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ピンク髪ヒロインに転生したけど、学園はピンク髪だらけでした
しおりを挟む「皆さん、ごきげんよう。アリアナ・フェントレス。この、おそらく乙女ゲームと思われる世界の、ヒロインちゃんです」
ふはは。前世の記憶はちょっとしかないけど、数々たしなんだ乙ゲー転生を題材にした小説の記憶はうっすらある。ピンクの髪、水色の目、長いまつ毛、あり得ないほど細いウェスト、なのに垂れてないイイ感じの胸、どんな変顔さえ愛くるしく変換されてしまうご尊顔。まさにザ・ヒロイン。
「この世界もヒロインの名前も、ちっともピンとこないわ」
ひとしきり脳みそを絞ってみたけど、なんにも手掛かりは思い出せなかった。
「ああ、神様。転生の神様。願わくば、他の転生者がいませんように」
あれ、萎えるんだよねー。転生者いっぱい出てくると、なんか萎えませんか。だったら現代もの読みますけどって思いますよね。
それに、今から全力でヒロインを演じるのに、他の転生者、中身日本人がいたら、恥ずかしいじゃない。興ざめもいいとこ。
「さあ、行きますか。乙ゲーの舞台、学園へ」
そう、今日は学園の入学式なのだ。そして、ユリイカ。思い出したのです、前世を。驚いて店のショーウィンドウのガラスに映るヒロインの姿を見ながら、ひとりごとをつぶやいていたのだ。そこそこ怪しい人だ。
アリアナは、シャキッと姿勢を正して、校門へ向かう。油断はしない。校門辺りでたいてい攻略対象者とご対面になりがち。あらゆるお約束をしっかと受け止め、きちんと向き合い、タイプでなければお断りする所存だ。
「せっかくの容貌を活かして逆ハーでウハウハってのもいいけど」
それに憧れないといったらウソになるだろう。モテて、みたい。ええ、それはもう。
「でも、そうすると、絶対に全女子から総スカンにあうと思うんだよね」
欲張りあざといぶりっ子は嫌われる。そして、女子を敵に回すと、楽しい学園生活がめんどくさいことになる。女子の嫉妬は怖いよ。悪口で盛り上がるときの女子はすごいよ。
あの、みんなの敵認定された子をこき下ろすときの、女子の口の回りの良さたるや。国際弁論大会に出たら、優勝できるレベルだ。
「だから、誠意をもってお話しをして、誰かひとりに決めます」
モテると分かっている学園生活、なんて楽しみなのかしら。
足取り軽く校門を通過し、学園からの手紙に書いてあった教室に行き、ドキドキしながら窓際の席に座った。
「なんにも起こらなかった」
無風である。
「おかしい」
アリアナはじっくりとクラスメイトを観察してみた。
「なにっ」
女子のピンクブロンド髪比率の高いことよ。しかも、どの子も顔面偏差値が超高い。
アリアナは混乱した。え、これ全員転生者なの? それってどんな地獄?
アリアナは勇気を出して、隣の席の女の子に話しかけてみる。
「あの、どうしてピンクブロンドの髪が多いんだっけ」
「ピンク髪学費割引き制度があるからよ。王妃様がね、学園でピンク髪令嬢にたいへんな目にあわされたんですって」
「それが、どうして奨学金って話につながるの?」
ピンク髪狩りになりそうなものなのに。
「ピンク髪がひとりだと、目立ってそこに男性生徒が集中しちゃうんだけど。いっぱいいたら分散するじゃない。他の髪色の方が目立ってモテるしね。お金のない子はピンク髪に染めて、お金のある子は違う色にするのよ」
うわー、それ王妃が悪役令嬢転生だったヤツー。
アリアナの、逆ハーを一瞬楽しんで、すぐタイプのイケメンと両想いウキウキ転生ライフ計画は、終わった。前世を思い出した数分後に、終わった。
呆然としていると、成人男性が入って来る。紫髪クールメガネ、攻略対象の教師枠に間違いない。あれ、ちょっと待って。これってもしかして、ありなのでは。
ピンク髪で埋没するから、むこうから迫られず、じっくりと攻略対象を観察できるじゃない。逆ハーは諦めるとして、イケメンをひとりぐらいは落とせるんじゃないのかしら。
アリアナはがぜん元気になって、担任を眺める。
教師でメガネかー。控えめに言っても、好き。はー、我、チョロインなり。クールなツンデレ、いいよなー。アリアナは、先生とのあんなことやこんなことを好きなだけ妄想した。
おかげで、何も頭に入らないまま、最初の説明会が終わった。
アリアナは隣の席のピンク髪、マリリンとすっかり意気投合して、ふたりで盛り上がる。
「先生、かっこいいね」
「メガネ男子って萌えるよね」
「疲れてメガネ取って、眉間をギュッて指で押すの、スキー」
「分かるー」
ピンク髪がどんどん集まってくる。もう、バレンタインデーの花屋並みのキラキラさだ。蜂に群がられてもおかしくない扇情感。
「他にどんな素敵な殿方がいるのかしら」
「まずはカイル王子殿下ね」
「髪はまさか赤色?」
「いいえ、殿下は黒髪。赤髪は騎士団長のご子息マヌエル様ね」
「ありがち」
ピンクちゃんたちに不思議そうに見られて、アリアナは慌てて笑ってごまかす。
「あははー。えーっと、青髪と緑髪もいる?」
「もちろんよ、青髪は最年少で魔道士団に入ったルーカス様」
「緑髪は生徒会長のセドリック様」
「銀髪は?」
「銀髪? 見たことないわね」
ほーん、隠しキャラですね。楽しみー。アリアナがニマニマしていると、甲高い声が聞こえた。
「あなたたち、早く移動しないと、次の授業に間に合いませんわよ」
豊かな赤紫髪の縦ロール。つり目でちょっとキツそうな顔だけど、極上のボディを持ってらっしゃる。悪役令嬢さまやー。アリアナのテンションは爆上がり。かわいいー。ツンデレー。
「お、お名前を、教えてください、お姫さま」
名前を聞いて、できればお近づきになって、悪役令嬢の恋路を見届けたあと、自分の恋愛にいそしみたい。悪役令嬢の邪魔したら、王妃にヤラれる気がするし。
「まあ、この学園にわたくしの名を知らない生徒がいるなんて」
縦ロールがブルンブルン揺れている。ははあ、これがドリル仕草かー。アリアナが呑気に見とれていると、マリリンがひじでつついてきた。
「あのー、えー、公爵令嬢の? エリザベス様?」
「あら、知ってるじゃないの。エリザベス・ヴィーラーンよ」
当たりましたー。まんまー。
「身分が随分違いますが。お友だちになってください」
ビシッとアリアナは頭を下げる。沈黙がしんしんとアリアナの背中に降り積もる。
「おもしろい方ね、あなた。よろしくてよ。お友だちになりましょう」
「やったー、みんな、やったよ。みんなでエリザベス様をお守りするわよ」
アリアナは有無を言わさず、他のピンクたちを巻き込んだ。呆気に取られながらも、ピンクたちは頷く。こうして、赤紫髪令嬢エリザベスを取り囲むピンク集団が出来上がった。完璧な布陣である。
赤紫とピンクで廊下を移動しながら、早速アリアナは詮索を開始する。
「エリザベス様の婚約者は、黒髪殿下ですか?」
「そう、カイル王子殿下よ」
ふむふむ、なるほど。では、黒髪には近寄らないことにしよう。でも、さっきのあの表情、さては殿下とうまくいってないんだな。
「エリザベス様の護衛もしくは馬丁に銀髪男子はいますか?」
ピタッとエリザベスの歩みが止まる。鋭い目で見つめられ、アリアナは息をのんだ。地雷、踏みましたか?
「あなた、ノアの何を知っているの?」
「何も知りません。知りませんけど、エリザベス様とお似合いだなーと」
「まあ」
エリザベスが真っ赤になった。こんな無茶な理論でポッとなるって、あんたがチョロインだよ。アリアナは思った。
公爵令嬢エリザベスの威光をガンガン使い、アリアナたちピンクは充実した学園生活を送っている。ピンクといえば、尻軽で貧乏という風評被害も、エリザベスの縦ロールで吹き飛ばす。
「それで、エリー様は銀髪で馬丁のノアさんと、どこまでいきましたかー?」
そんなあけすけな質問ができる仲にもなっている。デバガメ風味を出せば出すほど、エリザベスが喜ぶのだ。アリアナはどんどん聞いちゃう。
「ノアと乗馬に行ったの」
クフフと笑うエリザベスは、普通にかわいい。教室中がほっこりする。
「さっさと殿下と婚約解消しませんと。誰か、我こそはってピンクはいないの?」
教室中のピンクがサッと目をそらす。
「アリアナがいけばいいんじゃないかしら。手続きが簡単に済みますわ」
「エリー様、私が王妃になったら、国が傾きますよ。それに、あんなめんどくさい立場、絶対イヤです。公務とかお茶会とか、絶対イヤー」
「分かる」
「分かりすぎる」
頷くピンクたち。みんな、若いときの貴重な時間を王妃教育に費やすなんて、とんでもないって意見が一致している。
「わたくし、暇ですから後ろ盾になりますわよ。相談役として、王太子妃を支えることもできてよ」
「えっ、本当ですか?」
「エリー様が支えてくださるなら、できるかも?」
「カイル殿下は素敵ですし」
「身分が足りなければ、ヴィーラーン公爵家に養女として迎えますわ。わたくしの妹ですわね」
ピンクたちの目がギラリと光る。
「はいはいはーい、私やりまーす」
「えー私も私もー」
アリアナは興奮したピンクたちに声をかける。
「みんな、落ち着いて。カイル殿下と王家の意向を聞かないことには、始まらないわ」
「そうでした」
「まずは父と、そして殿下と陛下にご相談してみますね」
エリザベスが凛とした表情で言った。
チョロイン、エリザベスの父もチョロかった。愛娘の涙まじりの熱弁に、公爵は折れた。
「王家と話をしてくる」
悲壮な決意を浮かべ、キリッと王宮に向かう。カイル王子も大丈夫だった。
「隣国の王女に惹かれているのだ。もし、エリザベスが気にしないなら。婚約は解消させてもらいたい」
「お願いします!」
サクサクと物事が進み、エリザベスは晴れて馬丁のノアと結ばれる。
「うーん、姉様がかわいい」
「同意」
アリアナといえば、エリザベスの弟エリオットとつきあっている。ふたりとも、趣味がエリザベスを愛でること。そして、エリオットの顔はアリアナの好みのど真ん中だった。
「ピンク髪ヒロインに転生したけど、私、幸せです」
アリアナは転生の神様に感謝の祈りを捧げた。
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