(仮)攫われて異世界

エウラ

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9 無一文だったことに気付く

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着替えてる途中で気付いたが、これ、ナハトの服だ。

袖も裾も捲らないとズルズルのダボダボ。
パンツというかハーフパンツっぽい下着もウエストゆるゆるだったし。
何ならそのときに気付けよ、僕。

そういえば、立ったときのナハトを今初めて見た。昨夜はしゃがんでたし。
僕が一七〇センチぎりぎりくらいだから頭一つ分かそれ以上?
・・・・・・ってことは一九〇センチ越えてるかも。

くっ、羨ましい!

そんな横にも縦にもデカいナハトの服を着ると、いわゆる彼シャツっていうヤツになった。まあズボンも履いてるからちょっと違うけど。

ブーツはさすがに僕のを履いた。裾は折り曲げた上に中に入れ込んだから、まあ大丈夫だろう。あとで買い物だな。

「・・・・・・ん? あれ?」
「どうした?」

ハッと気付く。ナハトが怪訝そうに声をかけてきたがちょっと待って。

「・・・・・・僕、お金持ってない」

昨日、所持品を確認したけど日本円はおろか外国の紙幣もなかった。そもそもスマホやカード決済で現金は持ち歩かなかったし。

あれ? 小説あるあるで用意されてるとか日本の貯蓄をコッチのお金に換金されて実は持ってた、なんてことはないよな? そもそもコッチのお金がどういうものかも知らないし。

「・・・・・・どうしよう。ねえ、僕も冒険者っていうのになれる?」
「───ユラ」
「無理なら何でもやるから仕事探す間、少しここに居候させて欲し───」
「ユラ」

ああダメだ、あんなに訓練して身に着けた愛想笑いもポーカーフェイスもこっちに来てからちっとも仕事をしてくれやしない。

もう大人なのに、独りが当たり前だったのに、いざ違う世界に独り放り出されただけで実はこんなにも不安で動揺してたなんて。

「大丈夫だ、ユラ。心配ない」

焦って矢継ぎ早にナハトに話し続けるそんな僕を、ナハトはぎゅっと抱きしめて、心配ないって言ってくれる。

「・・・・・・っナハト?」
「俺が面倒を見るから心配ない」
「っでも、ナハトは仕事で僕を保護しただけだろう? 僕、仕事見つけたらすぐに出て行くから───」
「行くな。仕事を見つけても出て行かなくていい」

仕事を見つけたら出て行く、と言ったら更にぎゅっと抱きしめる腕に力が入ったナハトに不思議に思うも、住む場所のない今の僕にはありがたい提案だったので素直に頷く。
まあ、なるべく住み込みの仕事を探せばいいか。

「・・・・・・じゃあ、お世話になります」
「・・・・・・うん、何もしなくていいからずっといて」
「いやいや、世話になりっぱなしはよくないから炊事洗濯掃除やらせて?」

昔から『働かざる者食うべからず』って言うだろう。
僕は家事も掃除もデキる男だから、仕事を探す間はそっちで役に立とうと思った。
そこでナハトに聞いたら、炊事はともかく掃除や洗濯は魔法の『洗浄クリーン』で綺麗になるんだって。
そういうのは生活魔法といって僕でも使えるらしい。今度使ってみよう。

稀に魔力不足で使えない人がいても、そういう人は魔導具を使うんだって。

さすがは異世界。楽でいいや。

そんな説明を聞いていたとき僕のお腹がくーっと鳴って空腹を訴えてきて、ナハトと顔を見合わせ、小さく笑った。

「下で朝ご飯を食べよう。・・・・・・といってもパンと飲み物くらいしかないんだけど」

ナハトが気まずそうにそう言ったので一緒に一階に向かうと、リビングのテーブルの上には焼きたてらしいパンが山盛り盛ってある籠と牛乳? みたいな飲み物があるだけで、覗かせて貰った冷蔵庫っぽいものにはお酒以外入っていなかった。

冷蔵庫の上に乗っている保存庫という扉付きの小さな箱も見たけど、そっちは空っぽだった。

「・・・・・・いつも外で食べてて・・・・・・すまない」
「・・・・・・」

───うん、典型的なダメ大人の見本だ。
家のことは僕がやろう。まあ、物が散らかっていない分、マシな方だな。散らかすほど物がないというのもあるが。

僕は再認識し、決意を新たにした。

牛乳っぽいものは、よくよく聞いたら牛に似たミーノという家畜の乳だそう。普通に市場で手に入るんだって。
パンは朝イチでパン屋に買いにいってくれたらしい。

「ありがとう。美味しいよ、これ。ミーノ乳? も濃くて甘い。美味しい」
「それはよかった」

にこにこ微笑みながらナハト自身もいくつかパンを口にして満足そうだった。

僕も自然に笑っていた。
こんな穏やかな朝は初めてだな。

パンはさすがに食べきれず、残りは保存庫に仕舞う。保存庫はやっぱり僕のポーチみたいに時間停止付きの魔導具なんだそう。アイテムボックスというそうだ。
中身が空っぽだったのは僕の見間違いではなく、本当に空っぽだったらしい。入れたら頭にリストのようなモノが浮かんで、焼きたてパン一籠とあった。あとは何もない。
この魔導具、僕も使用者に登録したから使えるんだって。冷蔵庫も同じように登録したそう。

「いつ登録っていうのやったの?」
「最初に冷蔵庫と保存庫を確認のために触ったろう。そのときに俺が登録しておいた。魔力での登録だから安全だよ」
「・・・・・・なるほど?」

詳しく聞くと魔力は一人一人違うそうで、だから冒険者ギルドタグも偽造したり他人が成りすまして使うことも出来ないんだって。向こうでの指紋や虹彩みたいなモノか。

「別に登録しなくても使えるが、制限を設けないと他人も使い放題でマズいだろう? 今までは大した物も入れてないから気にしなかったが・・・・・・」
「お酒しかなかったねぇ」
「・・・・・・」

無言で気まずそうに目を逸らすナハトにちょっと笑った。
今後は僕とナハト以外は開けられないそうだ。

他にもキッチンには使われた様子のないコンロやオーブンらしき魔導具もあった。
鍋やフライパンというような調理器具も見当たらない。
調味料は言わずもがな。
本当に料理しないんだな。まあ、しなさそうな見た目ではあるが。
逆にエプロンとか付けてバリバリ料理出来る人だったら、それはそれでギャップでいいかもしれないけど。

それはともかく、こんなに日本と似通った便利魔導具グッズ、僕みたいに過去に転移者とか転生者とかいて発展させたのかなと思う。それくらい現代日本の文明の利器がちらほら見受けられる。
これなら僕の持つような銃もありそうだ。
でも念のため、諸々の確認が取れるまでは使わないで仕舞っておこう。

「ユラ、このあと冒険者ギルドに行ってギルドマスターに会って貰いたいんだが」

一人心の中で頷いていると、笑顔を引っ込めたナハトがそう言ってきた。
そういえばギルドの仕事で調査に来たって言ってたっけ。当然僕も色々聞かれるよね。

「うん、分かった。服はこのまま借りてても?」
「ああ、構わない。報告が済んだら帰りに色々買いに行こう。・・・・・・食材も」
「ありがとう、助かる。お金は出世払いでね」
「ははっ、そんなこと気にするな」

ナハトはなんてことないように笑ったけど、タダより高いモノはないと知っている僕は、絶対に稼いで返すと誓った。








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