上 下
23 / 23
第三章 天青と藍晶は闇夜に輝く

仮契約

しおりを挟む
「さっさと答えを出せ。 我はあまり待つのは好きではないのだ」
「お願い、少しだけこの人と話をさせてちょうだい。すぐに済むから。そうしたら、私はあなたのところへ行くわ」

 焦れる青の妖魔への返答は、リリス自身が驚くほどに冷静だった。もちろん、その言葉は出任せである。窮地から抜け出す手があるという男の言葉を信じて、最後の手にかけてみたかった。

 リリスの言葉に反抗するかと思われた妖魔は、意外にも大人しく一歩引いた。戦いが長引けば、最悪相打ちになりそうなほどの気迫を男から感じたのだろう。 多少は妖魔のほうも怪我を負っているようだった。

「お前、本気なのか?」
「一発逆転できる方法があるんでしょう。そのやり方を教えてちょうだい」
「やむを得ない。多少お前にも覚悟が伴うが……」
「かまわないわ。話して」
「わかった、単刀直入に言おう。お前の魔力を貸して欲しい」

 その言葉にリリスは大きく目を見開いた。『魔力を貸して欲しい』ということはつまり――。

魔法使いウィザードの契約を結ぶの……?」

 まさか、と思って問いかけると、男はあいまいに頷いた。

「正式なものではない。仮契約の形で魔力をもらう」
「仮、契約……?」
「すまないが、時間が無いんだ。説明している暇も無い」

 そういわれて青の妖魔のほうへ視線を移すと、もう我慢の限界のようだった。リリスが来ないのなら自分が行ってやるとばかりに、じりじりと少しずつ歩み寄ってくる。

「説明なく仮契約を結ぶことを許してほしい。あくまで仮であって本当に契約するわけではないし、妖魔の契約に近いもので契約破棄に何の制約もつかない。 だから安心してくれ」
「遅いぞ、小娘、時間だ! 我のところへ来てもらおう!」

 吼えるように妖魔が叫ぶのと、男が立ち上がるのとは同時だった。何をされるのかわからぬままに手を引かれ、リリスは共に立ち上がる。すまない、というささやきとともに唇へ降ってきたのは柔らかな感触だった。

「――?!」

 優しく触れるように口付けられているだけなのに、体中の力が吸い取られていくようだった。遠慮がちに唇をついばまれ、そのたびに体から魔力がなくなっていく。酸欠でぼうっとする頭で状況を理解した時にはもう、男の唇はリリスから離れていた。

「こいつはお前に渡さない。さあ、観念しろ」
「仮契約を結んだだと? さては小娘、我を謀ったな! ええい許さぬ、許さぬぞ!!」

 気づけば男の体には妖魔を遥かに凌ぐ魔力が宿り、傷はすべて癒えていた。騙され怒り狂った妖魔がこちらへ突進してきたが、男は顔色一つ変えずに迎え撃つ。ふたつ、みっつと放たれた光の玉の威力は桁違いのすさまじい力だった。

  あっという間に行く手を阻まれ、今度は逆に傷だらけとなった妖魔は悔しがって地団太を踏んだ。だが男の持つ力に形勢不利だと感じたのか、あまり粘ることなく後退を始める。追いかけるようにして男がもう二、三発魔力を込めた球を放つと、妖魔の姿は完全に姿を消した。

「終わった、の……?」
「ああ、終わった」
「よかった……」

 訪れた静寂の中、リリスは目の前の事が信じられずにぼんやりと問いかける。はっきりと答えてくれる男の言葉に、戦いが終わったことを実感した。安心したせいなのか、これまでの疲労が一気におしよせ、ふっと体から力が抜けていく。慌てて支えてくれる男の手にすがったものの、少しずつ意識は遠のいていった。

「おい、お前……?!」

 暗転する視界の中。最後に聞いたのは、ひどく慌てる男の声だった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

ゲンパロミア

人都トト
ファンタジー
環境が悪い、世界が悪い、運命が悪すぎて失ったあの日のシリアス。 最悪に完結した失敗の人でなしどもに、パロディの再演を。 病いの消えたとある街で異形の医者もどきは日常の夢を見る。 人外×少女の日常渇望系創作です。 (個人的に行っていたイラスト創作を小説にしているだけなので、自己満足が多い文章です。ごめんなさい!)

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...