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魔道具師ジョーイは、増税おじさん宰相をこらしめたい

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 とある王国に、「よし、増税だ」が口癖の宰相がいる。

「隣国が軍事予算を上げた。我が国に攻め入るつもりに違いない。国境の壁を高く長くしよう。よし、増税だ」
「軍事力を上げるためには、兵士の訓練と武器の増強が必要だな。よし、増税だ」
「万一のときのために、食糧の備蓄を増やさなければならない。よし、増税だ」
「なに、帝国の穀倉地帯が洪水でボロボロに? 援助をしなければ。よし、増税だ」

 なんでもかんでも、増税で解決しようとする宰相。民はこっそり、増税おじさんと呼んでいる。

「あのー、増税の前に、税金の無駄遣いをやめてくださーい」
「帝国にお金バラまく前に、私たちの未来をなんとかしてくださーい」

 そういう民の声は、いっこうに、まったくもって届かない。なぜなのか。

「働けど働けど、ですよ。まったく」
「また小麦が値上がりしたでしょう。食べる量を減らすたって、限度があるから」
「節約節約。ずーっと節約。もう、節約するところがないわよ」
「水車の使用料も高くなってね」
「生きていくだけでやっとだってのに」

 はあー、ため息が王都に広まり、とてもドンヨリしている。
 ひとりの少女が立ち上がった。

「このままじゃ、私たち民は、養鶏所のニワトリ以下だわ。狭い小屋でやっすい餌をついばみ、ひたすら卵をうむだけの日々。お日様に当たってポカポカすることも。青空を仰いでそよ風を感じることも。柔らかな野原を駆け回って、ミミズを食べることもできないのよ」

 かわいそうなニワトリ。いや、私たち。

「あの、庶民の生活を知らない、増税おじさんを懲らしめてやる」

 憤った少女は、頼りになるじいちゃんに相談する。じいちゃんは腕利きの魔道具師で、ジョーイの師匠だ。ジョーイの頼みはたいていなんとかしてくれる。

「じいちゃん、私、ネズミ小僧ってやつになってみたいんだけど。前に本で読んでくれたでしょう。悪い奴らからお金を盗んで、困ってる民にあげる小僧」

「おもしろそうじゃな。でも、ジョーイひとりでは危ないから、じいちゃんも一緒じゃ。ネズミ小娘とネズミじじいじゃ」

 こうして、義賊ネズミーが爆誕した。

「じゃあ、早速いってみよー」

 こういうのは、深く考えると怖くなっちゃう。思い立ったが吉日だ。ちゃっちゃと行くのだ。

 ジョーイとじいちゃんは、とっておきの義賊衣装に身を包み、夜の王都に繰り出した。ネズ耳のついたローブと仮面である。目指すは増税おじさん、宰相の屋敷だ。

「おーおーおー、金がうなっとるのー」
「うっ、目がまぶしい」

 金箔がふんだんに使われた屋敷の外壁は、星空の下でもギラギラしている。富める者は富み続け、貧しい者は永遠に貧しいまま。この国を象徴するような建物である。

「そっかー、上級国民様は、こういうところに住んでるのかー。そりゃ、小麦の値段なんか気にしないよね」

「畑を耕したことも、小麦を買ったことも、小麦で料理したことも、一切ないじゃろうなあ。全部、下級国民が代わりにやってくれるもんなあ」

「あの壁の金箔はがして、ばらまいてもいいかもね」
「なにも盗れんかったら、そうしようかの」

 ジョーイとじいちゃんは、いざとなったら壁にはりつくことにした。だけど、まずは計画通りにことを進める。

 ピーピラピー 夜空におかしげな笛の音が響く。
 ザッザッザッ 街中から奇妙な音が聞こえる。
 チューチュー ジョーイとじいちゃんの回りをネズミの大群が埋め尽くした。

「突撃じゃー」
 じいちゃんが号令をかけると、ネズミたちはワラワラと増税おじさんの屋敷に突進する。

「ギャー、ネズミだー」
「ネズミのスタンピードだー」
 護衛たちの悲鳴があちこちから聞こえ、窓ガラスの割れる音がした。

「では、行こうか」

 じいちゃんは釣り竿っぽい魔道具で、ビューンとカギ縄を屋根に向かって投げる。
 グキッ じいちゃんの腰が、逝った。

「ああー」
 じいちゃんは、カギ縄を投げたままの恰好で固まる。ジョーイは慌てて、じいちゃんを支えた。

「じいちゃんは、先に家に帰ってて」
「お前ひとりに行かせる訳にはいかん」
「大丈夫、安全第一で行くから。危ないと思ったらすぐ逃げるから、ね」

 ジョーイはピーと笛を吹く。バッサバッサとカラスの群れが飛んできた。ジョーイはサッと網をカラスに投げると、カラスは上手に足でつかまえた。

「さあ、じいちゃん、網の中に入って。ゆっくりね、しっかりつかまってね」

 じいちゃんは腰をかがめた姿勢のまま、網の中に入る。ジョーイがまたピーと笛を吹くと、カラスたちはじいちゃんの入った網を持ち上げて、空高く舞い上がる。ジョーイはじいちゃんに手を振った。じいちゃんはうなり声で応えた。

「よしっ、行こう」

 ジョーイは気合を入れると、カギ縄を登っていく。結び目がついているので、スイスイ行ける。ジョーイは一番上の窓までいくと、バリンとガラスを割り、隙間からヒカリ玉を投げ入れた。
 カッとヒカリ玉がまばゆい光を放つ。

「ああー、目がー目がー」

 部屋の中から誰かの悲鳴が聞こえる。ジョーイは窓ガラスをガンガン割ると、スルリと中にもぐりこんだ。ジョーイの仮面は目のところにレンズがついている。一定の明度を保てるようになっているので、まぶしくないのだ。

 ジョーイは、目がー目がーとのたうち回っている、増税おじさんをグルグルと縄で縛った。右手だけは少しゆるめにしておく。

「はい、大事なところをネズミにかじられたくなかったら、ここに署名して」

 部屋にネズミはいないが、目が見えてないのでバレないだろう。
 ジョーイは、増税おじさんの右手にペンを持たせ、署名をかかせた。増税おじさんの小指についた印章を、署名の隣に押す。宰相の署名と印章入りの書類がたくさんできた。

「はい、ありがとう。もう寝てていいよ」

 ジョーイは増税おじさんに薬をふりかけ、眠らせた。

「長居は無用。さらば」

 ジョーイは笛を吹き、カラスを呼び、網を投げ、網に入り、飛んで行った。



 翌日、王都は大騒ぎ。

「ねえ、昨日の夜さあ。ネズミがさあ」
「えっ、もしかして、あなたのところにも?」

 下町のそこここで、ヒソヒソ話が繰り広げられ、金貨を見せ合う人々。

「なんだかさ、家族の人数分の金貨が届いたみたいよ」
「南通りのヨハンさんとこなんて、曽祖父母、祖父母、奥さん、子どもが五人の大家族でしょう。金貨が十一枚届いたって。ヨハンさん、目を回して今寝込んでるって」

 あらー、まあー、心配そうな声が口々に漏れる。

「ヨハンさん、朝から晩まで、一日も休みなく働いてたものねえ」
「ちょっといいもの食べて、ゆっくり休んでほしいわね」

 ひとりの女性が、小声で打ち明ける。

「うちも、今日は久しぶりにレストランに行こうかと思って。レストランなんて、何年ぶりかしら」
「あら、いいじゃない。うちはさ、お父ちゃんの靴が穴開いてたから。新しいの買うわ」
「奥さんも、何か買いなさいよ。旦那さんの靴だけじゃなくてね」

 ねえー、と奥さんたちが、顔を見合わせて頷き合う。

「新しい鍋でも買おうかしら」
「そういう実用的なのじゃなくて。パーッと何かに使いなさいな。ずーっと節約してきたんだもの。たまには贅沢しなきゃ」

「そうねえ。じゃあ、冬用のコート、暖かいの買っちゃおうかしら」
「買っちゃえ買っちゃえ」

 王都にウキウキとした明るい空気が流れる。

「おーい、号外が出たぞー」
「号外、号外ー」

 若い男たちが新聞を街の掲示板に貼っていく。人々が一気に群がった。

「ねえー、見えないんだけどー。前の人、なんて書いてあるか、読み上げてよー」

 後ろの人たちが叫ぶ。

「おお、いいぜ。えー、なになに。宰相が驚きの行動に。増税で苦しむ民に、私財をばらまいたのだ。『今後は、増税するたびに、私財で民を助ける』だってよー」

 人々は一瞬シーンとしたあと、大声を出した。

「うっそー、あの増税おじさんがー」
「信じられん。宰相に何があったんだ」
「でもでもでも、金貨が届いたのは本当だもん」
「え、もしかして、増税おじさんって、いい人?」

 みんな微妙な半笑いで首を傾げた。

「あっ、号外の下の方にまだ何か書いてあった。えーっと、金貨をもらった人は、王宮前の広場に集まって、宰相にお礼を叫ぼう、だってさ」

「へー、いいじゃない。お礼を叫びに行こうよ」
「次の増税でも、金貨もらえるかもしれないもんな」
「行こう行こう」

 その日、王宮前の広間には、ニコニコ顔の民が集まり、いつまでも宰相への感謝の叫びが絶えなかった。


「ぐぬぬ」
 王宮の執務室で、宰相はカーテンを噛みしめながら、広間を見ている。

「どうしてこんなことに」
 昨日、護衛はネズミにやられて使いものにならず。賊は取り逃がし。地下倉庫の金貨は全て持ち去られた。

「こんな、無茶苦茶なこと号外に書かれてしまっては。もう、増税ができないではないか」

 否定しようにも、号外には宰相の署名と印章つきの書類まで、証拠として載せられてしまっている。

「昨日、いったいどれだけの書類に署名したのか、分からない。何が書いてあるかも不明だ。これでは、下手に動けない。泣き寝入りではないか」

 おーいおーい、宰相はカーテンに涙を落とす。

 宰相はその日以来、「よし、増税だ」の口癖を封印した。税金は慎重に用途を決め、大切にチミチミと使うようになった。


「かんぱーい」
 ジョーイとじいちゃんは、新聞記者のアントンと一緒に乾杯した。アントンはジョーイの恋人なのだ。

「うまくいってよかった」
「奇跡」
「崖っぷちの綱渡りだったけど、生き残った」

 三人は顔を見合わせ、お互いの健闘を讃える。

「新聞社、宰相から怒られてない?」
「大丈夫。宰相の署名が入った書類と手紙が届いたので、記事にしたまでだからね」
「よかったー」

 ジョーイはホッと息を吐く。アントンがクビになったらどうしようと、心配していたのだ。

 じいちゃんは若いふたりを穏やかに見つめる。じいちゃんはギックリ腰予防ベルトを作り、次に備えている。

「次はない方がいいが、もしあったら、次こそは最後までまっとうする」
「じいちゃん、無理しないでね。正しい政治が行われるよう、注意深く監視しようね」
「俺は、いつでも記事を書けるように準備しておく」

 王都に義賊ネズミーあり。誰にも言えないが、それでいいのだ。
 ジョーイとじいちゃんとアントンは、誇らしげに拳を打ち合わせた。
 
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