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①サッシャ・ルスター
5.三か月目(前半)
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サッシャはハイケに協力を仰いだ。
「皆さんの仕事の流れを資料としてまとめたいんです。でも、なんだか言いにくくて」
ハイケは渋い顔をする。
「それは、いやがられると思うわ。担当者は資料にしなくても、全て分かってるもの。まとめる必要性を感じてもらえないんじゃない?」
「やっぱりそうですよね。なんだかそんな気がしていました」
ハイケは肩を落とす。
「あなたに自分の仕事取られるんじゃないかって。そう思う人もいると思う」
「そんなつもりはありません」
サッシャは目を丸くして首を横に振る。
「私は分かってるけど。ほら、あなた最近目立ってるから。若くて美人。部長のお気に入りで、仕事もできる。誰にでも愛想良く、皆から好かれている。ね、嫉妬の見本市みたいなもんじゃない」
サッシャは固まって何も言えない。ハイケはサッシャの肩に手を置いた。
「やり方を考えてみるから、もう少し待って。焦らないのよ」
「はい、ありがとうございます」
がむしゃらにやってきたけど、それだけじゃダメなんだ。サッシャは自分に足りないものの多さに、気分が暗くなった。
イヤなことは重なるもので、ウィリアムからとんでもないことを言われる。
「私が王家主催の夜会に出るんですか?」
「そう、私のエスコート相手を務めてくれ給え」
「あの、でも、その……。ウィリアム様の奥様は……?」
「妻は今旅行に出ていてね。ほら、急に決まった夜会だから。じゃあ、そういうことで、頼んだよ」
ウィリアムは、話はもうおしまいと言った雰囲気で書類に目を通し始める。サッシャは口を開けたが、また閉じて静かに部屋を出た。
サッシャはあまりのことに仕事が手につかない。サッシャは気分を変えるために給湯室に行ってみる。のぞいてみると、ディランはいなかった。今頃は昼食の仕込みの時間だ。いるわけがないのに。
サッシャは、給湯室で自分用のお茶を入れると、すみっこでこっそり飲んだ。さあ、戻って働かなければ。サッシャは気合を入れて事務所に戻る。
仕事が終わってから、サッシャはディランの家に寄ってみる。仕事帰りに寄ったことは、まだ一度もない。サッシャは家の前でウロウロして、心が決められない。突然来て、迷惑じゃないかしら。
やっぱり帰ろう、サッシャがそう思ったとき、ガチャッと扉が開いた。エプロンをつけて、生ゴミを持ってるディランが、目を丸くする。
「サッシャ、ビックリした。さあ、早く入りなよ。ちょうど晩ごはんができたとこ。俺はゴミ捨ててくるから、中で待ってて」
ディランの言葉に、サッシャはホッとして部屋に入る。暖かい部屋の中には、トマト煮込みの匂いが漂っている。
グウ~ サッシャのお腹がなった。サッシャは顔を赤らめる。
ディランが部屋に入って来て、サッシャの頭にポンっと手を置く。
「話はゆっくり聞くから。まずは食べよう。俺、腹減っちゃって」
ディランは手早くパスタを茹で始めた。
「簡単にトマト煮込みとパンですまそうと思ってたけど。ふたり分には量が足りないから、パスタにかけるね」
「あ、ごめんね。ごはんどきに突然来ちゃって」
ごはん食べにおしかけたみたいになってしまった。サッシャは手土産もなく訪れたことに今さら気づいて焦る。
「なんで謝るの。俺は毎日だって来てもらいたいよ。うん、そうしなよ。毎日ごはんうちで食べたら? あ、お父さんに怒られるかな?」
「父は滅多に家にいないから、それは大丈夫だけど。……いいの?」
サッシャにとってはありがたい話だ。家でシーンとした食卓で食べても、ちっともおいしくない。
「うん、大歓迎。サッシャと食べるとなんでもおいしいから」
「ありがとう。食費は払うからね」
「うううーーん、お願いします!」
ディランは屈託なく笑った。サッシャもつられて笑う。
食事が終わって、ふたりでソファーに腰かける。
「へえ、部長と夜会。それって仕事?」
「う、まあ、そう言えなくもない、かなあ」
「断れないんだね?」
「うん、上司だから」
うつむくサッシャの手をディランが優しく握る。
「そうか。行くだけ行って、すぐお腹痛いって帰ってきなよ」
「そうね、できればそうする」
「俺が上司をぶん殴ってやろうか?」
「ダメだよそんなの。貴族を殴ったら捕まるよ。処刑されちゃうかもよ」
サッシャは想像すると怖くなって、情けない顔になる。
「そうだな。ごめん、助けてあげられなくて」
「そんなことない。今日会えて嬉しかった」
「ね、俺と踊ってくれない? 部長と踊る前に、俺と踊ってほしいな。つっても、全然踊れないんだけどさ」
ディランはサッシャの手を引っ張り、立ち上がる。ふたりは遠慮がちに体を近づける。
「いざとなったら、足踏んでやれ」
サッシャは思わず笑った。
「それならできそう」
サッシャはディランの胸に額をつける。ディランはサッシャの髪に顔を埋めた。
***
「いいこと思いついたわ」
翌朝ハイケがコソッと話しかけてくる。
「仕事内容をまとめる件よ。あれ、部長からやればいいわ。そのあと私。そしたらみんな、部長の指示なんだなって思うはず」
「そっか、そうですね。あ、そしたら部長に許可取らないと」
「うーん、いいんじゃない、それはできてからで。多分あの人そういうの興味ないと思うし。それに、下手に許可取ると、今以上にべったりされるわよ」
サッシャは真顔になる。それは、とてもイヤだ。
「部長の仕事は大体分かってるから。はい、昨日簡単にまとめておいた。議事録とか、予算資料とか、必要なものは棚に入ってるから調べてみて。分からないことあったら聞いてくれればいいわ」
「ハイケさん、すごいです。いつもありがとうございます」
サッシャは感激する。なんて素晴らしい先輩なんだろう。
「がんばってね。やる意味があると思うわ。でもあんまり残業しないようにね」
「はい」
サッシャは通常業務をなるべく早くすませ、資料作成に取りかかる。申請書類の数が大幅に減り、不備もほとんどなくなったので時間はあるのだ。
ハイケの助けを借りながら、部長とハイケの仕事の流れはまとめ終わった。
「次はコリンさんがいいと思う」
ハイケが言った通り、コリンは話を持ちかけると快く承知してくれる。
「いいと思う。こうやって自分の仕事を改めて話してみると、結構無駄があるなーって気づくもんだね。逆に、これはもっと時間かける方がいいなということも見えてくる。他の人のができたら見せてくれる?」
「はい」
サッシャは理解者が増えてホッとした。焦らず少しずつやろう。気合を入れて紙をめくる。
そうこうしてるうちに夜会の日がやってきた。サッシャは昨日からため息が止まらない。ルークと婚約解消をしてから、夜会には出ていなかった。サッシャは夜会が苦手だ。気が重い。
サッシャはなるべく目立たないよう、薄い空色の地味なドレスをまとう。髪には、今朝ディランがくれた青い花をつける。花弁の大きな華やかな花。「幸運は必ず訪れる」という花言葉らしい。花屋の店員が教えてくれたとディランが言っていた。
子爵家の馬車で会場まで行く。ウィリアムは迎えに行くと言ったが、サッシャは断った。ふたりきりで馬車に乗るなんて、何をされるか分からない。
「それはさすがに、仕事の中には入らないわ」
サッシャはまたため息を吐きながら窓の外をボーッと眺める。会場に着いて馬車を降りる。入口で待っていると、次々と貴族たちから声をかけられた。
「今日はひとり? 私がエスコートしようか?」
「いえ、部長と……。仕事ですから」
「そう、あとで一緒に踊ってくれる?」
「え、あの、お約束はできません。仕事ですから」
あらゆる誘いを、「仕事ですから」で断る。便利だわ、働いていてよかった、と心底思った。
颯爽とウィリアムが現れる。
「やあ、待たせたかい? すまない」
ウィリアムは自然にサッシャをエスコートすると会場に入っていく。ウィリアムは色んな人と挨拶しながら、サッシャを紹介してくれる。偉い人がたくさんだ。サッシャは緊張のあまり手がじっとりする。
「ウィリアム、今日は随分若い女性を連れているな」
声をかけられ、ふたりは振り返る。怜悧で整った顔立ちの青年が立っていた。
「これはアレックス殿下」
ウィリアムはうやうやしく頭を下げる。サッシャは慌ててカーテシーをした。
「そなた、名はなんと申す?」
「サッシャ・ルスターと申します。ルスター子爵家の長女でございます」
「そうか、学園一の才媛と聞いたことがある。なぜウィリアムと?」
「サッシャは私の部下なのです」
ウィリアムが言った。
「そうか。彼女を少し借りてもよいか?」
「もちろんでございます」
サッシャはよく分からないまま、アレックス第三王子と踊ることになった。どうしよう。アレックスがなにやら言っているが、緊張のあまりよく聞き取れない。
アレックスがサッシャの耳元に口を寄せてささやく。
「なぜ働いている?」
「自立したいと思っておりますので」
「結婚はしないつもりということか?」
「ええ、そうですね」
「結婚して子を成すのが貴族の務めだとは思わないのか?」
「別の形で国に貢献したいと思っております」
「そうか、おもしろいな」
まずい、興味をもたれてしまった。これは、足を踏むべきであろうか。
「また会おう、サッシャ・ルスター」
サッシャが足を踏むか逡巡しているうちに、音楽が終わってしまう。アレックスは立ち去り、サッシャは好奇の眼差しにさらされる。サッシャはさっさと退散することにした。グズグズしていると、貴族女性に取り囲まれ、帰れなくなってしまう。
サッシャはウィリアムに近づくと小声でささやく。
「ウィリアム様、申し訳ございません。体調が優れませんので、これにて失礼させていただきます」
「そうだな、帰りたまえ」
ウィリアムは周りの視線からサッシャを隠すように、出口まで送ってくれる。サッシャは馬車に乗ると座席に崩れるように倒れた。
なんだか、とてもイヤな予感がする。
「皆さんの仕事の流れを資料としてまとめたいんです。でも、なんだか言いにくくて」
ハイケは渋い顔をする。
「それは、いやがられると思うわ。担当者は資料にしなくても、全て分かってるもの。まとめる必要性を感じてもらえないんじゃない?」
「やっぱりそうですよね。なんだかそんな気がしていました」
ハイケは肩を落とす。
「あなたに自分の仕事取られるんじゃないかって。そう思う人もいると思う」
「そんなつもりはありません」
サッシャは目を丸くして首を横に振る。
「私は分かってるけど。ほら、あなた最近目立ってるから。若くて美人。部長のお気に入りで、仕事もできる。誰にでも愛想良く、皆から好かれている。ね、嫉妬の見本市みたいなもんじゃない」
サッシャは固まって何も言えない。ハイケはサッシャの肩に手を置いた。
「やり方を考えてみるから、もう少し待って。焦らないのよ」
「はい、ありがとうございます」
がむしゃらにやってきたけど、それだけじゃダメなんだ。サッシャは自分に足りないものの多さに、気分が暗くなった。
イヤなことは重なるもので、ウィリアムからとんでもないことを言われる。
「私が王家主催の夜会に出るんですか?」
「そう、私のエスコート相手を務めてくれ給え」
「あの、でも、その……。ウィリアム様の奥様は……?」
「妻は今旅行に出ていてね。ほら、急に決まった夜会だから。じゃあ、そういうことで、頼んだよ」
ウィリアムは、話はもうおしまいと言った雰囲気で書類に目を通し始める。サッシャは口を開けたが、また閉じて静かに部屋を出た。
サッシャはあまりのことに仕事が手につかない。サッシャは気分を変えるために給湯室に行ってみる。のぞいてみると、ディランはいなかった。今頃は昼食の仕込みの時間だ。いるわけがないのに。
サッシャは、給湯室で自分用のお茶を入れると、すみっこでこっそり飲んだ。さあ、戻って働かなければ。サッシャは気合を入れて事務所に戻る。
仕事が終わってから、サッシャはディランの家に寄ってみる。仕事帰りに寄ったことは、まだ一度もない。サッシャは家の前でウロウロして、心が決められない。突然来て、迷惑じゃないかしら。
やっぱり帰ろう、サッシャがそう思ったとき、ガチャッと扉が開いた。エプロンをつけて、生ゴミを持ってるディランが、目を丸くする。
「サッシャ、ビックリした。さあ、早く入りなよ。ちょうど晩ごはんができたとこ。俺はゴミ捨ててくるから、中で待ってて」
ディランの言葉に、サッシャはホッとして部屋に入る。暖かい部屋の中には、トマト煮込みの匂いが漂っている。
グウ~ サッシャのお腹がなった。サッシャは顔を赤らめる。
ディランが部屋に入って来て、サッシャの頭にポンっと手を置く。
「話はゆっくり聞くから。まずは食べよう。俺、腹減っちゃって」
ディランは手早くパスタを茹で始めた。
「簡単にトマト煮込みとパンですまそうと思ってたけど。ふたり分には量が足りないから、パスタにかけるね」
「あ、ごめんね。ごはんどきに突然来ちゃって」
ごはん食べにおしかけたみたいになってしまった。サッシャは手土産もなく訪れたことに今さら気づいて焦る。
「なんで謝るの。俺は毎日だって来てもらいたいよ。うん、そうしなよ。毎日ごはんうちで食べたら? あ、お父さんに怒られるかな?」
「父は滅多に家にいないから、それは大丈夫だけど。……いいの?」
サッシャにとってはありがたい話だ。家でシーンとした食卓で食べても、ちっともおいしくない。
「うん、大歓迎。サッシャと食べるとなんでもおいしいから」
「ありがとう。食費は払うからね」
「うううーーん、お願いします!」
ディランは屈託なく笑った。サッシャもつられて笑う。
食事が終わって、ふたりでソファーに腰かける。
「へえ、部長と夜会。それって仕事?」
「う、まあ、そう言えなくもない、かなあ」
「断れないんだね?」
「うん、上司だから」
うつむくサッシャの手をディランが優しく握る。
「そうか。行くだけ行って、すぐお腹痛いって帰ってきなよ」
「そうね、できればそうする」
「俺が上司をぶん殴ってやろうか?」
「ダメだよそんなの。貴族を殴ったら捕まるよ。処刑されちゃうかもよ」
サッシャは想像すると怖くなって、情けない顔になる。
「そうだな。ごめん、助けてあげられなくて」
「そんなことない。今日会えて嬉しかった」
「ね、俺と踊ってくれない? 部長と踊る前に、俺と踊ってほしいな。つっても、全然踊れないんだけどさ」
ディランはサッシャの手を引っ張り、立ち上がる。ふたりは遠慮がちに体を近づける。
「いざとなったら、足踏んでやれ」
サッシャは思わず笑った。
「それならできそう」
サッシャはディランの胸に額をつける。ディランはサッシャの髪に顔を埋めた。
***
「いいこと思いついたわ」
翌朝ハイケがコソッと話しかけてくる。
「仕事内容をまとめる件よ。あれ、部長からやればいいわ。そのあと私。そしたらみんな、部長の指示なんだなって思うはず」
「そっか、そうですね。あ、そしたら部長に許可取らないと」
「うーん、いいんじゃない、それはできてからで。多分あの人そういうの興味ないと思うし。それに、下手に許可取ると、今以上にべったりされるわよ」
サッシャは真顔になる。それは、とてもイヤだ。
「部長の仕事は大体分かってるから。はい、昨日簡単にまとめておいた。議事録とか、予算資料とか、必要なものは棚に入ってるから調べてみて。分からないことあったら聞いてくれればいいわ」
「ハイケさん、すごいです。いつもありがとうございます」
サッシャは感激する。なんて素晴らしい先輩なんだろう。
「がんばってね。やる意味があると思うわ。でもあんまり残業しないようにね」
「はい」
サッシャは通常業務をなるべく早くすませ、資料作成に取りかかる。申請書類の数が大幅に減り、不備もほとんどなくなったので時間はあるのだ。
ハイケの助けを借りながら、部長とハイケの仕事の流れはまとめ終わった。
「次はコリンさんがいいと思う」
ハイケが言った通り、コリンは話を持ちかけると快く承知してくれる。
「いいと思う。こうやって自分の仕事を改めて話してみると、結構無駄があるなーって気づくもんだね。逆に、これはもっと時間かける方がいいなということも見えてくる。他の人のができたら見せてくれる?」
「はい」
サッシャは理解者が増えてホッとした。焦らず少しずつやろう。気合を入れて紙をめくる。
そうこうしてるうちに夜会の日がやってきた。サッシャは昨日からため息が止まらない。ルークと婚約解消をしてから、夜会には出ていなかった。サッシャは夜会が苦手だ。気が重い。
サッシャはなるべく目立たないよう、薄い空色の地味なドレスをまとう。髪には、今朝ディランがくれた青い花をつける。花弁の大きな華やかな花。「幸運は必ず訪れる」という花言葉らしい。花屋の店員が教えてくれたとディランが言っていた。
子爵家の馬車で会場まで行く。ウィリアムは迎えに行くと言ったが、サッシャは断った。ふたりきりで馬車に乗るなんて、何をされるか分からない。
「それはさすがに、仕事の中には入らないわ」
サッシャはまたため息を吐きながら窓の外をボーッと眺める。会場に着いて馬車を降りる。入口で待っていると、次々と貴族たちから声をかけられた。
「今日はひとり? 私がエスコートしようか?」
「いえ、部長と……。仕事ですから」
「そう、あとで一緒に踊ってくれる?」
「え、あの、お約束はできません。仕事ですから」
あらゆる誘いを、「仕事ですから」で断る。便利だわ、働いていてよかった、と心底思った。
颯爽とウィリアムが現れる。
「やあ、待たせたかい? すまない」
ウィリアムは自然にサッシャをエスコートすると会場に入っていく。ウィリアムは色んな人と挨拶しながら、サッシャを紹介してくれる。偉い人がたくさんだ。サッシャは緊張のあまり手がじっとりする。
「ウィリアム、今日は随分若い女性を連れているな」
声をかけられ、ふたりは振り返る。怜悧で整った顔立ちの青年が立っていた。
「これはアレックス殿下」
ウィリアムはうやうやしく頭を下げる。サッシャは慌ててカーテシーをした。
「そなた、名はなんと申す?」
「サッシャ・ルスターと申します。ルスター子爵家の長女でございます」
「そうか、学園一の才媛と聞いたことがある。なぜウィリアムと?」
「サッシャは私の部下なのです」
ウィリアムが言った。
「そうか。彼女を少し借りてもよいか?」
「もちろんでございます」
サッシャはよく分からないまま、アレックス第三王子と踊ることになった。どうしよう。アレックスがなにやら言っているが、緊張のあまりよく聞き取れない。
アレックスがサッシャの耳元に口を寄せてささやく。
「なぜ働いている?」
「自立したいと思っておりますので」
「結婚はしないつもりということか?」
「ええ、そうですね」
「結婚して子を成すのが貴族の務めだとは思わないのか?」
「別の形で国に貢献したいと思っております」
「そうか、おもしろいな」
まずい、興味をもたれてしまった。これは、足を踏むべきであろうか。
「また会おう、サッシャ・ルスター」
サッシャが足を踏むか逡巡しているうちに、音楽が終わってしまう。アレックスは立ち去り、サッシャは好奇の眼差しにさらされる。サッシャはさっさと退散することにした。グズグズしていると、貴族女性に取り囲まれ、帰れなくなってしまう。
サッシャはウィリアムに近づくと小声でささやく。
「ウィリアム様、申し訳ございません。体調が優れませんので、これにて失礼させていただきます」
「そうだな、帰りたまえ」
ウィリアムは周りの視線からサッシャを隠すように、出口まで送ってくれる。サッシャは馬車に乗ると座席に崩れるように倒れた。
なんだか、とてもイヤな予感がする。
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