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3.テオドール第一王子
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「テオドール、好きじゃ」
いつも通りオリガは婚約者であるテオドール第一王子殿下に思いを告げた。ド直球である。祖父の教えに従って、己の気持ちはまっすぐ伝えるのがオリガの生きる指針である。
「ああ」
いつも通りテオドールはさらりと流したが、オリガは気にしない。いずれ落ちるだろうと楽観的に考えている。
今日はテオドールとの週に一度のお茶会だ。テオドールは帝王教育と生徒会の運営で忙しい。本音を言えばもっと会いたいところであるが、会えない時間が愛を育てるらしいので、ぐっと我慢している。育っているのはオリガ側の愛ばかりではなかろうか、そんな疑問はそっと箱に詰めて庭の木の下深くに埋めた。
世の中には深く考えてはいけないことがあると、既にオリガは知っているのだ。
「学園に巨鳥が出たそうだな」
テオドールが紅茶のカップを受け皿に戻して話題を切り出す。
「モー以外に妙な動物がいたと報告を受けたが」
オリガはポンと手を打った。
「そうであった。テオドールにはまだ紹介しておらなんだの。そこいらにおるであろうから、呼んでみよう。メー」
テオドールが止める間もなく、オリガが指笛を吹き鳴らした。
「メー」
オリガの椅子の下にいつの間にか猫がちんまり座っている。オリガはメーをひざにのせると慣れた手つきで毛並みを整える。
「今度はメーか」
テオドールは嘆息した。
「そうじゃ。猫なのにメーと鳴くのじゃ。このあたりには変わった動物が多いの」
オリガは不思議そうに言う。
「学園の上には結界が張られておるというのに、巨鳥が襲ってくるというのも妙な話じゃ」
「その件については調べさせている。結界にほころびがあるのかもしれん」
「そうか。あの巨鳥は食べ応えがあったぞ。皆で焼いて食べたのじゃ。テオドールにも差し入れを持っていけばよかったの。すまぬ」
テオドールはふっと笑うと上着から一枚の紙を出し、オリガに渡す。
「まもなくガリウス王国のキリアン第七王子が学園に留学にこられる。学園内の案内をオリガに任せてもよいか?」
「もちろんじゃ」
オリガは誇らしげに胸を張って答えた。
ずらりと並ぶガリウス王国の面々に、オリガは優雅に礼をとる。
「お初にお目にかかります。ロッセリーニ公爵家のオリガと申します。本日学園の案内をさせていただく栄誉を与えられたこと、恐悦至極に存じます」
今日はのじゃ言葉は封印である。
「ガリウス王国第七王子のキリアンである。そなた美しいな、我の妻となれ」
己より直球な王族にオリガはたじろいだ。いくらオリガでも初対面の相手に求婚したりはしない。常識がないにもほどがあるぞ、オリガは思った。
「お断りいたします。わたくしはテオドール第一王子殿下の婚約者にございます。」
「それでは決闘だ!」
なぜなのか。オリガは途方に暮れた。意味が分からない。
「キリアン殿下、わたくしには決闘する理由が見当たりませぬが」
オリガが尋ねると、キリアンは堂々と言い放つ。
「好きになった女は力づくでもモノにせよ、というのが我が国の掟だ」
「その掟は見直す方がよろしいのでは……そこな侍従殿、そうそなたである。わたくしにはちっとも分かりませぬ。説明してくれませぬか」
キリアンの後ろでハラハラと事の成り行きを見守っていた侍従は、土下座する勢いで発言する。
「は、恐れながら申し上げます。我がガリウス王国におきましては、一度断られた求婚を決闘にて再度検討してもらうという風習がございます。もちろん女性は代理をたてることが可能です。そもそも貴国にはその風習がございませんので、断っていただければと……」
汗をダラダラ流しながら、暗に断ってほしいなとにおわせる侍従であった。
ふむ、何をもらおうか。オリガは考える。ガリウス王国は海に囲まれた国だ。そうだ、離島でももらおうか。テオドールとキャッキャウフフと水浴びをするのはよきことであるぞ。オリガは決めた。
「よろしいでしょう。ではわたくしが勝ちましたら、離島をいただきましょう」
「よいぞ」
初対面の王子と公爵家令嬢の決闘が決まった。そばで控えていた両国の官吏は白目になった。
噂を聞きつけた学園の生徒たちが見守る中、急遽設けられた円形の闘技場にキリアンとオリガは颯爽と現れた。二人とも自国の騎士服を着ている。
審判の騎士団長が決闘についての決めごとを述べる。
「武器なし、魔法なし、介添人なし、無手による勝負。一方が降参、もしくは円内から出た場合、他方の勝利とする。よろしいでしょうか」
「異議なし」
ふたりは高らかに宣言する。
つとキリアンは観覧席に座るテオドールを指さした。
「テオドール第一王子殿下、オリガは我がもらいうける」
テオドールは無表情のまま返事をしない。キリアンは次にオリガに告げる。
「オリガ、そなたテオドール殿下に愛されておらぬそうではないか。我の元にこい。我ならばそなたに毎日でも愛をささやこう」
観客席の生徒たちが息をのんだ。言っていいことと悪いことがあると思いまーす。じっとりとした目で生徒たちは闘技場のキリアンをみつめた。
超然としたオリガの目が少し揺らいだ。オリガはチラリとテオドールに目をやる。テオドールの顔にはいつも通りなんの感情も表れていない。
「揺れたな、オリガ。ガリウス王国の男は情熱的だ。そなたに愛は惜しまぬ」
オリガがまっすぐにキリアンを見返す。
「笑止。わらわの愛はただひとつ。とうにテオドールに捧げておる。そなたの愛などいらぬ」
オリガは透き通ったまなざしでキリアンを見定める。
「参る」
電光石火、オリガが拳を振りぬいた。
きれいな放物線を描いてキリアンは闘技場を飛び超え、はるか遠くに落ちる。
「弱すぎる……」
呆然としたオリガと、あまりの盛り上がりのなさに静まり返った競技場。
「皆すまぬ。手加減ができなかった」
オリガは謝った。もう少し長引かせる予定であったのだ。
しょんぼりとしながら競技場を後にするオリガに、テオドールは声をかけることなく執務に戻っていく。
残された生徒たちは、モヤモヤとした気持ちを消化できないまま、帰宅の途についたのであった。
翌日から、学園の訓練場では、オリガの地獄の特訓を受けるキリアンが目撃されるようになった。キリアンの護衛もついでに訓練を受けている。
「そなたら今まで何をやってきたのじゃ」
のじゃ言葉は復活した。
キリアンが息も絶え絶えに反論する。
「王族にこのような訓練は必要ない」
「たわけ。そなた第七王子であろう。ほぼ無価値ではないか。せめて次期王を守れる盾となれ」
ひどい。聞いていた生徒たちが思わず耳をふさいだ。
「な、なんだと。我は優秀な王子だ。将来兄上を支え王国を導くと皆に期待されておる」
「留学先の王子の婚約者に決闘を申し込んで、離島をかすめとられたものが何を言うか」
キリアンは唇をかみしめて押し黙った。
「さ、次は木刀で素振り一万回じゃ。立て腑抜けども」
「オリガ様、根に持ってる」
生徒がぽつりとつぶやいて、はっと口に手を当てる。
「オリガ様、意外と嫉妬深いからな」
生徒たちはひそひそ話ながら教室へ戻っていく。
オリガのテオドールへの思いは、皆よく知っている。女生徒はテオドールに近づかない、話しかけない、視界に入らない、が学園の不文律だ。
「テオドール、好きじゃ」
いつも通りオリガはテオドールに告げる。
「ああ」
テオドールはしばらく考え
「まあ、私もオリガが好き、かもしれないな、と最近感じてきた」
オリガは昏倒した。
オリガの長い冬に、ようやく終止符が打たれた、かもしれない。
いつも通りオリガは婚約者であるテオドール第一王子殿下に思いを告げた。ド直球である。祖父の教えに従って、己の気持ちはまっすぐ伝えるのがオリガの生きる指針である。
「ああ」
いつも通りテオドールはさらりと流したが、オリガは気にしない。いずれ落ちるだろうと楽観的に考えている。
今日はテオドールとの週に一度のお茶会だ。テオドールは帝王教育と生徒会の運営で忙しい。本音を言えばもっと会いたいところであるが、会えない時間が愛を育てるらしいので、ぐっと我慢している。育っているのはオリガ側の愛ばかりではなかろうか、そんな疑問はそっと箱に詰めて庭の木の下深くに埋めた。
世の中には深く考えてはいけないことがあると、既にオリガは知っているのだ。
「学園に巨鳥が出たそうだな」
テオドールが紅茶のカップを受け皿に戻して話題を切り出す。
「モー以外に妙な動物がいたと報告を受けたが」
オリガはポンと手を打った。
「そうであった。テオドールにはまだ紹介しておらなんだの。そこいらにおるであろうから、呼んでみよう。メー」
テオドールが止める間もなく、オリガが指笛を吹き鳴らした。
「メー」
オリガの椅子の下にいつの間にか猫がちんまり座っている。オリガはメーをひざにのせると慣れた手つきで毛並みを整える。
「今度はメーか」
テオドールは嘆息した。
「そうじゃ。猫なのにメーと鳴くのじゃ。このあたりには変わった動物が多いの」
オリガは不思議そうに言う。
「学園の上には結界が張られておるというのに、巨鳥が襲ってくるというのも妙な話じゃ」
「その件については調べさせている。結界にほころびがあるのかもしれん」
「そうか。あの巨鳥は食べ応えがあったぞ。皆で焼いて食べたのじゃ。テオドールにも差し入れを持っていけばよかったの。すまぬ」
テオドールはふっと笑うと上着から一枚の紙を出し、オリガに渡す。
「まもなくガリウス王国のキリアン第七王子が学園に留学にこられる。学園内の案内をオリガに任せてもよいか?」
「もちろんじゃ」
オリガは誇らしげに胸を張って答えた。
ずらりと並ぶガリウス王国の面々に、オリガは優雅に礼をとる。
「お初にお目にかかります。ロッセリーニ公爵家のオリガと申します。本日学園の案内をさせていただく栄誉を与えられたこと、恐悦至極に存じます」
今日はのじゃ言葉は封印である。
「ガリウス王国第七王子のキリアンである。そなた美しいな、我の妻となれ」
己より直球な王族にオリガはたじろいだ。いくらオリガでも初対面の相手に求婚したりはしない。常識がないにもほどがあるぞ、オリガは思った。
「お断りいたします。わたくしはテオドール第一王子殿下の婚約者にございます。」
「それでは決闘だ!」
なぜなのか。オリガは途方に暮れた。意味が分からない。
「キリアン殿下、わたくしには決闘する理由が見当たりませぬが」
オリガが尋ねると、キリアンは堂々と言い放つ。
「好きになった女は力づくでもモノにせよ、というのが我が国の掟だ」
「その掟は見直す方がよろしいのでは……そこな侍従殿、そうそなたである。わたくしにはちっとも分かりませぬ。説明してくれませぬか」
キリアンの後ろでハラハラと事の成り行きを見守っていた侍従は、土下座する勢いで発言する。
「は、恐れながら申し上げます。我がガリウス王国におきましては、一度断られた求婚を決闘にて再度検討してもらうという風習がございます。もちろん女性は代理をたてることが可能です。そもそも貴国にはその風習がございませんので、断っていただければと……」
汗をダラダラ流しながら、暗に断ってほしいなとにおわせる侍従であった。
ふむ、何をもらおうか。オリガは考える。ガリウス王国は海に囲まれた国だ。そうだ、離島でももらおうか。テオドールとキャッキャウフフと水浴びをするのはよきことであるぞ。オリガは決めた。
「よろしいでしょう。ではわたくしが勝ちましたら、離島をいただきましょう」
「よいぞ」
初対面の王子と公爵家令嬢の決闘が決まった。そばで控えていた両国の官吏は白目になった。
噂を聞きつけた学園の生徒たちが見守る中、急遽設けられた円形の闘技場にキリアンとオリガは颯爽と現れた。二人とも自国の騎士服を着ている。
審判の騎士団長が決闘についての決めごとを述べる。
「武器なし、魔法なし、介添人なし、無手による勝負。一方が降参、もしくは円内から出た場合、他方の勝利とする。よろしいでしょうか」
「異議なし」
ふたりは高らかに宣言する。
つとキリアンは観覧席に座るテオドールを指さした。
「テオドール第一王子殿下、オリガは我がもらいうける」
テオドールは無表情のまま返事をしない。キリアンは次にオリガに告げる。
「オリガ、そなたテオドール殿下に愛されておらぬそうではないか。我の元にこい。我ならばそなたに毎日でも愛をささやこう」
観客席の生徒たちが息をのんだ。言っていいことと悪いことがあると思いまーす。じっとりとした目で生徒たちは闘技場のキリアンをみつめた。
超然としたオリガの目が少し揺らいだ。オリガはチラリとテオドールに目をやる。テオドールの顔にはいつも通りなんの感情も表れていない。
「揺れたな、オリガ。ガリウス王国の男は情熱的だ。そなたに愛は惜しまぬ」
オリガがまっすぐにキリアンを見返す。
「笑止。わらわの愛はただひとつ。とうにテオドールに捧げておる。そなたの愛などいらぬ」
オリガは透き通ったまなざしでキリアンを見定める。
「参る」
電光石火、オリガが拳を振りぬいた。
きれいな放物線を描いてキリアンは闘技場を飛び超え、はるか遠くに落ちる。
「弱すぎる……」
呆然としたオリガと、あまりの盛り上がりのなさに静まり返った競技場。
「皆すまぬ。手加減ができなかった」
オリガは謝った。もう少し長引かせる予定であったのだ。
しょんぼりとしながら競技場を後にするオリガに、テオドールは声をかけることなく執務に戻っていく。
残された生徒たちは、モヤモヤとした気持ちを消化できないまま、帰宅の途についたのであった。
翌日から、学園の訓練場では、オリガの地獄の特訓を受けるキリアンが目撃されるようになった。キリアンの護衛もついでに訓練を受けている。
「そなたら今まで何をやってきたのじゃ」
のじゃ言葉は復活した。
キリアンが息も絶え絶えに反論する。
「王族にこのような訓練は必要ない」
「たわけ。そなた第七王子であろう。ほぼ無価値ではないか。せめて次期王を守れる盾となれ」
ひどい。聞いていた生徒たちが思わず耳をふさいだ。
「な、なんだと。我は優秀な王子だ。将来兄上を支え王国を導くと皆に期待されておる」
「留学先の王子の婚約者に決闘を申し込んで、離島をかすめとられたものが何を言うか」
キリアンは唇をかみしめて押し黙った。
「さ、次は木刀で素振り一万回じゃ。立て腑抜けども」
「オリガ様、根に持ってる」
生徒がぽつりとつぶやいて、はっと口に手を当てる。
「オリガ様、意外と嫉妬深いからな」
生徒たちはひそひそ話ながら教室へ戻っていく。
オリガのテオドールへの思いは、皆よく知っている。女生徒はテオドールに近づかない、話しかけない、視界に入らない、が学園の不文律だ。
「テオドール、好きじゃ」
いつも通りオリガはテオドールに告げる。
「ああ」
テオドールはしばらく考え
「まあ、私もオリガが好き、かもしれないな、と最近感じてきた」
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