8 / 68
7 聖域の異変と拾ったもの 2(sideナハト)
しおりを挟む
北門を出てからはひたすら走る。
移動に馬を使う冒険者もいるが、向かった先での馬の管理に困る。人がいればいいが、大抵は依頼中は馬を放置することになるからな。
馬に逃げられたり魔物に襲われたりしたら目も当てられない。
そもそも俺の場合は気配に怯えて動物は萎縮してしまう。
いや、普通の動物はおろか屈強な冒険者の男達でも震えて動けなくなるからいつも気配を消しているのだが、稀に気配に敏感なヤツがビクッとしてたりする。
そういうわけで移動はひたすら歩くか走るに限る。ちっとも苦ではないが時間制限とかあるとまどろっこしいと思う。
ちなみに吸血鬼なので蝙蝠にもなれるが、サイズも両の手の平を並べたくらいの大きさでさほど大きくもなく、飛行速度は走るより遅いので却下だ。
そうしてひたすら走ることおよそ半日。
エクシズの森の入り口に辿り着いた頃にはすでに日が沈んでいて、辺りはすっかり闇に包まれていた。
俺はここで蝙蝠に変化した。
森の中は浅いところに魔物が出現するが、奥に行くにつれ聖域の浄化作用で魔物は立ち入れなくなる。
更に湖に近くなると魔物ではない普通の動物すら近寄らなくなるので、本当に何の気配もしない。ゆえに聖域に入れる資格を有していてもわざわざ来る者もいない。
どちらかというと力の弱い精霊達のための聖域なのだろう。
生物は皆、大なり小なり体内で魔力を生成して生きている。そしてその魔力を溜める器が身体にある。
しかし個人差があり、その器が小さかったり逆に大きいのに生成出来る量が少なかったり。
ただ大気中にも魔力はあって、器に空きがあればそれを身体に取り込むことも可能だ。
世間一般に知られてはいないが、実はこの大気中の魔力は精霊達の発する魔力なのだ。
魔力を体内の器ではなく魔石という魔力を溜められる石に取り込み魔法に変換するのが魔導具というものだ。
魔法があまり使えない者もそのおかげで日常生活が楽になったり、魔物達から身を護ったりしている。
───ようするに、そんな大気中の魔力の源になっている精霊達を保護する場所が『聖域』というわけだ。
その中心となる湖まで行くのに深い木々の隙間をぬって走るのは骨が折れるため、ここでは蝙蝠の小ささが役に立つわけだ。魔物も躱せるからな。
そうしてヒョイヒョイと進み、夜更けに湖に辿り着いた俺は、蝙蝠のまま湖の畔に近付いていった。
───人の気配がする。・・・・・・いや、人──じゃない? むしろこの気配はエアリアルに似ていて・・・・・・。
地面に見つけた焚き火のあとと、そばの大木の枝に見つけた小さな気配。
幹に背を預けて薄いシートのようなモノに包まって眠っている・・・・・・少年?
薄い金色の柔らかそうな髪に白い肌。伏せられた目蓋を彩る、長い金色の睫毛。その下の瞳は一体何色だろう。
そしてシートから出ている華奢な足。
息をしているのか心配になるほど呼吸は静かだ。
しかし俺みたいに気配を消すのが上手いな、なんて感心しながらそばまで翔んでいき、変化を解いた瞬間───。
・・・・・・驚いて息を呑んだ。
彼の左手に握られた漆黒のナイフが俺の喉元に迫っていた。
咄嗟に踏み留まったからよかったものの、あと少しで切れていた。まあ、俺は首を刎ねられても死なないけどな。
だが普通に痛覚はあるので痛いのは勘弁願いたい。俺はMではない。
閉じられていた目蓋が上がり、翠や青の混じった澄んだ強い光を放つ瞳が俺を刺すように睨んだ。
瞬間、ゾクッとした何かが背筋を走った。
───これだ。俺が求めていたモノだ。
何故か直感で分かった。逃がしちゃいけない。囲い込め。手放すな。彼は俺の───。
そこまで一瞬で考えてハッと我に返った。
「・・・・・・何者だ」
俺の気配を感じ取り、なおかつ殺れるだけの技術を持つ少年・・・・・・。いくら聖域にいられる存在とはいえ、あまりにも物騒過ぎる。
「・・・・・・それはこっちのセリフ。アンタこそ誰?」
質問に質問で返されて若干イラッとするが、それもそうかと息を吐いて気持ちを切り替えると、両手を上げて敵意のないことをアピールする。
それから自身の名乗りとここに来た理由を話すと、彼はナイフを仕舞った。俺を信用したのだろうと思ったが、どうやらそうでもないようで・・・・・・。
魔物という言葉や聖域を知らない様子で、首を傾げた。
俺も思わず首を傾げて考えた。
───もしかして記憶喪失? もしくは知識の偏りが酷い?
・・・・・・並外れた戦闘センスと関係があるのだろうか?
無表情の下でキョトンとした雰囲気が感じられて、ハッと意識を戻すと話の続きをする・・・・・・が、やはり常識とか欠落している感は否めない。
すると自ら聖域の異変はおそらく自分で、どうしてここにいたのか記憶が曖昧だと申告してきた。
おいおい、マジか。
これは天然なのか謀略なのか。・・・・・・うーむ、今までのやりとりだけでみると前者のような気がするが・・・・・・。
「ココにいたら、マズい?」
そう上目遣いで言われて、表面上は平静を装ったが内心ではチャンスだと思い、彼を保護の名目でアムリタの俺の家に連れ帰ることにした。
俺の言葉に顔を上げた少年の瞳がガッツリ合った。俺は吸血鬼特有のスキルで瞳を輝かせ、彼を眠らせると周囲に残されたモノがないかを確認し、シートで華奢な身体を包むと左肩に抱えて木々をぬうように走り出す。
蝙蝠では運べないからな。
回収するモノが人だとは思わなかったが、俺にとっては僥倖ともいえる出逢いだった。
それに深夜、吸血鬼の俺には格好の時間だ。
昼間よりも格段に全ての能力が底上げされるから、こんな軽い少年一人抱えてアムリタまで走って帰るのなんて朝飯前。・・・・・・朝飯前なんて吸血鬼が使うのは間違ってるか。夜飯前? まあどうでもいいか。
今の俺は気分がいいからな。
───このあと、彼が少年ではなくすでに成人済みの青年だと知るまで、色々と一人悶々としながら堪えることになるのだが───。
※もう少しナハト視点続きます。
移動に馬を使う冒険者もいるが、向かった先での馬の管理に困る。人がいればいいが、大抵は依頼中は馬を放置することになるからな。
馬に逃げられたり魔物に襲われたりしたら目も当てられない。
そもそも俺の場合は気配に怯えて動物は萎縮してしまう。
いや、普通の動物はおろか屈強な冒険者の男達でも震えて動けなくなるからいつも気配を消しているのだが、稀に気配に敏感なヤツがビクッとしてたりする。
そういうわけで移動はひたすら歩くか走るに限る。ちっとも苦ではないが時間制限とかあるとまどろっこしいと思う。
ちなみに吸血鬼なので蝙蝠にもなれるが、サイズも両の手の平を並べたくらいの大きさでさほど大きくもなく、飛行速度は走るより遅いので却下だ。
そうしてひたすら走ることおよそ半日。
エクシズの森の入り口に辿り着いた頃にはすでに日が沈んでいて、辺りはすっかり闇に包まれていた。
俺はここで蝙蝠に変化した。
森の中は浅いところに魔物が出現するが、奥に行くにつれ聖域の浄化作用で魔物は立ち入れなくなる。
更に湖に近くなると魔物ではない普通の動物すら近寄らなくなるので、本当に何の気配もしない。ゆえに聖域に入れる資格を有していてもわざわざ来る者もいない。
どちらかというと力の弱い精霊達のための聖域なのだろう。
生物は皆、大なり小なり体内で魔力を生成して生きている。そしてその魔力を溜める器が身体にある。
しかし個人差があり、その器が小さかったり逆に大きいのに生成出来る量が少なかったり。
ただ大気中にも魔力はあって、器に空きがあればそれを身体に取り込むことも可能だ。
世間一般に知られてはいないが、実はこの大気中の魔力は精霊達の発する魔力なのだ。
魔力を体内の器ではなく魔石という魔力を溜められる石に取り込み魔法に変換するのが魔導具というものだ。
魔法があまり使えない者もそのおかげで日常生活が楽になったり、魔物達から身を護ったりしている。
───ようするに、そんな大気中の魔力の源になっている精霊達を保護する場所が『聖域』というわけだ。
その中心となる湖まで行くのに深い木々の隙間をぬって走るのは骨が折れるため、ここでは蝙蝠の小ささが役に立つわけだ。魔物も躱せるからな。
そうしてヒョイヒョイと進み、夜更けに湖に辿り着いた俺は、蝙蝠のまま湖の畔に近付いていった。
───人の気配がする。・・・・・・いや、人──じゃない? むしろこの気配はエアリアルに似ていて・・・・・・。
地面に見つけた焚き火のあとと、そばの大木の枝に見つけた小さな気配。
幹に背を預けて薄いシートのようなモノに包まって眠っている・・・・・・少年?
薄い金色の柔らかそうな髪に白い肌。伏せられた目蓋を彩る、長い金色の睫毛。その下の瞳は一体何色だろう。
そしてシートから出ている華奢な足。
息をしているのか心配になるほど呼吸は静かだ。
しかし俺みたいに気配を消すのが上手いな、なんて感心しながらそばまで翔んでいき、変化を解いた瞬間───。
・・・・・・驚いて息を呑んだ。
彼の左手に握られた漆黒のナイフが俺の喉元に迫っていた。
咄嗟に踏み留まったからよかったものの、あと少しで切れていた。まあ、俺は首を刎ねられても死なないけどな。
だが普通に痛覚はあるので痛いのは勘弁願いたい。俺はMではない。
閉じられていた目蓋が上がり、翠や青の混じった澄んだ強い光を放つ瞳が俺を刺すように睨んだ。
瞬間、ゾクッとした何かが背筋を走った。
───これだ。俺が求めていたモノだ。
何故か直感で分かった。逃がしちゃいけない。囲い込め。手放すな。彼は俺の───。
そこまで一瞬で考えてハッと我に返った。
「・・・・・・何者だ」
俺の気配を感じ取り、なおかつ殺れるだけの技術を持つ少年・・・・・・。いくら聖域にいられる存在とはいえ、あまりにも物騒過ぎる。
「・・・・・・それはこっちのセリフ。アンタこそ誰?」
質問に質問で返されて若干イラッとするが、それもそうかと息を吐いて気持ちを切り替えると、両手を上げて敵意のないことをアピールする。
それから自身の名乗りとここに来た理由を話すと、彼はナイフを仕舞った。俺を信用したのだろうと思ったが、どうやらそうでもないようで・・・・・・。
魔物という言葉や聖域を知らない様子で、首を傾げた。
俺も思わず首を傾げて考えた。
───もしかして記憶喪失? もしくは知識の偏りが酷い?
・・・・・・並外れた戦闘センスと関係があるのだろうか?
無表情の下でキョトンとした雰囲気が感じられて、ハッと意識を戻すと話の続きをする・・・・・・が、やはり常識とか欠落している感は否めない。
すると自ら聖域の異変はおそらく自分で、どうしてここにいたのか記憶が曖昧だと申告してきた。
おいおい、マジか。
これは天然なのか謀略なのか。・・・・・・うーむ、今までのやりとりだけでみると前者のような気がするが・・・・・・。
「ココにいたら、マズい?」
そう上目遣いで言われて、表面上は平静を装ったが内心ではチャンスだと思い、彼を保護の名目でアムリタの俺の家に連れ帰ることにした。
俺の言葉に顔を上げた少年の瞳がガッツリ合った。俺は吸血鬼特有のスキルで瞳を輝かせ、彼を眠らせると周囲に残されたモノがないかを確認し、シートで華奢な身体を包むと左肩に抱えて木々をぬうように走り出す。
蝙蝠では運べないからな。
回収するモノが人だとは思わなかったが、俺にとっては僥倖ともいえる出逢いだった。
それに深夜、吸血鬼の俺には格好の時間だ。
昼間よりも格段に全ての能力が底上げされるから、こんな軽い少年一人抱えてアムリタまで走って帰るのなんて朝飯前。・・・・・・朝飯前なんて吸血鬼が使うのは間違ってるか。夜飯前? まあどうでもいいか。
今の俺は気分がいいからな。
───このあと、彼が少年ではなくすでに成人済みの青年だと知るまで、色々と一人悶々としながら堪えることになるのだが───。
※もう少しナハト視点続きます。
672
お気に入りに追加
1,103
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~
クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。
いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。
本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。
誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。
異世界転生して病んじゃったコの話
るて
BL
突然ですが、僕、異世界転生しちゃったみたいです。
これからどうしよう…
あれ、僕嫌われてる…?
あ、れ…?
もう、わかんないや。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
異世界転生して、病んじゃったコの話
嫌われ→総愛され
性癖バンバン入れるので、ごちゃごちゃするかも…
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
異世界に召喚されて失明したけど幸せです。
るて
BL
僕はシノ。
なんでか異世界に召喚されたみたいです!
でも、声は聴こえるのに目の前が真っ暗なんだろう
あ、失明したらしいっす
うん。まー、別にいーや。
なんかチヤホヤしてもらえて嬉しい!
あと、めっちゃ耳が良くなってたよ( ˘꒳˘)
目が見えなくても僕は戦えます(`✧ω✧´)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる