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②ルーニー・マーレン

2.一か月目(後半)

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 三人は頻繁に食事に行っては作戦を立てる。

「急に変えると反発を買うわ。少しずつジワジワと変えましょう。気づいたらなんか良くなってた、ぐらいの隠密作戦よ。目立つのダメ、絶対」

 ルーニーが力説すると、グレイスが不思議そうにする。

「部長に話して、一気に改革したらいけないんですか?」
「いや、あの人に話しても無駄だろう」

 キリアンがばっさり言う。

「どうしてですか? 部長ってとても穏やかですし、優しいですよね」
「あれは優しいんじゃなくて、優柔不断だ。穏やかじゃなくて、事なかれ主義だ」

 キリアンが難しい顔をしてグレイスの言葉を否定した。

「へー、そうなんですね。キリアンさんってすごいです」
「いや、すごくはないけど。なあ、ルーニー。清掃部の部長はかっこよかったよな? サボってるやつなんか許さないし、自分にも部下にも厳しかった」

 キリアンは少し赤くなって、慌てたようにルーニーに話をふる。

「そうね、ゲイリー部長は自分が模範であるって気概がある方だったわ。厳しいけれど、部下は絶対守るって、仰ってた。だからみんなついていったわね」

 ルーニーは懐かしくなった。一年目であの上司の元で働けたのは、幸運だったのだと今ならよく分かる。キリアンが少し不機嫌そうにルーニーの腕をつつく。


「おーい、戻ってこい。ルーニーはゲイリー部長のことになるとポーッとするんだから、まったく」

「いや、そんなことないし。なんだっけ、ああ、ジワジワ変えるって話だったよね。でもさあ、さすがに朝出勤したときの、あの郵便物の山はなんとかしないとねえ」

「ああ、あれなあ。非効率この上ないよな。二度手間、三度手間だ。あれがなければ、大分みんなが余裕もって働けるのに」


 キリアンが腕を組む。ルーニーも腕を組んでしばらく考える。

「あのさあ、封筒が床にあふれかえってるのがイヤよね。もっと大きい箱にすれば、そのまま一回で仕分け部屋まで運べるんじゃないの?」

「箱の下に大きな台車置けば、運ぶのも簡単だな」

「そうねえ、それならいっそ、送付場所別に投函してもらえると楽よねえ。仕分けるのが手間だもの」

「え、どうやって?」

 ルーニーはカバンから手帳とペンを出した。扉を書き、投函口と台車に乗った大きな箱を描く。

「今は扉に投函口がひとつでしょう? それで、朝になって山のような封筒を集めて、宛先別に仕分けしてるじゃない」

 ルーニーは扉にたくさんの投函口を描いた。

「こうやって、主な部署の投函口を作るわけ、ちゃんと部署名も書くよ。で、それぞれの投函口の下に、箱をつければ仕分けしなくていいじゃない」

「どうやって箱つける?」
「うーん」

 ルーニーとキリアンは目をつぶって考える。グレイスがオズオズと言った。

「あの、棚に滑車をつけて、それを投函扉につけるのはどうでしょう?」

「詳しく」

 ルーニーがさっと手帳とペンを渡す。グレイスはカリカリと描き始める。

「扉にたくさん投函口をつけますよね。受付窓口を閉じたら、投函扉の内側に、移動できる棚をくっつけるんです。棚板の高さを、それぞれの投函口に合わせればいいかなと」

「ああー分かった。投函口の下に各部署毎の箱を置けばいいんだね。投函口の数だけ、箱があるってこと。そうすれば仕分けしなくていい」

 キリアンの言葉にグレイスが手を叩く。

「そうです。キリアンさん、私のつたない説明ですぐ分かるなんて、さすがです」
「いや、グレイスさんの案が素晴らしいからだよ。これ、いいと思う。な、ルーニーもそう思うだろう?」

 ルーニーは慌てて笑顔で答えた。

「最高の案よ、グレイスさん。これ、明日早速ライアン主任に相談してみましょう」

 三人は陽気に乾杯し、ビールを飲み干した。

「では、また明日。おやすみなさい」

 辻馬車に乗るグレイスを、ルーニーとキリアンは見送る。馬車が行ったあと、ルーニーは聞いた。


「送って行かなくてよかったの?」
「え? 辻馬車に乗ってるのにグレイスさんを送るの? そしたらルーニーがひとりで帰らなきゃいけないじゃないか」
「私はまあ、強いし、大人だし」
「グレイスさんだって大人だろう。何わけ分かんないこと言ってんだか」
「あああああーーーー」

 ルーニーは突然大声で叫んだ。バサバサッと鳥が飛び立ち、犬が吠える。街の人たちが驚いて振り返り、家の窓が開いた。

 ルーニーは切れた。もう白黒つけてやる。

「キリアン、私とグレイス、どっちが好きなの? はっきり答えて」

 ルーニーはキリアンの腕をガシッとつかむと、詰め寄る。

「ええっ、それは……」

 キリアンが目をあちこちに彷徨わせる。

「それは?」

 ルーニーはグイッと顔を近づけた。

「それは、ルーニーに決まってるだろう」

 キリアンは上を向いて小さな声で言った。キリアンの首から上が真っ赤だ。

「こんのーヘタレがっ。ちゃんと目を見て言わんかーい」

 固唾を飲んで見守っていた人たちが一斉に頷く。キリアンはごくりと唾を飲み込むと、ルーニーを見た。キリアンの目がそれそうになるのを、ルーニーはじいっと見ることで防ぐ。

「俺は、ルーニーが好きだ」
「よしっ、私もよ」
「うわー……」
「なによ、うわーって」
「もっと落ち着いて告白したかった……」

 キリアンはうずくまる。

「そんなの待ってたら、いつになるか分からないじゃない。じゃあ、私たち両思いね」

 ルーニーは拳を握りしめた。

 パチパチパチパチ 通りや家の窓から見ていた人から拍手が起こる。

 ルーニーは誇らしげに笑い、キリアンは真っ赤になりながらルーニーの手を引っ張って早足で歩く。

「やったわ」

 ルーニーは思わずつぶやく。

「もう、ルーニーには敵わないな」

 キリアンは苦笑いした。

「次の休みはデートよ」
「お、おう」



***


「業務が随分改善されたと聞いています。さすがは清掃部の期待のふたりです。無理を言って異動させた甲斐がありました。ルーニー、キリアン、よくやりました」

「仕分け棚の企画はグレイスがやってくれました」

 ルーニーはグレイスの仕事ぶりをきちんと報告する。

「新人なのにやるわね。引き続きがんばりなさい、グレイス」
「はい、ありがとうございます」

 グレイスはヘレナ女史とルーニーに感謝の眼差しを送る。


「次の改善事項は決まっているの?」

「受付業務がまだ改善の余地があります。ただ、そこに手を入れると、部長と敵対することになるかもしれません」
「どういうこと?」

「受付業務はアンバー・オースタンさんの管理下にありますから」
「ああ、ジェフリー・ガスコ部長の愛人のあの子ね。そう、公私混同は困るわね」

 ヘレナ女史はふーっと長い鼻息を吐いた。思い出したように木の棒を三本転がし、もう一本をガリガリ噛み締める。

 ビュッ ヘレナ女史が木の棒を投げた。コルク板に貼られた女性の肖像画の鼻に突き刺さる。

「女性であることをうまく使うのはいいのよ。せっかく持っている武器だもの、有効活用すればいいわ。ただ、やり過ぎはよくない」

 ヘレナ女史は新しい棒をブラブラ揺らしながら宙をにらむ。

「いいわ、骨は拾ってあげます。好きにやりなさい。波風を立てるのよ。そうね、最悪の場合はあなた方の誰かがクビになるかもしれない。クビになったら、これを使いなさい」

「はい」

「クビになる前に私が介入することはないわ。いいわね。ジェフリー・ガスコ部長の公私混同の証拠が、誰かのクビよ。しばらく自宅待機になると思うけれど、必ず拾い上げます」

「はい」


 三人は青ざめながら部屋を出た。手にはしっかり木の棒を握っている。ルーニーが明るく言う。

「じゃあ、クビになるぐらい暴れますか」
「おう」
「はい」

 三人は覚悟を決めた。


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