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4.船旅は最高じゃ
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オリガは今とても忙しい。まず、頭がややおかしくなっている。
「かもしれない……かもしれないとはどういうことじゃ」
オリガは考える。
『まあ、私もオリガが好き、かもしれないな、と最近感じてきた』
テオドールの言葉を何度も反芻する。食事中も、訓練中も、授業中もずっと反芻する。反芻しすぎてすっかり消化しきってドロドロである。
誰かに聞きたい、だが聞けぬ。恥ずかしいではないか。それに……。それにじゃ。仮にベルタが、「それはもちろん、テオドール殿下はオリガお嬢様をお好きに決まっているではありませんか」と言ったとして、信じて浮かれポンチになって、それで間違っていたらどうするのじゃ。
末代までの恥じゃ、それはいかんぞオリガ。わらわは己で答えを見つけ出さねばならぬ。
こじらせるオリガであった。
オリガは朝の走り込みに向かう。普段は公爵家の広大な敷地内を走るのだが、今はそれでは足りないので、王都をぐるりと一周している。走りながら、火事があれば水魔法で消火し、泥棒がいればつかまえ、病気の人がいれば治癒魔法をかけてやる。
ついでといってはなんだが、最近おいたが過ぎる犯罪組織に釘をさしに行ったりもした。人身売買に手を染めた地下組織を半壊させてきたのだ。
「清すぎる水に魚は住めぬという。よってわらわも全ての犯罪組織を潰すつもりはない。だがの、人身売買はやめておけ。よいな」
オリガは貧民街の情報屋に言い含めた。これですぐに他の組織に情報が行き渡るはずだ。
「オリガ様のおかげで、王都の治安がよくなりました」
夜警には感謝された。治安維持ができ、かもしれない、について考えなくてすむのはよきことである。
学園でのオリガはさらに忙しい。授業の合間をぬって、テオドールを遠くから観察しているのだ。かもしれない、の真相を直接聞こうと思いつつも、直球のオリガにしては珍しく二の足を踏んでいる。
やはり聞こう。オリガは決意して、学園内にあるテオドールの執務室を訪れる。テオドールは不在だったので、そのまま部屋で待つことにした。
ほほう、書類が山と積まれておるな。これほど忙しいと、わらわとのお茶会が週に一度なのもうなずける。だが、ふむ、少し手伝ってやるか。もしかするとお茶会が週に二度に増えるやもしれぬ。かもしれない……。
オリガは書類の山を、至急、後でもよし、出し直しの三種類に分けておく。ついでに至急の書類の数字や文章がおかしいところにはさりげなく印を入れておいた。
はっ、来た。オリガはテオドールの気配を察知した途端、つい跳躍し天井の片隅に張り付いてしまった。
バカだの、わらわは一体なにをやっておるのじゃ。これはさすがに、バレるじゃろう。自己嫌悪に陥ったオリガであるが、意外なことにテオドールは気づかない。分けられた書類を見て、少し頬をゆるめ、至急の書類から確認し始めた。
うむ。こうして上から眺めるのも悪くない。いつもは見上げてばかりじゃからの。オリガはほっこりとした。
味を占めたオリガは、それからテオドールの不在時を狙って執務室で書類仕分けをしたり、天井に張り付いてテオドールを堪能したりしている。充実していると言えなくもない。かもしれない……。
む、誰か来たの。オリガは集中して天井と一体化する。
「殿下、ワイシャール帝国皇帝が死去されました。陛下の代理で国葬に参列されたしと、通達がございました」
「分かった」
テオドールが返事する。
分かった、わらわも行く、オリガは心の中で宣言した。こんな生煮えの状態で置いていかれてはたまらない。オリガは決意した。
◇◇
ほほう、これが海というものか。潮の匂いがするのう、魚の塩焼きが食べたくなるのう。クァクァと白い鳥が鳴いておるのう、かわいいではないか。オリガはごきげんだった。うまい具合にテオドールの乗る船に、船員として紛れ込めたのだ。
テオドールに同行しようと正攻法で掛け合ったところ、国の上層部から却下された。やむを得ず潜入することにした。こういうときのために、今まで潤沢に役人たちへ投資してきたのである。決して賄賂ではない。有能な人材への援助だ。おじいさまも、清いだけでは上には立てぬと言っておられた。問題なしじゃ。
少々やましい思いがあるオリガであった。
しかし、揺れるのう。わらわは鍛えておるから大丈夫じゃが……。ちと心配じゃのう。テオドールは眠れるであろうか。
真夜中、オリガはテオドールの船室の屋根の上から、護衛の首筋に眠り薬入りの吹き矢を打ち込んだ。オリガはそっと降り立つと、崩れ落ちた護衛を空き室まで運び、ベッドに寝かせてやる。風邪をひいてはいかんからの。なに、警護はまかせておれ。
オリガはテオドールの船室に静かに滑り込んだ。扉を閉めると壁と一体になり、気配を消す。うむ、穏やかな寝息が聞こえるな。安らかに眠っておるようだ。よし、外で護衛をするか。
いや、万一のことがある。もそっと近づいて、寝顔を見てみようではないか。熱があるやもしれぬからの。
ほほう。これはなかなか、眼福じゃの。
普段は無表情で冷たい印象のテオドールであるが、今は力の抜けた無防備で穏やかな寝顔を見せている。横向きに寝ており、片方の腕が掛け布から出ている。
ふむ。長そでを着ているテオドールしか見たことがなかったが……。寝るときは半そでなのじゃな。なかなか鍛えた腕をしているではないか。うむ。よいではないか。
テオドールは眠るときは少し幼くなるのう。ふふふ。幼き時を思い出すのう。
オリガはテオドールの顔にかかる髪をそっと後ろになでつける。
「オリガ」
ドッキーン 心臓が口から出る寸前まで跳ね上がった。
アワアワしている間に、オリガはテオドールの腕の中に抱き込まれてしまった。
オリガは意識を失った。
◇◇
クァクァクァ む、朝か。
なんじゃ? 頭の下になにやら硬いものがあるが。オリガは横を向いて、ピキーンと硬直した。テオドールが寝ておる。
オリガは光の速さでベッドを降りると、そそーっと扉を開け、辺りを見回し、キビキビと船員らしい歩みで貨物室まで無事たどり着いた。
「なんじゃあれはなんじゃあれはなんじゃなんじゃなんじゃ」
オリガは貨物室の奥でうずくまり、壁にむかって独り言をつぶやく。
「うむ。テオドールはよく寝ておった。寝ぼけておったのであろう」
オリガは納得する。
「テオドールは王国の宝じゃからな。今宵もきっちり警護してやらねばの」
オリガは夜になるとテオドールの船室に忍び込み、ベッドの下で待機する。テオドールの穏やかな寝息が聞こえると、そろりとベッドの下から這い出しテオドールの寝顔を観察する。
うむ。少し肌が荒れておるの。船旅がきついのであろうか。明日はテオドールの食事に果物を追加しておこうかの。
「オリガ」
また、テオドールの腕の中に抱き込まれた。うむ。さては、テオドールはぬいぐるみを抱いて寝る習慣があるのであろう。よしよし、わらわがぬいぐるみの代わりを務めてやるぞ。オリガはテオドールの匂いに包まれて眠りに落ちた。深いため息がオリガの髪を揺らしたような気がした。
オリガの夜間警護は帝国の港に着くまで続けられた。オリガはツヤツヤとしてすこぶる元気である。船に乗るまではよく眠れない日が続いていたが、ここでは即寝で朝までぐっすりである。
うむ。やはり睡眠は健康の源じゃな。それにしても、テオドールは日に日にやつれていくようじゃが……。船旅が合わなかったのじゃろう。気の毒にの。
オリガは潮風を胸いっぱいすいこんだ。
「かもしれない……かもしれないとはどういうことじゃ」
オリガは考える。
『まあ、私もオリガが好き、かもしれないな、と最近感じてきた』
テオドールの言葉を何度も反芻する。食事中も、訓練中も、授業中もずっと反芻する。反芻しすぎてすっかり消化しきってドロドロである。
誰かに聞きたい、だが聞けぬ。恥ずかしいではないか。それに……。それにじゃ。仮にベルタが、「それはもちろん、テオドール殿下はオリガお嬢様をお好きに決まっているではありませんか」と言ったとして、信じて浮かれポンチになって、それで間違っていたらどうするのじゃ。
末代までの恥じゃ、それはいかんぞオリガ。わらわは己で答えを見つけ出さねばならぬ。
こじらせるオリガであった。
オリガは朝の走り込みに向かう。普段は公爵家の広大な敷地内を走るのだが、今はそれでは足りないので、王都をぐるりと一周している。走りながら、火事があれば水魔法で消火し、泥棒がいればつかまえ、病気の人がいれば治癒魔法をかけてやる。
ついでといってはなんだが、最近おいたが過ぎる犯罪組織に釘をさしに行ったりもした。人身売買に手を染めた地下組織を半壊させてきたのだ。
「清すぎる水に魚は住めぬという。よってわらわも全ての犯罪組織を潰すつもりはない。だがの、人身売買はやめておけ。よいな」
オリガは貧民街の情報屋に言い含めた。これですぐに他の組織に情報が行き渡るはずだ。
「オリガ様のおかげで、王都の治安がよくなりました」
夜警には感謝された。治安維持ができ、かもしれない、について考えなくてすむのはよきことである。
学園でのオリガはさらに忙しい。授業の合間をぬって、テオドールを遠くから観察しているのだ。かもしれない、の真相を直接聞こうと思いつつも、直球のオリガにしては珍しく二の足を踏んでいる。
やはり聞こう。オリガは決意して、学園内にあるテオドールの執務室を訪れる。テオドールは不在だったので、そのまま部屋で待つことにした。
ほほう、書類が山と積まれておるな。これほど忙しいと、わらわとのお茶会が週に一度なのもうなずける。だが、ふむ、少し手伝ってやるか。もしかするとお茶会が週に二度に増えるやもしれぬ。かもしれない……。
オリガは書類の山を、至急、後でもよし、出し直しの三種類に分けておく。ついでに至急の書類の数字や文章がおかしいところにはさりげなく印を入れておいた。
はっ、来た。オリガはテオドールの気配を察知した途端、つい跳躍し天井の片隅に張り付いてしまった。
バカだの、わらわは一体なにをやっておるのじゃ。これはさすがに、バレるじゃろう。自己嫌悪に陥ったオリガであるが、意外なことにテオドールは気づかない。分けられた書類を見て、少し頬をゆるめ、至急の書類から確認し始めた。
うむ。こうして上から眺めるのも悪くない。いつもは見上げてばかりじゃからの。オリガはほっこりとした。
味を占めたオリガは、それからテオドールの不在時を狙って執務室で書類仕分けをしたり、天井に張り付いてテオドールを堪能したりしている。充実していると言えなくもない。かもしれない……。
む、誰か来たの。オリガは集中して天井と一体化する。
「殿下、ワイシャール帝国皇帝が死去されました。陛下の代理で国葬に参列されたしと、通達がございました」
「分かった」
テオドールが返事する。
分かった、わらわも行く、オリガは心の中で宣言した。こんな生煮えの状態で置いていかれてはたまらない。オリガは決意した。
◇◇
ほほう、これが海というものか。潮の匂いがするのう、魚の塩焼きが食べたくなるのう。クァクァと白い鳥が鳴いておるのう、かわいいではないか。オリガはごきげんだった。うまい具合にテオドールの乗る船に、船員として紛れ込めたのだ。
テオドールに同行しようと正攻法で掛け合ったところ、国の上層部から却下された。やむを得ず潜入することにした。こういうときのために、今まで潤沢に役人たちへ投資してきたのである。決して賄賂ではない。有能な人材への援助だ。おじいさまも、清いだけでは上には立てぬと言っておられた。問題なしじゃ。
少々やましい思いがあるオリガであった。
しかし、揺れるのう。わらわは鍛えておるから大丈夫じゃが……。ちと心配じゃのう。テオドールは眠れるであろうか。
真夜中、オリガはテオドールの船室の屋根の上から、護衛の首筋に眠り薬入りの吹き矢を打ち込んだ。オリガはそっと降り立つと、崩れ落ちた護衛を空き室まで運び、ベッドに寝かせてやる。風邪をひいてはいかんからの。なに、警護はまかせておれ。
オリガはテオドールの船室に静かに滑り込んだ。扉を閉めると壁と一体になり、気配を消す。うむ、穏やかな寝息が聞こえるな。安らかに眠っておるようだ。よし、外で護衛をするか。
いや、万一のことがある。もそっと近づいて、寝顔を見てみようではないか。熱があるやもしれぬからの。
ほほう。これはなかなか、眼福じゃの。
普段は無表情で冷たい印象のテオドールであるが、今は力の抜けた無防備で穏やかな寝顔を見せている。横向きに寝ており、片方の腕が掛け布から出ている。
ふむ。長そでを着ているテオドールしか見たことがなかったが……。寝るときは半そでなのじゃな。なかなか鍛えた腕をしているではないか。うむ。よいではないか。
テオドールは眠るときは少し幼くなるのう。ふふふ。幼き時を思い出すのう。
オリガはテオドールの顔にかかる髪をそっと後ろになでつける。
「オリガ」
ドッキーン 心臓が口から出る寸前まで跳ね上がった。
アワアワしている間に、オリガはテオドールの腕の中に抱き込まれてしまった。
オリガは意識を失った。
◇◇
クァクァクァ む、朝か。
なんじゃ? 頭の下になにやら硬いものがあるが。オリガは横を向いて、ピキーンと硬直した。テオドールが寝ておる。
オリガは光の速さでベッドを降りると、そそーっと扉を開け、辺りを見回し、キビキビと船員らしい歩みで貨物室まで無事たどり着いた。
「なんじゃあれはなんじゃあれはなんじゃなんじゃなんじゃ」
オリガは貨物室の奥でうずくまり、壁にむかって独り言をつぶやく。
「うむ。テオドールはよく寝ておった。寝ぼけておったのであろう」
オリガは納得する。
「テオドールは王国の宝じゃからな。今宵もきっちり警護してやらねばの」
オリガは夜になるとテオドールの船室に忍び込み、ベッドの下で待機する。テオドールの穏やかな寝息が聞こえると、そろりとベッドの下から這い出しテオドールの寝顔を観察する。
うむ。少し肌が荒れておるの。船旅がきついのであろうか。明日はテオドールの食事に果物を追加しておこうかの。
「オリガ」
また、テオドールの腕の中に抱き込まれた。うむ。さては、テオドールはぬいぐるみを抱いて寝る習慣があるのであろう。よしよし、わらわがぬいぐるみの代わりを務めてやるぞ。オリガはテオドールの匂いに包まれて眠りに落ちた。深いため息がオリガの髪を揺らしたような気がした。
オリガの夜間警護は帝国の港に着くまで続けられた。オリガはツヤツヤとしてすこぶる元気である。船に乗るまではよく眠れない日が続いていたが、ここでは即寝で朝までぐっすりである。
うむ。やはり睡眠は健康の源じゃな。それにしても、テオドールは日に日にやつれていくようじゃが……。船旅が合わなかったのじゃろう。気の毒にの。
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