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7.ポーション狂想曲

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「やっとできた……」

 ゾーイは机の上にズラリと並ぶポーションを見て満足そうに笑う。三日三晩、ほとんどろくに休憩もせず作り続けたのだ。

 最近なぜかポーションの注文が増えている。魔女の間では、聖女レナ様がいなくなったことと、関係があるのだろうとささやかれている。

 聖女レナ様については魔女界では大っぴらに話さないという、暗黙の了解ができている。どうしても王家、特にライアン殿下への批判になってしまうので、皆口をつぐんでいるのだ。

「少しだけ仮眠してから、納品しにいこう。間に合ってよかった。」

 ゾーイはポーションをひとつずつ箱に詰めると、台所の床下にある貯蔵庫に入れてカギをかけた。



「おーい、姉さん。……いないのかな? 参ったな、金借りようと思ってたのに。仕方ない、なんか食べるものでももらっていくか」

 ジョーは貯蔵庫のカギを開けると、中を物色する。

「ん? なんだこの箱。ああ、ポーションか。……そういえば飲み屋で知り合った男が、ポーション高く買い取るって言ってたっけなあ。あの男、まだ街にいたよなあ。よし、俺が売ってやるか。売る手間賃で、代金の半分くらいもらってもいいだろう」

 ジョーは上機嫌で箱を抱えると出ていった。


***


「テルマさん……」
「なんだよ、ゾーイ。そんなに息切らして」

「ジョーを、弟を見なかった?」
「見てないけど。……なんかあったのかい?」

 ゾーイが床にヘナヘナと座りこむ。


「貯蔵庫に入れていたポーションがなくなって。あそこのカギ持ってるのジョーしかいないから。まさかとは思うんだけど……」

「…………」

 ゾーイが真っ青な顔をしてテルマを見上げる。


「どうしよう。明日納品する約束なのに、もう素材もないし、今からじゃあ間に合わない」

「はあ、ゾーイ。何度も言ったけどさ、ジョーとは縁を切りな。あんたの弟、ろくでもない大人に育っちまったよ。もうあれは直らないよ」

「だって、母さんからジョーを頼むって言われて……。ジョーがああなったのは、わたしの責任だもの。見捨てるなんてできない」

「小さいときならその理屈も分かるけどさ……。とっくに成人してる男の素行なんて、本人の責任だよ。あんたが負い目感じる必要なんてないさ」


 うなだれるゾーイに、テルマは優しく言う。

「とにかくさ、もう間に合わないんだったら、今すぐ謝っておいでよ。そういうのは早い方がいいよ」



 憔悴しきったゾーイがテルマの家に入ってきた。

「土下座して謝ってきた」
「そうかい」

「理由を聞かれたから、包み隠さず話してきた」
「そうかい」

「もうジョーとは縁を切るわ」
「それがいいよ」


 テルマは一枚の魔法陣を机に広げる。

「これ、やってみるかい」

 ゾーイは青ざめた顔でじっと魔法陣を見ると、黙って髪を切り、銀貨と一緒にテルマに渡した。


◆◆◆


「いやー、儲かった儲かった。こんなに金くれるなんて、あいつポーションの相場知らねえんだろうな。こんなに高値で売れたんだから、姉さんには二割ぐらい渡せばいいだろう」

 ジョーは意気揚々と娼館に入っていく。

「なんだい、兄さん。真っ昼間からお盛んだね。まだ営業始まってないよ。後にしてくれよ」

「金ならあるぜ。人気の女の子、ふたりだ。顔はそこそこでもいいけど、抱き心地がいい子にしてくれよ」

 女将は積み上げられた銀貨を見ると、ニヤリと笑ってジョーを上の部屋に案内した。


「お兄さん、お金たっぷり持ってるんでしょう~。アタシ新しい髪飾りが欲しいの~」

「いいぜ、なんでも買ってやる。ただし、俺をきっちり満足させられたらだ」

 ジョーはニタニタ下卑た笑いを浮かべると、服を脱いだ。

「ひっ いやあああああ」
「キャーーー」

 ふたりがジョーを見て悲鳴を上げる。

「何事だい!」

 女将が慌てて部屋に入ってきた。

「ちょいと兄さん、あんた病気持ちかい。さあ、さっさと出てってくれ。これじゃ今日は営業できやしない。営業妨害しやがって。有り金全部出しな」

 
 ジョーは裸のまま外に追い出された。道行く人がジョーを見てギョッとした顔で逃げていく。

「な、なんだってんだいったい」

 ジョーは窓ガラスに顔を写して目をむいた。髪の毛がごっそり抜け落ち、眉毛もまつ毛もヒゲもパラパラと落ち続けている。

「なんじゃこりゃーーーー」


◆◆◆


 ゾーイは短くなった髪をきれいに整えると、涙をふいた。『全身禿げる呪い』の魔法陣を丁寧にたたむと、棚にしまう。

「引っ越そう。ジョーの知らない場所でやり直そう」

 幸い、ポーションは作れば売れる。女ひとり生きていくには十分だ。もう、ジョーの母親の役目はおしまいだ。わたしの人生を立て直そう。まずは家探しからだ。

 ゾーイは吹っ切れた顔で窓から外を眺めた。


***


「ポーションが足りないですって? どういうことなの?」

 ニコールは報告してきた影に尋ねる。

「聖女カーラ様のポーションは量が少なく、効き目もあまりよくないそうです」

「聖女レナ様と比べてどれぐらい劣るの?」

「聖女カーラ様のポーションは質・量ともに、聖女レナ様の三割ほどと聞いております。

「なんてこと……。それでは魔物の侵入から民を守れないではありませんか。返すがえすも聖女レナ様を失ったことが悔やまれるわ」

 ニコールは長いため息を吐いた。


「冒険者ギルドからは、他国からのポーション買い付けを抑えてほしいと要望が上がっております」

「それは……他国の商人からの信頼を損なうことになりますね。難しいわ」

「今までは聖女レナ様のおかげで、我が国はポーションに困ったことがありませんでした。他国にも安い価格で売ることができました。せめて他国には価格を上げて売ってほしい、そうギルド長から懇願されております」

「分かりました。では陛下にお話してみます」

 ニコールは陛下の予定を頭に思い浮かべる。


「それを見越してか、ポーションを根こそぎ買いつけた他国の商人がいるそうです。王家で購入予定だったポーションも横からかすめとられたと」

「そう……。その商人は今後入国禁止にいたしましょう」

「……商人は既に王都を離れ、行方が知れません」

「その商人の身元を洗ってちょうだい。その商人につながる物がないかも探して」



 ニコールは影が持ってきた、商人の帽子を魔法陣に置く。

「宿に置き忘れていたなんて、運がよかったこと」

 ニコールは『片方の目だけにものもらいを作る』魔法陣に魔力を流した。



◆◆◆



「荷物はなんだ、書類を見せろ」
「はい、書類はこちらでございます」

「お前、目をどうした?」
「ああ、疲れからか、片目だけ腫れるのですよ。年ですかねぇ」

「荷物を改める。開けろ。……ポーションがこんなにたくさん」
「最近、ポーションの注文が多いんですわ。効き目が悪くなったから、使う量を増やさなきゃなんないらしいです」

「お前の商売許可証を出せ。……お前は今後我が国への入国を禁じられている。許可証は没収だ」
「そ、そんな。私はきちんとした価格で購入しました。横暴です」

「お前が高値で買ったポーションはな、王家が購入を予約していたものだ。王家への商品に横から手を出して、無事で済むわけがないだろう。入国禁止で許されたことを喜ぶんだな」



◆◆◆


「レナ、疲れてないかい? レナがポーションを作りすぎていると、神官たちが心配していたよ。無理をしてはいけないよ」

「んー? 大丈夫よ。そんなに魔力もいらないし。朝、顔洗うついでに、エイってやったらできるから」

「ポーションとはそのように簡単にできる物ではないのでは?」

「ええっ、簡単だよ。みんな難しく考えすぎなんだよ。散歩のついでに、なんかいい感じの葉っぱとか、虫の抜け殻とか拾うじゃない。それを砂糖水と一緒にガラス瓶にひと晩つけて、翌朝エイヤッてやればいいだけだもん」

「そうか、レナはすごいのだな」

「ティムに褒めてもらえるなら、私もっとがんばるね」

「レナ、もう十分だよ。がんばりすぎなくていいんだ」

「ありがと」


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