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1 攫われた
しおりを挟む満月が煌々と輝く深夜二時───。
月明かりで波がきらきら輝く海辺。寄せては返す波の音しか聞こえないそこに、一人佇む人影。
僕は五十嵐唯颯、ひと月前に二十歳になったどこにでもいそうな青年だ。
でも、僕の容姿も家もちょっと普通とは違っていた。
父は日本有数のIT企業の社長で四五歳になるというのに三〇代と見紛う若々しいイケメン。
黒髪に切れ長の焦げ茶色の瞳に一八〇センチを越える高身長、バランスよく鍛えられた細マッチョの日本人。
普段は穏やかだが敵意を剥き出すと鋭利なナイフのように雰囲気が変わる。
母はイギリス人で柔らかく色素の薄い金髪にアクアマリンのような色の瞳を持つ、おっとりした性格の小柄な女性だ。背は一六〇センチに届かないかもしれない。
四二歳だがいわゆる美魔女で童顔のため、こちらも下手をすると二十代後半に見られて僕の姉と間違われることもしばしばある。
本人は間違われても満更でもない様子だ。
そんな二人の長子として生を受けた僕は母親に瓜二つの金髪、アクアマリン色の瞳。垂れ目がちな中性的な顔で身長も一七〇センチを越えるか越えないか。
・・・・・・この先ももう少し成長すればいいと思っている。無理かな。
あとは五歳年下の双子の弟と妹がいて、弟は髪と瞳の色こそ母譲りだが、父にそっくりな容姿と決断力、立ち回りが上手い。妹は反対に色味こそ父だが容姿は母に似ておっとりマイペースで愛嬌がある。
僕はといえば、性格は父のような苛烈な面と母のようなおっとりマイペースな面の両方あると思う。
ただ僕はちょっと協調性がなくて、一人で過ごすことが多い。社交的ではないんだ。
優柔不断なところもあり、ここぞというときに父のように上手く立ち回りが出来ずに失敗することもしばしば。
跡取り息子として物心つく前から英才教育を受けていたので、文武両道でそういう能力は高かったけど、会社の経営には向いていない───そう判断されたのが日付が変わる前日の夕方、双子の一五歳の誕生日祝いのパーティーのとき。
その席で弟は正式に次期後継者に指名された。
僕はどんなに頑張っても、少し前に迎えた二十歳の誕生日のときもそれに触れられず、惨めに弟達の誕生日の席で知らされたんだ。
僕は今までの訓練の賜物で笑みを浮かべ続けていたが、内心では動揺しまくっていた。
───そう、僕には事前に知らされもしなかった。
『見限られた』───そう思わざるを得ないと思わない?
こんなの、あんまりだと思わない?
そんな僕に与えられた役目は、ウチや会社関係、いやそれ以外にも要望があれば他所の人間の邪魔になる相手など邪魔者を消す裏の仕事───。
実は五十嵐家は裏家業で汚れ仕事をしているんだ。
僕は物心ついた頃にすでにそのことを知らされていて、自分の身を守る以外にもその仕事を熟すことを見越した訓練を受けていた。
母はもちろん知らない。母を溺愛する父がそれを耳に入れることはない。母は籠の鳥だから。
弟妹はどうだろう。
妹は母のように囲われていて知らないだろう。弟は知らされていると思うが僕みたいな訓練は受けていないはずだ。
だってあんなに綺麗な手をしているんだから。
僕は自分の手をジッと見つめた。
手入れされていて一見綺麗な手に見えるが、銃やナイフを握るときの肉刺とゴツゴツと骨張った指。
───何よりこの手は、すでに血に塗れていた。
この仕事を知らされ訓練を受けたあの日に、すでに僕の運命は決まっていたんだ。
「───は・・・・・・ははっ・・・・・・」
馬鹿みたいだ。
とっくのとうに見限られたことに気付かず、いつかきっと認めて貰えると二十歳の誕生日後も鍛錬を怠らないで必死に頑張っていたのにこの仕打ち。
乾いた笑いをあげて満月を見上げて呟いた。
「ここではないどこかへ行きたいな」
それに応えるように大きな満月が一瞬、大きくブレたような歪んだような気がして。
気付けば僕は波に攫われ、月明かりだけの海の中に沈んでいた。
波は穏やかに寄せては返すだけで、その音以外は何も聞こえなかった。
※裏稼業→裏家業に修正しました。
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