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10.90日目

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 再び自由を手に入れたぜ、最高の90日目! あと十日ー!

 え、監視人はどうしたかって? 眠らせておる。カミッコが首に巻きついてキュッとやった。ああ、そうさ、やろうと思えばいつでもやれたさ。

 でもねぇ、あの部屋、窓もなかったんだわ。逃げられないじゃーん。カミッコ探索網ができて、誰がどこにいるか瞬時に分かるようになったから、普通に扉から出てきました。

 シャバの空気はうまいね。個室のトイレは最高だね。シャワーも浴びてさっぱりしたので、さあ行ってみよう。カミッコがみつけた変な祠に。



 カミッコが探索網をせっせと構築してくれてるときに、とにかく抜け毛がたくさんある場所があったのですよ。カミッコ曰く、王都のすみっこにある小さな祠らしいんですよ。

 ふむふむあれだな。確かに、郵便ポストぐらいの小さな祠だ。お供えもしてある。水と焼き菓子と髪の束。なんで髪の束?


 首をひねっていると、若い男女がきて、お花と髪の束を置き、手を組んでお祈りし始めた。お祈りが終わったので、すかさず話しかけてみる。

「あのー、この祠って何ですか? どうして髪の束置いたの?」

 男女は顔を見合わせると、話始める。

「ここ、願いごとが叶うかもしれない祠なんですよ。お菓子とかお花、あと髪の束をお供えすればいいって昔から伝わってるんです、イグワーナさん」

「へー、そうなんだー……ってなんで私の名前知ってるの?」

 女の人が目をキラキラさせてイグワーナの手をギュッと握った。

「イグワーナさんの獄中日記、大好きです! もうすぐ処刑ですね、がんばってざまぁしてくださいね。王都中の人がイグワーナさんを応援してます!」

 ふたりはニコニコして何度も手を振りながら去っていった。

 
 そうか、私人気者なんだ。そうか。うへへ。

 いやー、まいっちゃうなー、うへへ。


 監視人の目があまりに厳しいので、カミッコを編集長のところにやって、念話で伝えたんですよねー。私がカミッコに念話する。カミッコが編集長の机の上で文章になる。それを編集長が紙に書く。

 大変だった、主にカミッコと編集長が……。

「王都の皆さん、こんにちは。イグワーナです。」

「あ、やっぱり、『漆黒の堕天使イグワーナがお届けする獄中日記、はじまるよー』の方がいいかな」

 なんて試行錯誤がそのまま編集長に伝わるわけですよ。編集長そのたびに書き直しよ。大変だよねぇ。

 途中で編集長に泣いて頼まれた。

「骨子だけ伝えてくれ、あとはなんとかするから」

 カミッコも、「そうしてあげてー、編集長泣いてるー」って伝えてきたわ。

 ごめんごめん。


 ま、そんな感じで、今王都で売れに売れてるらしいのよ、私の獄中日記が。表紙には漆黒の堕天使イグワーナの姿絵入りよ。表紙に絵を入れるってのが斬新だったらしいわ。美化しない、スレンダー体型のイグワーナよ。ボディースーツで体のラインもくまなくクッキリよ。

 ……編集長、そこはもうちょっとこう、さあ、ねえ……。少しは盛ってくれてもよかったんですよ。



 うへへへ。カミッコが大至急で調達してくれた獄中日記をニヤニヤ眺める。

 
 ニヤニヤしてると、お供えがスーッと消えました。ええっ、今、なんか、手が見えたんですけど!!


 ガコッ 開けてみたら開いた、祠が。


 恐る恐る中をのぞくと、祠の中で女の人が体育座りしてお菓子食べてる。


「ギャーーーー」

 私と女の人は同時に叫んだ。


「とうとう来たわね、イグワーナ」

「なーんだ、ファンの人か……ってなるかー。あんた誰、なんで中入ってんの? はっ、もしや賽銭泥棒? あんたさぁ、罰当たるよ。やめときなよ」

「だってわたしのお供えだもん。わたし、髪の神だもん。カミカミよ」

「……パクったな……」

「てへっ」

 てへじゃねー、憤る私を自称髪の神カミカミは、ぐいぐい祠の中に押し込み、私たちは落ちて行った。


 ドッシーン ってなると思いきや、フワンと受け止められた。うわー、髪の毛いっぱい。気持ちワルー。



 カミカミがいそいそとお菓子と水を出してくれる。……なんでしょう、なんか見た目パッサパサなんですけど、そのお菓子。私が疑惑のまなざしでお菓子とカミカミを見つめると、カミカミは案の定ワタワタし始めた。

「いや、あの、これはですね。先日、先々日ぐらいにお供えでいただきまして。そのー、あまり口に合わなかったので置いておきました。エヘッ」

「…………客に古いお菓子を出すなよー。……カミッコー、適当になんかお菓子買ってきて~。お金はこれで払ってね」

 ボディースーツの内ポケットから金貨を出してカミッコに渡す。カミッコがどっかから盗んできたお金だけどね。お金は天下の回りものって言いますからね。いいのいいの。


 
 カミカミが、カミッコの戻りをソワソワ~ウキウキ~しながら待ってる。何この神様、飢えてんのか?



「お帰りなさい! ありがとう! いただきます! ごちそうさま!」

 山盛りのお菓子が一瞬で消えた。カミカミの口の中に。

「…………おい」

 口の周りをベッタベタにしたカミカミが、私の呆れた視線にビクッとひるむ。

「あああああの、ごめんなさい。数百年ほどまともなモノ食べてなかったから……クスン」

「えええーそうなのー、かわいそうそれ。今から一緒にごはん食べ行く? おごったげるよ。」

 カミカミがしょぼんとした。

「わたし、この祠から出られないの。なんか結界があるみたいで。ほら、アレ」

 どれどれ。カミカミの指の先にはなんやら古めかしい護符のようなものが貼ってある。

 へー、なんだこれ。ちょっとつついてみると、護符はチリとなって消えた。


「…………やってしまったかも」

 振り返ると、後ろでカミカミが私に向かって五体投地していた。

「ごはん行きましょうか。おごってくれるんですよね。ヤッタネ」

「いいけど……神様が年下の人間にたかるって、世も末だな」

「だって、わたしお金持ってないですし。ぴえん」

「その最後に装飾つけるのやめろよー」

「イグワーナだってやってましたー」

「まあ、そうかもネ……」


 こうして髪の神と髪使いの人間は、王都中の食事処を道場破りしたのであった。




「そういうわけでさー、わたしも苦労したわーけー。必死で勉強していい大学入ったのに、就活ではわたしより低ランク大学の男子学生がほいほい内定取るじゃなーい。それでもめげずにやっと会社入ったら、同期の中でわたしが一番いい大学だったわけよー」

「はー」

「わたしはさー、仕事好きだったからすっごい働いたのねー。わたしが一番いい大学出てるんだから、わたしがトップに行くんだーって。でも結局大きな仕事は男子に行くわけよー。それで男子はどんどん成長のチャンスをもらえて出世していくじゃなーい」

「へー」

「女子は若いときはチヤホヤされて、下駄履かせてもらえるわけよー。でもあんまり重要な案件は任されないよねー。飲み会要員とか、男性社員の嫁候補とか、営業のときの雰囲気よくする係なわけねー」

「ほー」

「で三十歳になったら、いきなり手の平返されんのよー。おい、おばさん、いつまで会社にいるつもり、みたいな空気出してくんのよねー。頭くるよねー。気づいたら同期の男子はわたしより上行ってるのよー。おかしいだろゴルァッってなるよねー」

「あー」

「まーそれでもわたしは出世した方なのよー。役職ついたしさー。たださー、上の会議出るとさー、常に女はわたしひとりなわーけー。腫れ物に触れるみたいな扱い受けるのよねー。でさー、女は上に行こうと思ったら死ぬほど努力しなきゃいけないのよねー。プライベートも犠牲にして仕事中毒よー。男はさー、男ってだけで簡単に役職もらえんだよねー」

「おー」

「そうやって働いててさ、ハタと気づくわーけー。そろそろ子供産まなきゃ、じゃあ今すぐ結婚しなきゃってさー。それで突然焦って婚活するわーけー。でも日本の男性って、みーんな二十代女性が好きじゃなーい。男は若者から老人までくまなく、二十代女性が好きなのよねー。アホかと」

「うん」

「そりゃさー二十代女性は肌だってプリプリだし、なんかいい匂いするし、スレてなくてかわいいよねー。わたしだって二十代のときはそれなりにモテたもん。でもさー三十以上の女性はおばさんってあざけるあの風潮、なんとかならんか。おばさんってワードは人類使用禁止用語にしろや」

「語尾が乱れてきたヨ」

「なんとかやっと結婚してさー、子供産んだらさー、地獄だったね。わたしだって仕事してんのに、育児ヨメ、家事ヨメ、子供の習い事の送り迎えヨメ、学校行事ヨメ、近所付き合いヨメ、介護ヨメ。旦那は仕事しかしてねー。女にどんだけ背負わせるんじゃ、心当たりある男は全員ヨメに土下座で詫びんかい」

「苦労したネ」

「言ってくれたらやるのにーって言うんだよ、世の旦那どもは。おめー、言ったら機嫌悪くなんじゃん、家の雰囲気悪くなんじゃん。だからヨメは言っても無駄だなって、全部自分でやるようになんじゃん。おめーらさー、会社でもそうやってんのかよ。ちげーだろー、会社ではちゃんと気を利かせて、言われなくてもやんだろー」

「そうネ」

「わたしは思った。もし異世界転生したら、女に優しい世界を作ろうって。前世で天寿をまっとうして、この世界に転生して五千年もコツコツがんばったんだー。髪の神にまで成り上がったしー。やっと理想の世界もできたし、あとは任せたイグワーナ。テヘペロ」

「なるほどネ。五千年もよくがんばったネ……ってなるかー。お前かーお前が私を呼んだのかー。しかも話がなげーーーー」


 グリグリグリグリ。カミカミのこめかみをグリグリしてやった。


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