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11.ついに結婚じゃ <完>
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聖域なき調査の結果、幾人かの司教や司祭が追放された。
追放された者たちは、背中に果実のなる木を生やし、ウゥルペース・アウレアの恵みを民に与える伝道師となった。
教皇は神のお告げとして、始祖は女性であったこと、神は女性の教皇をお望みであられること、急には変えず徐々に女性神官を増やすことを発表した。
それらは意外なほどにあっさりと各国に受け入れられた。
全ての教会にあるウゥルペース・アウレア像の後ろ足が、ほっそりとした乙女の足に変わったのだ。一目瞭然、霊験あらたかな奇跡として、神官や民の熱狂を生んだ。
◇◇
ついに、やっと結婚式当日です。長かった。ハリソンは、殿下の歩まれた苦渋の年月を振り返り、ひとり喜びの涙を流した。
「なんじゃ、ハリソン。何を泣いておる? まだ式は始まっておらんぞ。腹でも痛いのか? 昨日はよく食べておったが」
「ち、違いますオリガ様。殿下の長い長い、苦難の日々を思い出していたのです。最愛の人に好きと言えず、触れることもできない。それなのに、オリガ様はあっけらかんと、テオドール好きじゃ攻撃です。あれは見ている私の方が辛かった」
泣き崩れるハリソンに、慌てるオリガ。
「そうか、それはすまなんだの。まさか、そのようなことになっておるとは、知らなんだ。何もかも父上が悪い。やはり天誅か……」
「オリガ」
後ろから声をかけられてオリガは飛び上がった。
「冗談じゃ、冗談に決まっておるではないか、テオドール」
振り向いてテオドールを見たオリガは、ポッと頬を染める。
ドヴァトリーニ王国の伝統的な衣装に身を包んだテオドールは、いつにもまして美丈夫だ。白いシャツの上にピッタリとした黒いベスト。ベストにはドヴァトリーニ王国のワシの紋章が金と赤で刺繍されている。黒い細身のトラウザーズはテオドールの長い脚をさらに引き立たせている。
艶めく黄金色の髪に、今日の青空のような澄みきった瞳。完全無欠な王子様だ。
「おお、テオドール。見惚れたぞ。三国一、いや百国一の花婿じゃ。わらわは果報者じゃのう」
「オリガ。そういう言葉は男の側が言うことだ。オリガ、美しいオリガ。やっと私のものになるのだな」
「うむ。わらわはとっくの昔にテオドールのものじゃったがのう」
まぶしそうな眼差しでテオドールがオリガを見つめる。
オリガの衣装はテオドールと対になっている。白いブラウスに腰をギッチリと締め付ける黒のボディス。ボディスにはテオドールと同じ金と赤の刺繍がほどこされていて、オリガのほっそりした腰を締め上げ、柔らかな胸部のふくらみを強調する。足首まであるふんわりとした白のスカートには白金の刺繍が入り、オリガが動くたびにキラキラと輝く。
オリガの腰まである豊かな黒髪はゆるく編み上げられ、白いヴェールで覆われている。白いヴェールは当初は縁にだけ刺繍が入っていたが、今はすきまなくビッチリと美しい紋様が描かれている。街の人たちにぜひにと乞われ渡したところ、刺繍で埋め尽くされて戻ってきたのだ。大勢の女性が、数針ずつ刺してくれたらしい。
「行こうかオリガ」
「うむ」
ふたりは手をつないで、先日騒ぎのあった礼拝堂に入る。
テオドールは渋ったが、ここが最も由緒ある礼拝堂と教皇が粘ったのだ。
介添人はハリソンのみ。苦楽を共にした三人にふさわしい小さな結婚式だ。
教皇がオリガとテオドールに七束ずつ、麦の穂を渡す。
黄金の狐の前でふたりは向かい合う。
相手から遠い方の手に麦の穂を持ち、近い方の腕を相手に絡ませる。見つめ合いながらその場でクルリと回ると、手を離す。それぞれ別の方向に黄金の狐を回っていく。
反対側でまた出会ったら、腕を組み合わせてクルリと回る。そして離れて再び元の場所で巡り合う。そこで麦の穂をひと束ずつ黄金の狐に捧げる。
これを七回繰り返す。
教皇の歌に合わせて、クルリクルリとふたりは回り、離れてはまた出会う。
回りながら幸せな結婚を祈る。
一回目、夫婦が食べ物に困らぬように
二回目、心も体も健康であれますように
三回目、喜びも苦しみも分かち合えますように
四回目、お互いの家族を大切にできますように
五回目、子宝に恵まれますように
六回目、平和であれますように
七回目、愛し合う夫婦であれますように
七回目が終わって、オリガの金の瞳と、テオドールの空色の瞳が互いの姿だけを映した。
「オリガ、生涯変わらぬ愛を捧げることを誓う」
「テオドール、好きじゃ。これからもずっと好きじゃ」
ハリソンがお皿をふたりの前に掲げた。お皿には、小さな粒が六粒並べてある。
「強き子を」
教皇の言葉に合わせて、ふたりはトウモロコシをひと粒互いの口に入れる。
「賢き子を」 豆をひと粒。
「優しき子を」 ザクロをひと粒。
オリガは背伸びをし、テオドールに口づけた。
「わらわからもしたかったのじゃ」
笑い合うふたりを、教皇は優しく見つめる。
「ウゥルペース・アウレアの御名により、テオドール・ドヴァトリーニとオリガ・ロッセリーニの結婚をここに認める。おめでとう」
教皇はふたりを出口へといざなう。
「さあ、朝から民が待ちわびています。ぜひ祝わせてやってください」
ハリソンが扉を開けて、オリガとテオドールが外に出る。礼拝堂の前に集まっていた民が歓声をあげる。次の瞬間、ふたりは赤と白の花びらに包まれた。
「テオドール殿下、聖女オリガ様、ご結婚おめでとうございます」
皆から口々に祝われ、オリガとテオドールはにこやかに手を振って応える。
「わらわはいつから聖女になったのじゃ?」
オリガがテオドールにささやく。
「黄金の狐の足を賜わってからではないか」
テオドールがイヤそうに言う。
「まあ、ピカピカと光っておるからの。ありがたそうに見えるのじゃろう」
もっと分厚い靴下を履けばよかったかもしれない、オリガはぼやいた。
「光を抑える魔法陣をほどこした装身具を作らせよう。足首に巻けばいい。それに、結婚の証の指輪も作らなければ。間に合わなくてすまなかった」
「なんの、わらわもこれからじゃぞ。テオドールは指輪がよいのか? わらわは指輪だと、うっかり殴って壊してしまいそうじゃ」
「私は指輪がいい。オリガは首飾りにするか?」
「そうじゃの、ではわらわも指輪にする。鎖を通して首にかければよいのではないか」
新婚夫婦とハリソンは、道沿いの人々に祝福されながら、のんびりと宿に戻った。
「ハリソン、ご苦労だった。これから三日間の休暇をとらす。我らは部屋にこもるので、好きに過ごせばよい」
ハリソンは感極まってまた泣きながら跪いた。
「殿下、オリガ様、おめでとうございます。幾久しくとお祝い申し上げます」
「ありがとう、ハリソン」
◇◇
夜明け前、オリガは目を覚ました。
いつの間にか寝てしまったのだな。喉が乾いて体の節々が痛い。オリガは絡みついたテオドールの腕をそっとはずすと、ベッド脇に置いてある水をゴクゴク飲んだ。
テオドールの様子を伺うと、悩ましい目つきでオリガを見ている。オリガは胸がドキドキした。こういうときは何を言えばよいのじゃったか……。
「け、結構なお手前で」
ぶっとテオドールがふき出す。
「オリガ、さすがにそれはない」
「そうか。ではご馳走様でしたならよいか?」
テオドールはクックッとこらえきれない笑いで体を震わせると、オリガの髪を優しく手ぐしで梳く。テオドールはオリガの手からグラスを受け取ると、ひと息で飲み干した。
「では、私はいただきますと言おう。オリガ……」
まだ足りぬ、かすれた声でテオドールがささやく。オリガは赤くなった顔をテオドールの髪に埋めた。
ふたりの夜はまだ始まったばかりだ。
<完>
追放された者たちは、背中に果実のなる木を生やし、ウゥルペース・アウレアの恵みを民に与える伝道師となった。
教皇は神のお告げとして、始祖は女性であったこと、神は女性の教皇をお望みであられること、急には変えず徐々に女性神官を増やすことを発表した。
それらは意外なほどにあっさりと各国に受け入れられた。
全ての教会にあるウゥルペース・アウレア像の後ろ足が、ほっそりとした乙女の足に変わったのだ。一目瞭然、霊験あらたかな奇跡として、神官や民の熱狂を生んだ。
◇◇
ついに、やっと結婚式当日です。長かった。ハリソンは、殿下の歩まれた苦渋の年月を振り返り、ひとり喜びの涙を流した。
「なんじゃ、ハリソン。何を泣いておる? まだ式は始まっておらんぞ。腹でも痛いのか? 昨日はよく食べておったが」
「ち、違いますオリガ様。殿下の長い長い、苦難の日々を思い出していたのです。最愛の人に好きと言えず、触れることもできない。それなのに、オリガ様はあっけらかんと、テオドール好きじゃ攻撃です。あれは見ている私の方が辛かった」
泣き崩れるハリソンに、慌てるオリガ。
「そうか、それはすまなんだの。まさか、そのようなことになっておるとは、知らなんだ。何もかも父上が悪い。やはり天誅か……」
「オリガ」
後ろから声をかけられてオリガは飛び上がった。
「冗談じゃ、冗談に決まっておるではないか、テオドール」
振り向いてテオドールを見たオリガは、ポッと頬を染める。
ドヴァトリーニ王国の伝統的な衣装に身を包んだテオドールは、いつにもまして美丈夫だ。白いシャツの上にピッタリとした黒いベスト。ベストにはドヴァトリーニ王国のワシの紋章が金と赤で刺繍されている。黒い細身のトラウザーズはテオドールの長い脚をさらに引き立たせている。
艶めく黄金色の髪に、今日の青空のような澄みきった瞳。完全無欠な王子様だ。
「おお、テオドール。見惚れたぞ。三国一、いや百国一の花婿じゃ。わらわは果報者じゃのう」
「オリガ。そういう言葉は男の側が言うことだ。オリガ、美しいオリガ。やっと私のものになるのだな」
「うむ。わらわはとっくの昔にテオドールのものじゃったがのう」
まぶしそうな眼差しでテオドールがオリガを見つめる。
オリガの衣装はテオドールと対になっている。白いブラウスに腰をギッチリと締め付ける黒のボディス。ボディスにはテオドールと同じ金と赤の刺繍がほどこされていて、オリガのほっそりした腰を締め上げ、柔らかな胸部のふくらみを強調する。足首まであるふんわりとした白のスカートには白金の刺繍が入り、オリガが動くたびにキラキラと輝く。
オリガの腰まである豊かな黒髪はゆるく編み上げられ、白いヴェールで覆われている。白いヴェールは当初は縁にだけ刺繍が入っていたが、今はすきまなくビッチリと美しい紋様が描かれている。街の人たちにぜひにと乞われ渡したところ、刺繍で埋め尽くされて戻ってきたのだ。大勢の女性が、数針ずつ刺してくれたらしい。
「行こうかオリガ」
「うむ」
ふたりは手をつないで、先日騒ぎのあった礼拝堂に入る。
テオドールは渋ったが、ここが最も由緒ある礼拝堂と教皇が粘ったのだ。
介添人はハリソンのみ。苦楽を共にした三人にふさわしい小さな結婚式だ。
教皇がオリガとテオドールに七束ずつ、麦の穂を渡す。
黄金の狐の前でふたりは向かい合う。
相手から遠い方の手に麦の穂を持ち、近い方の腕を相手に絡ませる。見つめ合いながらその場でクルリと回ると、手を離す。それぞれ別の方向に黄金の狐を回っていく。
反対側でまた出会ったら、腕を組み合わせてクルリと回る。そして離れて再び元の場所で巡り合う。そこで麦の穂をひと束ずつ黄金の狐に捧げる。
これを七回繰り返す。
教皇の歌に合わせて、クルリクルリとふたりは回り、離れてはまた出会う。
回りながら幸せな結婚を祈る。
一回目、夫婦が食べ物に困らぬように
二回目、心も体も健康であれますように
三回目、喜びも苦しみも分かち合えますように
四回目、お互いの家族を大切にできますように
五回目、子宝に恵まれますように
六回目、平和であれますように
七回目、愛し合う夫婦であれますように
七回目が終わって、オリガの金の瞳と、テオドールの空色の瞳が互いの姿だけを映した。
「オリガ、生涯変わらぬ愛を捧げることを誓う」
「テオドール、好きじゃ。これからもずっと好きじゃ」
ハリソンがお皿をふたりの前に掲げた。お皿には、小さな粒が六粒並べてある。
「強き子を」
教皇の言葉に合わせて、ふたりはトウモロコシをひと粒互いの口に入れる。
「賢き子を」 豆をひと粒。
「優しき子を」 ザクロをひと粒。
オリガは背伸びをし、テオドールに口づけた。
「わらわからもしたかったのじゃ」
笑い合うふたりを、教皇は優しく見つめる。
「ウゥルペース・アウレアの御名により、テオドール・ドヴァトリーニとオリガ・ロッセリーニの結婚をここに認める。おめでとう」
教皇はふたりを出口へといざなう。
「さあ、朝から民が待ちわびています。ぜひ祝わせてやってください」
ハリソンが扉を開けて、オリガとテオドールが外に出る。礼拝堂の前に集まっていた民が歓声をあげる。次の瞬間、ふたりは赤と白の花びらに包まれた。
「テオドール殿下、聖女オリガ様、ご結婚おめでとうございます」
皆から口々に祝われ、オリガとテオドールはにこやかに手を振って応える。
「わらわはいつから聖女になったのじゃ?」
オリガがテオドールにささやく。
「黄金の狐の足を賜わってからではないか」
テオドールがイヤそうに言う。
「まあ、ピカピカと光っておるからの。ありがたそうに見えるのじゃろう」
もっと分厚い靴下を履けばよかったかもしれない、オリガはぼやいた。
「光を抑える魔法陣をほどこした装身具を作らせよう。足首に巻けばいい。それに、結婚の証の指輪も作らなければ。間に合わなくてすまなかった」
「なんの、わらわもこれからじゃぞ。テオドールは指輪がよいのか? わらわは指輪だと、うっかり殴って壊してしまいそうじゃ」
「私は指輪がいい。オリガは首飾りにするか?」
「そうじゃの、ではわらわも指輪にする。鎖を通して首にかければよいのではないか」
新婚夫婦とハリソンは、道沿いの人々に祝福されながら、のんびりと宿に戻った。
「ハリソン、ご苦労だった。これから三日間の休暇をとらす。我らは部屋にこもるので、好きに過ごせばよい」
ハリソンは感極まってまた泣きながら跪いた。
「殿下、オリガ様、おめでとうございます。幾久しくとお祝い申し上げます」
「ありがとう、ハリソン」
◇◇
夜明け前、オリガは目を覚ました。
いつの間にか寝てしまったのだな。喉が乾いて体の節々が痛い。オリガは絡みついたテオドールの腕をそっとはずすと、ベッド脇に置いてある水をゴクゴク飲んだ。
テオドールの様子を伺うと、悩ましい目つきでオリガを見ている。オリガは胸がドキドキした。こういうときは何を言えばよいのじゃったか……。
「け、結構なお手前で」
ぶっとテオドールがふき出す。
「オリガ、さすがにそれはない」
「そうか。ではご馳走様でしたならよいか?」
テオドールはクックッとこらえきれない笑いで体を震わせると、オリガの髪を優しく手ぐしで梳く。テオドールはオリガの手からグラスを受け取ると、ひと息で飲み干した。
「では、私はいただきますと言おう。オリガ……」
まだ足りぬ、かすれた声でテオドールがささやく。オリガは赤くなった顔をテオドールの髪に埋めた。
ふたりの夜はまだ始まったばかりだ。
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