【完結】追放された聖女の明るい復讐譚「声が甲高くなる呪いをかけてやる」

みねバイヤーン

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4.酒は飲んでも飲まれるな

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「飲んでないときは、いい人なんだよぅ……」
「そうかい」

 幼女と乳児を連れた女はメソメソと泣く。

「でも飲むと人が変わっちゃうんだ」
「それは、飲んだときの方が本当の姿なんじゃないのかい?」

 女はうなだれて、小さな声でつぶやく。

「…………でもアタイひとりじゃ乳飲み子抱えて生きてけないだろう」

 目の周りに青あざをこしらえた女は、見るからに痛ましい。テルマは「さっさと別れちまいな」という言葉を飲み込んだ。それができれば、ここには来ないだろう。


「まいっちまったねぇ。どうしたもんか。とにかく、酒から遠ざければいいんだね」
「何かいい魔法があるのかい?」

 女がすがるようにテルマを見る。

「効果のほどは保証できないけど、試す価値はあるかもしれないね」
「本当かい? でも、もう今月の家賃払っちまったから、すっからかんなんだ」

「仕方ない、あんたの髪と、上の子の髪で手を打ってやるよ」

 テルマは心を鬼にして、女と幼い少女の髪を切った。対価を得ずに魔法陣を使うことは、魔女の掟に反する。

 テルマはふたりの髪を集めると、丁寧に布で包んだ。

「旦那の持ち物、なんかあるかい?」
「ベルト持ってきたけど、これでいいかい?」

「よし、試してみよう」

 テルマはお皿にベルトを入れ、上からジャブジャブお酒をかけた。

 『外を歩くと空から金タライが落ちてくる』の魔法陣の上に、お皿を置く。



◆◆◆


「おい、ベン。今日はまっすぐ家に帰れよ。絶対飲みに行くんじゃねえぞ」

「大丈夫ですよ。今日は早く帰って、子どもの面倒見るって女房と約束したんですよ」

 ベンは鍛冶屋の親方に明るく答えると、早足で街を歩く。最近、つい飲み過ぎることが多くなった。昨日は女房にグダグダと攻められ、カッとなって殴ってしまった。今まで女に手をあげたことなんて一度もなかったのに。

 もう酒は飲まねえ、ベンは自分に言い聞かせる。


「旦那、旦那。いい酒が入りましたぜ。ほら、この前旦那が気に入った酒ですよ」

 酒場から店主が出てきてベンに声をかける。

「いや、今日はやめておくよ」

「一杯だけおつき合いくださいよ。ちょうど開けちゃった瓶があるんですよ。風味が落ちるんで、早く飲んじまわないといけねえんです。ね、半額にしますから」

「……じゃあ、一杯だけ」

 店主がグラスをベンに渡す。

 カーン どこからか金タライが落ちてきて、ベンの頭に直撃した。

「え? ええっ? 旦那、旦那、しっかりしてくだせぇ……まいったなこりゃ。いったいなんだって、タライが落ちてくるんだ。どっから来たんだ、これ」

 店主は、ベンを店の中に引っ張り上げると、店の奥に転がしておく。金タライは気持ち悪いので放置だ。

「せっかくいいカモだったのに。もう少しで中毒にできたのになあ……」

 店主は残念そうにボヤくと、グラスの酒を捨てた。


◆◆◆

「ニコール様、本日の議題の写しをお持ちいたしました」

 ニコールは影から渡された書類に目を通す。

「あら、これは何かしら。王都で酒の飲み過ぎによる揉めごとが増えているの?」

「はい、酒精の強い酒がモスカル王国から密輸されているようです。なんでも、果実水と混ぜることで口当たりをよくしているとのこと。つい飲む量が増え、酒浸りになったり、酒場でのケンカが増えていると報告が上がっております」

「まあモスカル王国から……。あの国はいつも我が国に問題を引き起こしますわね。陛下はなんと?」

「陛下は、密輸取り締まりの強化を指示されました」

「分かりました。その酒、現物を手に入れられるかしら?」

「はっ」


 ニコールは影から届けられた、モスカル王国の密輸酒をグラスに入れ、少しなめてみる。

「なるほど、巧妙に酒精が強いことを分かりにくくしているのね。これでは依存症になるのも無理はないわ。モスカル王国は、我が国を内部から崩壊させるつもりなのでしょうね。厄介だこと」

 ニコールはグラスを机に置くと、書棚の奥の金庫を開ける。

「使えそうなものがあったかしら」
 
 ニコールは金庫から複数の魔法陣を出した。

「これと、これがよさそうね」


 ニコールは『ここぞとキメたい時におならが出る』と『大事なところで股間が痒くなる』の魔法陣を机の上に広げる。魔法陣の真ん中に密輸酒を置くと、魔力をこめた。


「はあ、ふう……。これでうまくいけばいいのですが。わたくしにできるのは、これぐらいですわね。あとは取り締まり官の活躍に期待しましょう」


◆◆◆


「おい、待て! その荷物はなんだ。開けてみろ」
「いえいえ、これはただの医薬品です。書類もこちらにございます」

「うむ、書類に間違いはないようだな。……何やら臭いな」
「も、申し訳ございません。腹の調子が悪いようでして」

「お前、なぜ先ほどから股間をかいておる。無礼であろう」
「は、いつの間に……。失礼いたしました。商売女を買ってから、少しかゆいのです」

「ちょっとこっちへ来い。詳しく調べる必要がある」

 調べたところ、荷物の中から大量の密輸酒が見つかった。

 
「しかし、ニコール王妃殿下は、どのようにこの情報を得られたのだろうか」

 取り締まり官は、ニコールからの通達を見て首をひねる。

『臭いおならをする者と股間をかく者は厳しく調べよ』


***


「レナ、何を祈っていたの?」

「最近ね、なんだかイヤな感じのお酒が入ってくるんだって。飲み過ぎて奥さん殴っちゃう旦那さんとかが増えてるらしいよ。怖いよね」

「そういえば、国境の監視を強化すると父上がおっしゃっていた。その件だね」

「そうなの、だから結界石に、へんなお酒入れないでってお願いしておいた。もう大丈夫だと思うよ」

「レナの力はすごいな」

「ふふふ。ティムに褒めてもらえるように、がんばっちゃうね」



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