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第一章 奏でられる運命の終わりと始まり

始まり(2)

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 タイミングよくノックする音が聞こえ、リリスはあわててドアノブに飛びついた。もしかして、と期待を膨らませてドアを開く。そこに立っていたのは、リリスが待ち望んだ人だった。

 「やぁ、私の可愛い百合姫リリス、元気にしていたかい?」
 「──ルディ伯父様!!」

 いつ聞いても優しい、大好きな声が耳に届く。歓声を上げて、リリスは広げられる腕に何のためらいもなく飛び込んだ。伯父はリリスと同じ色の短い亜麻色の髪を揺らし、琥珀色の瞳を細めて笑う。変わらないぬくもりに抱きとめられ、そっと息をついた。それだけで、今までの暗い気分は嘘みたいにどこかへと吹き飛んでしまっていた。

 「お帰りなさい、伯父様! 伯父様のほうこそ怪我はない?」
 「おや、リリスは忘れてしまったのかな? 『くれないの魔法使い』と呼ばれる私とセレナ伯母さんの強さを」
 「忘れるはずないわ! ルディ伯父様とセレナ伯母様は私の誇りだもの」
 「そうか、嬉しいよ。リリスも元気そうで何よりだね」

 いつもどおりの会話を交わしたあと、ひとしきりルディの土産話で花を咲かせる。それはリリスが何よりも求めていたものだ。家族にすら味方のいないリリスにとって、数少ない至福の時間だった。

 「伯母様は元気? 私、伯母様にも会いたい」
 「ああ、また会ってやってくれ。きっと驚くぞ。久しぶりに会ったリリスがこんなに美人になっているんだからな!」
 「伯父様は昔から私のこと褒めすぎだわ……」
 「そんなことないさ。やわらかい亜麻色の髪も、とびっきり上等の蜂蜜みたいな琥珀色の目も、とっても綺麗だよ。 私が二十歳若かったら、間違いなくプロポーズしてるね」
 「伯父様ったら……セレナ伯母様に怒られても知らないわよ?」
 「そ、それだけは勘弁してくれ……頼むから、な?」

 リリスは伯母の名を出されたとたん弱くなる伯父の言いように思わずくすくすと笑い声をあげた。彼の妻であり魔法使いのパートナーであるセレナは非常に豪胆な女性で、いつもルディは尻にしかれてばかりだ。彼女もルディ同様リリスを幼いときから可愛がってくれており、リリスは実の母親以上に懐いていた。

 リリスの和やかな表情にルディも一緒に笑う。伯父の大きな手で髪の毛がぐしゃぐしゃになるほど頭を撫でられる。そうされるのがリリスはとても好きで、言いようのない安堵感に包まれた。自分にためらいもなく触れてくれる人はもうほとんどいない。そうして久しぶりに思い出した『楽しい』という感覚に、リリスは時を忘れて伯父と話し続けた。伯父と離れている間に起こった出来事、最近読んだ本の話──あれだけ味気なかった生活も、伯父に話すことを探してみればいくらでも話は出てきた。

 やがて夕闇が外を覆い始めたころ、ようやく二人は話をやめた。リリスは急いでベッド脇のランプに明かりを灯し、部屋を明るくする。気づけばもう夜だった。

 「おや、あっという間に夜になってしまったよ。私はそろそろ帰るとしよう。あまり遅くまで淑女の部屋にいては、君の父君に怒られてしまうからね」
 「父様ではなくて伯母様にでしょ、ルディ伯父様?」
 「はっはっは、これは一本とられた。降参だよ、私の可愛いリリス。今度はセレナもつれて会いに来よう」
 「絶対よ、伯父様」
 「ああ、約束だ」

 リリスにそう約束を残し、伯父は去っていった。ため息をつきながらゆっくりドアを閉めると、その音はやけに大きく部屋へと響く。どこからか入ってくる隙間風に体を震わせ、後ろを振り返ると、窓があけたままになっていた。リリスは窓辺まで重い足取りで歩き、夜風に当たってすっかり冷たくなったガラス戸を閉める。

 表情はうって変わって、伯父が尋ねてくる前の憂い顔へと戻っていた。限りなく沈む気分に押しつぶされるかのように、ふらふらとリリスはベッドへ突っ伏す。昼間の日の光を浴びていたためかふかふかになった枕に顔をうずめ、リリスは今日何度目かになるため息をついた。

 伯父が自分を訪ねてきてくれたあとはいつもそうだった。すごした時間が楽しすぎるために、虚無感や寂寥感も一段と大きく感じてしまう。伯父がいつもこの屋敷にいてくれたら、どれだけ自分は救われるだろう。考えても叶うはずのない願いを胸に抱きながら、リリスはそっと目を閉じる。その後少ししてから食事の用意ができたとメイドが呼びに来たころには、すっかりリリスは眠ってしまっていた。
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