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第二章 出会いと別れは突然に

出会い

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 唐突にリリスは暗い意識のふちから覚醒した。まだ腹に残る痛みに顔をしかめながら、ゆっくり体を起こして立ち上がる。どこも縛られたりはしていないらしく、自由に動くことができた。

 完全に明かりのない部屋。すぐそばにあった小さな窓に目をやると、外は闇に包まれている。かすかに差し込む月光を頼りに周りを見回すと、そこは小さな部屋だった。壁際の小さな暖炉の中に薪はなく、ほとんど家具は見当たらない。 部屋の中央に唯一置かれたテーブルには、明かりの消えたランプがちょこんと鎮座していた。

 「ここは……?」

 先ほどリリスを捕まえた山賊はねぐらにつれて行くといっていた。だが、この部屋は屈強な男四人が住むにはいささか狭すぎる上、生活感がまったくない。テーブルやランプは埃が積もっており、部屋に敷かれた敷物はリリスが寝ていたものだけである。部屋には他にもたたまれた毛布らしきものが何枚か積んであったが、やはり最近使われていた形跡はなかった。

 どう考えても、山賊のねぐらではなく宿泊用の山小屋という印象だ。暖炉だけ不自然に掃除されているのは、リリスをここへ運んできた人物が掃除をしたのだろう。自分をここまで連れてきたのは誰なのか、さっぱりわからなくなった。別の山賊の仲間なのか、それとも──そこまで考えたとき、不意に聞こえた扉のきしむ音に、リリスははっと身を竦ませた。

 「誰?!」

 身構えた瞬間人影が向けた眩しい光に目を焼かれ、思わず目をつぶる。逃げることもできず、目を閉じたまましゃがみこんだリリスに、足音は容赦なく近づいてきた。

 「いや! 酷いことはしないで……!」

 カタン、とそばにランプを置く音が聞こえる。いったい何をされるのだろう。恐怖におびえて体がすくみ、動けない。カタカタと震えるリリスに、人影はそっと手を伸ばしたらしい。だがいきなり肩に触れられた手は、先ほどの恐怖を思い起こさせる。思わず反射でそれを強く払いのけ、無我夢中で足払いをかけた。人影はなぜかそれを防御することなく、まともに攻撃を受けて転んだ。

 転んだ先は、リリスの上だった。

 「うわっ!」
 「きゃあぁっ!」

 驚いた声と共に勢いよく倒れこんできた人影に、リリスは再度目をつぶる。だがいつまでも来ない衝撃に恐る恐る目を開けると、脇に置かれたランプの光に照らされて、透けるような銀髪がさらりと頬にかかった。どうやら転んだ瞬間に手をつき、衝突は避けたらしい。いったい誰なのだろう。そう思い、吐息がかかるほど至近距離にある顔を見たリリスは思わず息を呑んだ。

(なんて美しい瞳なの……!!)

 例えるなら、はるか北方の国の山脈でしか取れないという魔石、天青石セレスタイン。サファイアのように深い青色ではないが、嵐のあと雲間からのぞく空のように透き通った水色をしている。持てば魔力を高めるとされ、魔法使いたちの間では聖なる石として大切にされる貴重な石だ。

 空色の瞳に見つめられ、リリスの時間が動きを止める。 凍りついた時間を動かしたのは、男がかすかに息を呑んで身を引いた動作だった。
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