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5 騎士は魔導師を想う
しおりを挟むロザリンドは急いで自分の食事をかき込み、摘まんで食べられそうなサンドイッチをトレイに載せてそっとセイリュウの執務室に戻る。
ロザリンドが戻ったのを確認して、廊下に立っていた護衛騎士がお辞儀をして昼休憩に入る。
小さくノックをして中に入ると、セイリュウが片付いた机に突っ伏していた。
ロザリンドが戻ったことに気付いていない。
「・・・・・・レグルス父様・・・会いたい・・・」
誰とはなしに呟いたのだろう。
しかしロザリンドにははっきり聞こえた。
レグルス父様・・・彼のいた辺境地の神殿の神官長の名だ。
---知る人ぞ知る王弟殿下・・・。
確かに彼を父親代わりに育ったのだからそう言うのも不思議ではない。
誰かに聞かれたとしても気に留められる事は無いだろう。
・・・しかし、彼の方とセイリュウの髪の色は親子と言っても違和感が無い。
光の加減で青く光って見える珍しい色なのだ。
今は疲れ果て、手入れのされていないパサパサのゴワゴワで、皆、気付いていないが。
もしや、と思う者も出てくるだろう。
もちろんその時は全力で護る所存だが。
「・・・・・・誰か・・・・・・僕を、癒して」
掠れた声で、思わずといった感じの弱音・・・。
こんな職場環境ではそんなこと言えないだろう。
誰かに揚げ足をとられる。
一人だと気を抜いたか。
それとも堪えられなくなったか・・・。
出来ればそれを、俺がいるところでも見せて欲しい。
いや、俺だけに見せて欲しい・・・。
---俺は宮廷魔導師団の護衛、警護を主とする第三騎士団の副団長だ。
正式な名はロザリンド・デューク・オーディンという。
異母兄が後継の公爵家の次男だ。
俺の母は隣国の末王女だ。
前公爵夫人が早世し、国王陛下が俺の母をオーディン公爵家の後妻に望んで実現したとか。
しかし一国の姫を、例え末の王女とはいえ隣国の公爵家の後妻になど不敬だろうと騒がれたが・・・。
実は俺は公爵家の血を引いていない。
---末の王女だった母は、懇意にしていた自身の護衛騎士に降嫁して婚姻予定だったが、騎士が急死。
しかしすでに王女の胎には俺が宿っていた。
困り果てていたところに、どう調べたのか、隣国の公爵家の後妻になればその公爵家の実子として育てると打診があり、それを飲んだそうだ。
書類上の夫婦で体の関係はなく、後継はオーディン公爵の血を引く兄と定め、公爵夫人として家を取り仕切るだけだそうだ。
これは物心ついた頃から極秘として母から聞いた。
幸い、俺の容姿は母に似て、髪の色も義理の父である公爵と同じ金色で、瞳は母の色の翡翠色だったので、見た目に違和感が無かった。
内情を知る父も兄も邸の使用人達も俺達に優しく、不幸だと思ったことは無い。
公爵はずっと、儚くなった前夫人を愛し操を立てているし、母も亡き騎士を想い、操を立てている。
俺は恵まれている。
それに比べて、セイリュウ殿は・・・。
僅か14歳で無理矢理入団させられて、妬み僻みを一心に受け、馬車馬のように働いて、寝る間も惜しんで国のためにと頑張っているのに・・・。
弱音を吐く人も場所も無い。
何とかしてあげたいと常々思っていた。
そもそも上役には護衛騎士がつくのが慣例の為、ひと月前に副師団長になった時に当然彼にも護衛騎士をつけたのだが、誰一人としてその役目を果たしていなかったのだ。
ただ扉の前で立っていただけ。
朝、様子を窺いに執務室に入ることも無ければ声をかけることも無い。
時間になったら行って、立って居るだけ。
時に持ち場を離れて他の騎士や魔導師や使用人と雑談をしてのんびり過ごす事も。
夜の交代での護衛もろくにしていなかった。
そもそも、護衛の任務を受けた騎士が誰一人として副師団長に顔見せも挨拶もしていないというではないか。
当然、副師団長は自分に護衛騎士が居ることすら知らないだろうと・・・。
それを聞いたときは腸が煮えくりかえるのが分かるくらいの怒りだった。
そんな護衛騎士達は、全員4年前の事件を経験していない若手ばかり。
当然だ。
あの時命を救って貰った騎士達がそんなぞんざいな扱いをするわけが無い。
そしてそれを率先して推奨していたのが我が第三騎士団の団長殿だったとはな・・・。
明らかに俺のミスだ。
自身への怒りと団長への怒りが限界突破した。
恥を知れ!!
思わず団長の執務机をたたき割ったのは良い思い出だ。
おかげで団長以下、馬鹿をやった騎士達も素直に言うことを聞いてくれるようになったが。
そうしてもぎ取った副師団長護衛の任。
初勤務の朝、意気込んで向かった執務室で、ソファからずり落ちて寝落ちしていたセイリュウを見つけた。
一瞬、死んでいるのではと思うほどピクリとも動かない痩せた体。
目元には濃い隈がくっきりと・・・。
そうっと抱き起こしてソファに横たえ、顔を近づけて漸く微かな寝息が聞こえてホッとする。
触れると折れそうな腕を慎重に揺すり、声をかけると寝起きのぼんやりした青紫色の瞳が俺を映し、その後、驚愕の色と共に見開かれて。
『---っすみません・・・寝過ごしましたか?』
そういって謝ってきた。
いや、貴方が謝ることは何も無い。
就業時間前だし、何なら明け方まで仕事に忙殺されていたのだろう?
それなのにろくに食事を摂る事もせず、おざなりに身繕いをすると机に向かっていった。
そうして再び書類を捌き始める。
俺のことなんて空気のように思っているのだろうか、いや、寝不足と疲労で周りに気が回らないのかもしれない。
これほどまでに劣悪な環境とは思わなかった。
だが気を取り直して挨拶をする。
『私は本日付で副師団長専属護衛になりましたロザリンド・デューク・オーディンと申します』
『・・・そう』
俺を見ずに生返事でひと言そう言ってひたすら仕事に没頭するセイリュウ殿。
実は4年前にも一度会っているのだが、覚えていないのか思考が回っていないのか・・・うん、きっと後者だな。
これは俺が護って癒してやらねばと、そうとしか思わなくなっていた。
隣接した給湯室でお茶を淹れて持っていけば、ハッとしてこちらを見た。
やはり驚愕の瞳で。
『・・・まだ居たんだ』
思わず漏らした声に笑って応えた。
『私は貴方の専属護衛騎士ですから』
『・・・ぇ、うそ・・・マジで?』
『これから毎日お世話致しますよ』
『・・・・・・はぁ?!』
驚き、思わず言葉が崩れたセイリュウ殿にクスリと笑って甘いミルクコーヒーと焼き菓子を差し出す。
それを黙って黙々と口に運ぶセイリュウ殿に思わず子リスを重ねてしまった。
可愛いな。
その唇にキスしたいな。
不意に自分の気持ちを自覚して。
---ああ、俺はこの方を愛しているんだ。
4年前のあの日から、ずっと・・・・・・。
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