箱庭

エウラ

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君の箱庭(sideサイファ)

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ムスッとしていたラトナがうとうとしだしたのに気付き、軽く背中をトントンとしてやると、俺の膝の上でぺしょんと丸くなって眠ってしまった。

「・・・・・・可愛い」

思わずといった感じで頬をほんのり染めたカインが呟いたが、本当にそう思う。

「いやあ、サイファの番いじゃなければモフり倒してるよねー」

シヴァ兄上がにまにましながらラトナを見つめている。

「本当にねえ。私達竜人って、基本的に小動物には怖がられるものね」
「この世界では頂点に立つ強者だからな。大抵の生き物は本能で畏れるから」

母ルナールと父トレヴァがそう言った。
実際、近寄られることはまずないし、近寄っても終始ビクビクしているので、可哀想になってこちらも遠慮して近づかないのだ。

「そんなところにこんな可愛いもふもふの、しかもカーバンクルなんて幻獣が現れて、更には我々を畏れないのだからな」
「嬉しい誤算だ」

そう、小動物との触れ合い皆無のせいで、総じて竜人は基本的に可愛いもの、小さいもの、弱いものを愛でて護る傾向にある。

そんな竜人の国の、しかも王族の番いとなれば城の者も必要以上に警備を厳重にし、見守ってくれるだろう。

ここはラトナのための安全で平和な箱庭となるのだ。
あの小島も確かにラトナにとっては穏やかな箱庭だろうが誰もいない島だ。
これからはこの箱庭で俺や家族と賑やかに過ごそう。

───君はたぶん囲われているなんてちっとも気付いていないだろうけどね。

「・・・・・・それで、寿命の方は擦り合わさったけどのはいつ頃になりそうなんだ?」

父王が穏やかに聞いてきたが、まだ小さいカインの目の前で出す話題じゃないんじゃないか?

そう思ってちょっと半目で見たら笑っていた。

「心配せずとも大丈夫だよ。こう見えてもすでに番いのことは勉強中だから。いつ出会うか分からないんだから早めに教えておかないとね」

父王が言う前にシヴァがそう言った。カインを見ると頷いたので、それもそうかと納得する。俺も確かに早く教わったな。

「・・・・・・今日目覚めたばかりだから、明日はゆっくりして一応明後日から蜜月に入るつもりで予定を組んでる。あとは、まあ、ラトナの気持ち次第で・・・・・・」

ザッと聞いた前世の話だと、恋愛ごとには縁がなくて心も身体も真っ新だったらしいし。

「でも、ラトナは見ての通り陽気で単純で素直な子だから『まあいっか』でサッサと済ませそうなんだけど」

俺がそう言うと、今の短い時間だけでラトナの性質を読み取ったらしく、皆もその様子を想像したのかふふっと声を潜めて笑った。

「そうだな。まあ元々お前の公務は今は入れてないから、気の済むまで篭もるといい。ただ、無理はさせるなよ?」
「それは、はい、もちろん」

壊れないように大事に抱くからね。

「・・・・・・あー、ネチっこくするのもほどほどにな?」
「・・・・・・ネチっこいんだね、兄上は。そして嫌がられるんだね?」
「あー、え、いやあ・・・・・・ははは! じ、じゃあまたな! 次は人型で会いたいなあ!」

はっはっは、と誤魔化すように席を立った兄上を追って苦笑しながら暇を告げる義姉と甥っ子を見送ると、父達も席を立った。

「では我らも執務があるのでな。城の者達にも以前から通達しているが、何事もラトナを最優先に動けよ。───神の神託もあるゆえ」

父の言う───ラトナにはまだ告げていない大事なこと。
このあと目覚めたら伝えるつもりだ。

「はい。ありがとうございます」
「ゆっくり過ごしてね。ああ、でも獣人型で話すラトナも見たいわ。夕餉でも会えるといいわね」
「本人がいいと言えば」
「うむ。ではな」

去って行く両陛下をそのまま見送れば、この四阿には侍従のナージュと少し離れたところに待機している護衛の近衛騎士数名のみになった。

先ほどとはうって変わって静かになった四阿にはそよ風が流れている。

「・・・・・・よかったな、サイファ」
「・・・・・・ああ、ありがとう。ナージュ」

砕けた口調で親しげに話すナージュは、俺の幼馴染みで近衛騎士団長ルーカス・タナトスの子息だ。
俺と同じ次男で、騎士にはならずに俺に仕えてくれている気の置けない親友だ。
そのため、公でなければ普通に接してくれる。

「それにしても、一月前にお前が不意に王城ここに転移して戻ったときは何事かと思ったぞ」

そう言って斜め向かいの椅子にドカッと座るナージュに苦笑いする。
侍従なんてしてて優雅そうに動くのに、素はけっこうおおざっぱなヤツなんだよな。

「それは悪かったと思ってるって。でもあのときは嬉しくて周りが見えてなかったんだよ」
「それはそうだろうが、だからってひと言の連絡もなく意識のない獣人を横抱きにして転移して来てさ。いくら自分の部屋だとはいえ驚くだろう」

そう言われて一月前の出来事を思い浮かべる。

・・・・・・ああ、確かにあとで振り返ればとんでもない騒ぎだったよな。



───あの日、深い眠りに入ったラトナを抱えてファフニールの城にある自分の居室に転移をすると、ちょうど部屋の掃除をしていた使用人がいて鉢合わせになり、叫び声を上げて部屋の外に走って行って。

「・・・・・・何なんだ、いったい」

自分の部屋なんだから転移して来てもおかしくないだろう?
そう思いながら、すでに整えられていた寝室のベッドにラトナを横たえるとひとまずシーツをかけた。

着替えさせたいが如何せん着せる服がない。

穏やかな顔で眠るラトナの額の髪を掻きあげると、カーバンクルの象徴である真紅の宝玉が輝いていた。

「獣人型でもここにあるんだな」

やはり獣人型でもラトナはカーバンクルなんだなと物思いに耽っていると、廊下から慌ただしい足音が複数人聞こえてきて眉をひそめる。

するとノックもなしにバンッと扉が開いて兄上が近衛騎士達を引き連れて現れた。

「静かにして下さい。番いの身体に障ったらどうするんですか」

今は寿命合わせの変化に入ったところなのだ。何かのきっかけで上手くいかなくなるかもしれないのに。
用心するに越したことはない。
それでおそらく威圧が出てたんだと思う。兄上も護衛騎士も若干顔を青ざめさせていたから。

「───す、すまなかった。お前、今と言ったか? 使用人がさっき、お前が誰か連れて転移してきたというので、私が慌てて確認に来たわけなんだが」
「ええ、番いですね。今日、やっと見つけたので連れ帰ったわけです」
「本当か!? それは喜ばしい! その、お相手の番いは? 私が見てもいいか?」

兄上の言葉に番いのことを話せば、ぱあっと明るい顔になって会わせて欲しいと言う。
・・・・・・本当は誰にも見せたくないが、ラトナの事情が事情だし、と渋々会わせる。

「・・・・・・彼? 可愛いな。獣人か? 耳などを見るに、猫、とは違う。狐?」

そう見えるのも不思議じゃない。だが決定的に違うところがある。
前髪に隠れて見えづらいから、俺は黙ってその前髪を掻きあげた。

「───っ!? サイファ、この額の・・・・・・!?」

ギョッとした兄上に教えてあげる。

「宝玉です。信じられないでしょうが、彼はなんです」
「!? 本当か!? いやしかし・・・・・・これは。いやいや、カーバンクルって幻獣だよ!? 獣人じゃないんだよ!? 本物見たことないけど!」

珍しく慌てふためいて叫ぶ兄上を見て後ろで控えていた近衛騎士達もギョッとしている。
絶滅危惧種となってもはやその姿を見ることのなくなった幻獣、それが何故か獣人の姿でここにいる事実。

「彼がカーバンクルの姿になるところもしっかり見てます。・・・・・・おそらく彼だけ特殊なんです。───実は───」
「失礼いたします! 神殿から神官長がお越しです。第一王子殿下、第二王子殿下ともにお話があるとのことで至急謁見の間にお越し下さいとのこと!」

ラナトから聞いた話をしようとしたときに近衛騎士が一人、慌ててやって来てそう言った。
このタイミングで来たということはラトナ関係かもしれない。

兄上と俺は顔を見合わせて頷いた。

「───っ、分かった。すぐ向かう」
「ナージュを呼べ。彼をラトナのそばに付ける」
「───こちらにおります」
「聞いていたかと思うが、彼はラトナという。カーバンクルであり俺の番いで、今は魂の番いになるための眠りに入っていて目覚めることはないと思うが、世話と警護を頼む」
「畏まりました」

見るとすでに待機していたナージュ。俺はザッと説明するとあとを任せて着の身着のまま謁見の間に向かった。

俺達が謁見の間の手前にある待機場所に着くと、すでに父──国王陛下がいた。俺達を見ると微笑んで頷き、中へと入っていく。そのあとに続くと、神官長がすでに頭を下げて待っていた。

「ファフニールの太陽にご挨拶申し上げます」
「ああ、口上はよいぞ。楽にして話すといい、神官長。何やら緊急の話があるとか。一体どうしたのだ?」

神官長は頭を上げてこちらを見上げた。
その顔はなんというか、高揚して若干潤んだ目をしている。

「実は先ほど、我らが神エウリクスから御神託が降りました」
「───何と!? 真か! して内容は?」
「はい。第二王子殿下のお番い様のことでございます。お番い様はこことは違う異世界生まれでカーバンクルに転生された方だと」

それを聞いた陛下が俺を見て聞いてきた。

「───っ、サイファ。先ほど番いを伴って帰ってきたと聞いたが、どうなのだ?」
「はい、確かに本人からもそう聞いております。異世界に猫の姿でいた神を助けようとして命を落とし、こちらに転生されたと」

まあ、転生自体は本人の望みではなかったようだが。

そう言ったら神官長や陛下、兄上、それに謁見の間にいた宰相や近衛騎士達が一瞬ざわっとした。

しかしそれも仕方ないだろう。
神と知らずに、善意で助けるために自身の命を犠牲にしたのだから。

「───なるほど、それで・・・・・・。実は神からくれぐれもよろしく頼むと言われたのです。『神の愛し子』だからと」

神官長の言葉に再びざわめく。

「! それは・・・・・・そういう経緯であれば神が慈しむのも当然だな」

陛下も動揺を隠しながらそう言った。
なおも神官長は続ける。

「それであとから分かったようですが、本来はこちらに生まれるはずだった魂が別世界に転生していたようで、この出来事は必然・・・・・・運命だったのだと」

───ああ、そうか。だからいくら探しても欠片も番いの気配を感じられなかったのか。
もし神との出会いがなければ、俺は一生、番いに出会えないままだったかもしれないのだ。

「しかし、我が聞いた話だとサイファのその番いは獣人の姿であったと」

陛下がそう言って首を傾げた。
まあ実際、獣人型で連れて来たからな。

「はい、何故か獣人型になれるカーバンクルなのです。それも神が関わっているのかもしれません。本人も分からないようですので」
「そうか。まあ、いずれにせよ本来ならば番えない幻獣だが番いであることに変わりはない。神の御墨付きもあるからな。ここにいる者はもちろん他の者も、彼──ラトナと言ったか、彼を全力で護るように」
「御意!」

騎士達が一斉にそう言った。
もちろん俺達も同じ気持ちだ。

「神官長はご苦労であった。何かあればまた知らせよ」
「畏まりました」

こうして謁見が終わり、陛下と兄上は今後の話のために執務室に向かい、俺は自室へと向かった。
転移でも戻れるが、さっきのように騒ぎになっても面倒なため自力で戻る。

───ああ、本当は全部俺が世話をしたいがさすがに王子という立場上難しいからな。
まあ、ナージュならばある程度は許容しよう。

寿命合わせの変化はおおよそひと月かかるらしい。それまでは付きっきりで世話をしよう。

そのあと目覚めたら、きっとたくさん質問攻めにされるんだろうな。

そして色々文句を言ったあと、きっと君は笑って言うんだ。

『まあいっか』と。


───。

少し風が強くなってきた。ラトナには寒いかもしれない。

「部屋に戻るぞ、ナージュ」
「畏まりました、サイファ様」

膝の上の温もりをそっと抱え上げる。
ナージュがブランケットをかけてくれ、そのまま包むと歩き出した。

「・・・・・・ぅみゅ・・・・・・もう、お腹いっぱいぃ」

寝言をむにゃむにゃ言うラトナに二人して顔を見合わせて笑う。

穏やかな日だった。










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