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6.夫婦のかたち
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エイミーはモテ期である。人生でこんなに熱い視線を感じたことなどない。ただし、視線の主は女性だ。少しだけ残念だ。
この前、逆まつげとまつ毛の呪いで浮気夫をこらしめた件が、王城で働く女性たちにあっという間に広まったらしい。
毎日マヤの紹介で誰かしらが訪ねてくる。
「あの、こんなことでエイミーさんのお手をわずらわせるのはよくないって、分かっているのですが……」
「いえ、気にせず言ってください。それが仕事ですから」
「あのですね、何度も何度も夫には言ったんです。でも、ちっとも、まーったく直してくれなくて……」
「はあ」
「わたし、もうごはんも喉を通らなくて……」
「ええ」
「実は……」
「実は?」
「夫がごはん食べるときに、口をしめてくれないんです! クッチャクッチャクッチャクッチャって。もうわたし、気が狂いそう」
わーん、と女性は泣いた。
「…………」
「くだらないですよね、ええ分かってます。でも、耐えられない! 何度注意しても、『俺は口閉じて食べてる』って言うんです。もう、毎日イイイーーーってなります」
女性は机をダンダン叩く。
「分かりました。使えそうな魔法陣があるか探してみます」
エイミーは棚の中から、どっさり魔法陣を出す。しばらく、あーでもない、こーでもないと悩んだあと、エイミーはひとつの魔法陣を選んだ。
『嘘をつくと、一分間しゃっくりが止まらなくなる』
「これ、いける気がします。旦那さんとごはん食べるとき、『あなた、口を閉じて食べてください』って言ってください。もし、『俺は口閉じて食べてる』って答えたら、旦那さんはしゃっくりでごはんが食べられなくなります」
「まあっ」
女性がパアッと顔を輝かせた。
「ただ、欠点があります。一分したらしゃっくりが止まるので、また口開けて食べるかも」
「では、一分毎に、口閉じてって言います」
「そうすると、ごはん中ずっとしゃっくりし続けることになりますけど……。ウザくないですか?」
「いえ、クッチャクッチャより、ヒックヒックの方がはるかにましです」
女性は髪を手早く三つ編みにすると、ばっさりと自ら髪を切った。
「魔法陣、買わせていただける? 髪と金貨でいいかしら?」
「え、そんなに? 銀貨で十分ですよ」
「いいの、受け取ってください。これで長年のイライラがおさまるなら、安いものです」
女性は魔法陣を大事そうに胸に抱えると、晴れやかな顔をして出ていった。
***
クッチャクッチャの件がさらに評判を呼び、エイミーの元にはちょっとした相談がひきも切らない。
「うちの夫ね、お手洗いに行ったら床をビシャビシャにするんです。心しずかに真ん中にって毎回注意しているのです。でも、いつも的を外してビシャビシャなんです。アレが曲がっているからでしょうか……」
「…………」
「女中がイヤがってすぐ辞めてしまうのです。ですから、わたくしが夫が濡らした床を拭いているのです。わたくしこれでも子爵の出ですのに。父と母に顔向けできません」
シクシクと泣いている。哀れである。
エイミーはそっと、『お小水がビミョーに出しきれない』魔法陣を差し出した。
「床を濡らすなら、永遠に呪いをかけ続けると言ってください」
女性は嬉し泣きで濡れた顔をハンカチでそっと抑えると、短くなった髪を軽やかに揺らしながら帰っていった。
***
「我が家は共働きです。わたくしも王妃様つき侍女として、毎日バリバリ働いております。責任ある立場で、きちんと結果を出していると自負しております」
女性は姿勢正しく椅子に座り、まっすぐにエイミーを見る。
「仕事しながらも、屋敷内にも気を配っております。ですが、月に何度かは仕事が忙しくて、屋敷内の管理がおろそかになります」
女性は悔しそうに唇をキュッと閉じる。
「そうすると夫はわたくしに言います。家のことができないなら、仕事なんて辞めてしまえと。もちろん、そんな無責任なことはできませんし、何よりわたくしは自分の仕事に誇りを持っております」
エイミーは深くうなずいた。この女性は侍女たちをうまく取りまとめていると評判だ。
「わたくしは一度だけ夫に、少し家の管理を分担してほしいと頼みました。夫は鼻で笑って却下しました。わたくしの稼ぎが夫を上回ったら考えるそうです」
エイミーは少し考えた。
「旦那さんのお仕事はなんですか?」
「夫は外国との貿易交渉を担当しております。莫大な金額を動かし、国に大きな利益をもたらしております」
「旦那さんが、仕事をクビになったり、活躍できなくなってもいいですか?」
「…………はい。蓄えはございますし、十分に財産もございますから」
エイミーは『会議や交渉・商談中に、我慢は出来るけど気になり続けるくらいに、腹の具合が悪くなる呪い』の魔法陣を差し出した。
女性は凛とした目でエイミーを見つめる。
「エイミーさん、ありがとうございます。これからは、わたくしの稼ぎで暮らしていきます。夫には家のことを任せます。それに夫が少しでも反省して家のことを手伝ってくれたなら、夫が仕事に戻れるよう支えます」
エイミーは女性を見送りながら、考える。
色んな夫婦があるんだな。わたしはまだ結婚はいいや。めんどくさい……。
この前、逆まつげとまつ毛の呪いで浮気夫をこらしめた件が、王城で働く女性たちにあっという間に広まったらしい。
毎日マヤの紹介で誰かしらが訪ねてくる。
「あの、こんなことでエイミーさんのお手をわずらわせるのはよくないって、分かっているのですが……」
「いえ、気にせず言ってください。それが仕事ですから」
「あのですね、何度も何度も夫には言ったんです。でも、ちっとも、まーったく直してくれなくて……」
「はあ」
「わたし、もうごはんも喉を通らなくて……」
「ええ」
「実は……」
「実は?」
「夫がごはん食べるときに、口をしめてくれないんです! クッチャクッチャクッチャクッチャって。もうわたし、気が狂いそう」
わーん、と女性は泣いた。
「…………」
「くだらないですよね、ええ分かってます。でも、耐えられない! 何度注意しても、『俺は口閉じて食べてる』って言うんです。もう、毎日イイイーーーってなります」
女性は机をダンダン叩く。
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エイミーは棚の中から、どっさり魔法陣を出す。しばらく、あーでもない、こーでもないと悩んだあと、エイミーはひとつの魔法陣を選んだ。
『嘘をつくと、一分間しゃっくりが止まらなくなる』
「これ、いける気がします。旦那さんとごはん食べるとき、『あなた、口を閉じて食べてください』って言ってください。もし、『俺は口閉じて食べてる』って答えたら、旦那さんはしゃっくりでごはんが食べられなくなります」
「まあっ」
女性がパアッと顔を輝かせた。
「ただ、欠点があります。一分したらしゃっくりが止まるので、また口開けて食べるかも」
「では、一分毎に、口閉じてって言います」
「そうすると、ごはん中ずっとしゃっくりし続けることになりますけど……。ウザくないですか?」
「いえ、クッチャクッチャより、ヒックヒックの方がはるかにましです」
女性は髪を手早く三つ編みにすると、ばっさりと自ら髪を切った。
「魔法陣、買わせていただける? 髪と金貨でいいかしら?」
「え、そんなに? 銀貨で十分ですよ」
「いいの、受け取ってください。これで長年のイライラがおさまるなら、安いものです」
女性は魔法陣を大事そうに胸に抱えると、晴れやかな顔をして出ていった。
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クッチャクッチャの件がさらに評判を呼び、エイミーの元にはちょっとした相談がひきも切らない。
「うちの夫ね、お手洗いに行ったら床をビシャビシャにするんです。心しずかに真ん中にって毎回注意しているのです。でも、いつも的を外してビシャビシャなんです。アレが曲がっているからでしょうか……」
「…………」
「女中がイヤがってすぐ辞めてしまうのです。ですから、わたくしが夫が濡らした床を拭いているのです。わたくしこれでも子爵の出ですのに。父と母に顔向けできません」
シクシクと泣いている。哀れである。
エイミーはそっと、『お小水がビミョーに出しきれない』魔法陣を差し出した。
「床を濡らすなら、永遠に呪いをかけ続けると言ってください」
女性は嬉し泣きで濡れた顔をハンカチでそっと抑えると、短くなった髪を軽やかに揺らしながら帰っていった。
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女性は悔しそうに唇をキュッと閉じる。
「そうすると夫はわたくしに言います。家のことができないなら、仕事なんて辞めてしまえと。もちろん、そんな無責任なことはできませんし、何よりわたくしは自分の仕事に誇りを持っております」
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「わたくしは一度だけ夫に、少し家の管理を分担してほしいと頼みました。夫は鼻で笑って却下しました。わたくしの稼ぎが夫を上回ったら考えるそうです」
エイミーは少し考えた。
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「夫は外国との貿易交渉を担当しております。莫大な金額を動かし、国に大きな利益をもたらしております」
「旦那さんが、仕事をクビになったり、活躍できなくなってもいいですか?」
「…………はい。蓄えはございますし、十分に財産もございますから」
エイミーは『会議や交渉・商談中に、我慢は出来るけど気になり続けるくらいに、腹の具合が悪くなる呪い』の魔法陣を差し出した。
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「エイミーさん、ありがとうございます。これからは、わたくしの稼ぎで暮らしていきます。夫には家のことを任せます。それに夫が少しでも反省して家のことを手伝ってくれたなら、夫が仕事に戻れるよう支えます」
エイミーは女性を見送りながら、考える。
色んな夫婦があるんだな。わたしはまだ結婚はいいや。めんどくさい……。
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