。


 (エイデンはライアンに比べると少し自信がないのだわ。でも、ファルエルがうまく支えてくれるでしょう。彼女はああ見えてしたたかですから。エイミーをうまく味方につけ、ロードメイン公爵と聖女カーラ様の力を削いだ手腕は見事でした。ファルエルはいい王妃になるわ)


 ニコールは少し肩の力を抜くと、机に戻り書類をさばいていく。


***


 洗濯婦のアニャがテルマの洗濯物を取りに来た。

「あんた、その腕どうしたんだい」

 テルマはめざとくアニャの腕のアザを見つけた。アニャは青ざめてさっと腕を後ろに隠す。

「あんた、またやられてんのかい?」

 アニャはうつむいて黙っている。


「だから別れなって何度も言ってるだろう。ああいうのは病気だ、なおんないよ。そのうち子どもたちにも手を上げるようになるよ」

「た、叩かれるようなことを言っちまったんだよう。だからアタシが悪いんだ。それに、ベンは叩いたあとは優しくなるんだ……」

 アニャは下を向いたまま体を震わせる。


「どんな理由があろうと、女に手を上げるヤツは病気さ。あんたも殴り返してやんなよ。なんでやられっぱなしで我慢してんのさ」

「……反抗したら余計ひどく殴られるから……。アタシがじっとやられてりゃ、ベンも気がすむんだ」

「確か使えそうな魔法陣があったよ。やってみるかい?」


 アニャはしばらく考えて、ゆっくり頷いた。

 テルマは『一日一度、頭の上から冷たい水が降ってくる』魔法陣に、アニャの髪の毛とベンのシャツを置く。


◆◆◆


「許しとくれ、悪かったよ。子どもたちには手を出さないで……」

「うるせー、大きな声を出すな。俺に指図すんなっ。どいつもこいつも舐めやがって。お前も勝手に髪切りやがって。うまくつかめねえじゃないか」

「イタッ」

 バシャッ

「冷てっ……。なんだって水が降ってくんだ。……ちっ、もういい。外で飲んでくる」


◆◆◆


「そう。この者たちが女性や子どもに……。よく調べてくれました」

 ニコールは影を下げると、深いため息を吐く。影からの報告で挙げられた名前は、人当たりのいい仕事のできる男たちばかりであった。

(この問題は一朝一夕では片づかない。時間をかけて対応を考えないと。まずはできることから一歩ずつ)


 ニコールは『家族に暴力をふるおうとすると騎士団が来る呪い』の魔法陣を広げる。影が調達してくれた、男たちやその家族の私物を魔法陣に置く。


◆◆◆


「あ、あなた、やめてくださいっ。子どもたちには手を出さないでっ」

「口ごたえするな。そんな目で私を見るな。誰のおかげでこんないい暮らしができると思っているんだ。言えっ」

「おおお、お父さまのおかげです。ありがとうございます」

「声が小さいっ。そんなことでは立派な大人になれない。私がしつけてやる」

「やめてくださいっ。殴るならわたくしを……」


 ダンダンダン

「なんだこんな時間に……」

「旦那様、騎士団の方がお見えです」

「やあ、ご苦労様です。こんな時間にいったい何のご用です。今、子どもたちに本を呼んでやろうとしていたところなのですよ」

「ルナード伯爵、夜分に申し訳ない。最近、ルナード伯爵家から子どもの悲鳴が聞こえると報告が上がっておりまして。子どもたちに合わせていただけますか?」

「いやいや、子どもたちはもう寝ておりますから。どうぞお引き取りください」

「そうですか。物騒ですから、この辺りを重点的に巡回するよう、夜警に伝えておきます。ではお休みなさい」


◆◆◆


「レナ、どうしたの? なんだか声に元気がないようだけど」

「この前、子どものお腹に青アザがあるのを偶然見つけちゃって……」

「そうか……」

「持ってたポーションに祈って飲ませてあげたんだ。だからもう大丈夫だとは思うんだけど……」

「なんて祈ったの?」

「暴力ふるわれたら、その力を五倍返しで反射してって。子どもは痛くなくて、殴った方がひどい目にあうと思う」

「それはよいことをしたね。そのポーションは簡単に作れる?」

「うん。でも効き目が一週間ぐらいしかないと思う」

「司教に話しておくよ。教会にくる信者たちにそれとなく伝えてもらおう。教会でポーションを渡せるようにしよう。ポーションをよくもらいにくる人の家は、夜警の見回りを増やせばいい」

「そっか、それがいいね。ありがとう、ティムはすごいね」

「すごいのはレナだよ」



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