箱庭

エウラ

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俺の箱庭 1

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俺のことを『番い』だというサイファに色々と聞きたいことはあったが、サイファに名を聞かれてちょっとキョトンとした。

うーん、正直に言ったほうがいいのかな? さっき俺を害することはないって言ってたし、信用してもいいのかな?

でもまあ、事実だから別に言ってもいいか。

「名前、ないよ?」

その言葉に何やら衝撃を受けたサイファを見て色々察した。
たぶん彼は、俺が生まれてすぐに捨てられて名無しなんじゃ───って思ったよね?

「捨て子とかじゃないからね?」

胡乱げにそう言えば、じゃあ何なんだ? って顔をした。
サイファってクールな見た目でカッコいいのに、感情が読みやすい気がして思わず笑ってしまった。

「うーん、まあいっか。ちょっと奇想天外なことを言うけど、頭がおかしいヤツとかって言って襲わないでね?」
「そんなことしない! (別な意味で襲うことはあるかもしれないが)」
「? それならいいや」

後半、小さすぎて聞こえなかったけど殺されないならいい。

そうして俺は異世界転生するに至った出来事と、ここに転生してからのことを大ざっぱに話して聞かせた。

長話になると思って、俺は木の洞に腰かけ、サイファはそばに倒木を持ってきて座った。

「───というわけで、俺は別の世界で三〇年近く生きた記憶はあるけど、この世界では一年足らずで他に接触した人がいないから何も知らないんだ」
「・・・・・・それで名前がないと」
「うん。覚えてるのは前の身体の名前だからね。それにここに住んでいる分には不便がなかったからそんなこと忘れてた」

俺の名を呼ぶ相手がいないんだから必要ないよな。

「でも今はサイファさんがいるから、ないと困るよね? うーん、どうしよう。こっちの人の名前なんて思い付かないな───そうだ!」

ちょうどいいじゃん! 適任者が目の前にいるよ!

「サイファさんが付けてくれない? 俺の名前!」
「───は? え? ・・・・・・いいのか?」
「うん。お願いします!」

面倒なんで押し付けるよ! きっといい名前を付けてくれそう!

───このとき俺は、番いが自分の番い相手に真名を贈る意味を知らずに軽い気持ちでそう告げたんだけど。

あとでサイファに説明されてギョッと真っ白な顔が更に顔色をなくして、のちの笑い話になるのだが。

しばらくうんうんと悩むサイファをニコニコ顔で見つめる俺。
誰もいないからツッコまれないけど、ちょっとおかしな空間だったろう。

「・・・・・・『ラトナラジュ』。その瞳と額の紅玉を意味する言葉。至高の紅玉という意味だ。真名がそれで普段は『ラトナ』と呼ぶ。どうだろうか?」

真剣な面持ちのサイファがそう言って、俺は口に出して呟いてみた。

ちなみに真名は番いにしか教えないし他人は呼べないらしい。うーん、異世界の不思議。
それだとサイファも真名があって、これは愛称みたいなモノなのか。あとで教えてくれるのかな?

「ラトナラジュ、ラトナ・・・・・・うん、凄く素敵な名前だ。ありがとう、サイファさん! この世界で生まれて初めての贈り物、俺の名前!」

嬉しい気持ちでそう言って笑ったら、何かカチリと自分の中とサイファの中が繫がったような感覚があった。

「・・・・・・んん?」
「───っ魂で繋がった。・・・・・・アレは本当だったんだ」
「? アレ? 何・・・・・・?」

サイファが何か話しているけど、俺は急激な睡魔に襲われてそれどころじゃなくなっていた。

何? どうしたんだ、俺?

「大丈夫。そのまま眠っていて、愛しい俺の番い。俺達はになったんだ。この島では色々世話が出来ないから、俺の実家に連れて行く」
「・・・・・・サイファ、さんの、実家?」
「ああ。次に目が覚めたらちゃんと番えるから、今はおやすみ。大丈夫、転移魔法で島にはいつでも戻れるから」
「・・・・・・ぅん・・・・・・分かっ・・・・・・」

そこで俺の意識は途切れた。
たぶん深い眠りに入ったんだと思う。

サイファが言ってることは半分も理解してなかったけど、とりあえず寝ていいことは分かったので呑気に眠っていたんだ。


───そうして次に目覚めたときには、見知らぬ天蓋付きの大きなベッドで、傍らにはあの日出会ったサイファがシンプルだけど質のよさそうな衣服を纏って俺を蕩けるような笑みで見つめていた。

ギョッと驚いて再びカーバンクル本来のもふもふに戻ってしまった。
着ていたらしい寝衣は本物の服だったらしくそのまま残って、俺はその中で溺れそうになってアップアップと暴れてしまった。

「・・・・・・っぷ、あはは・・・・・・っ」

見かねたサイファが服をかき分けながら俺を引っ張り出してぎゅうっと抱きしめた。

「・・・・・・はぁ。無事に目覚めてくれてよかった」
「・・・・・・あの、ここって・・・・・・」
「ああうん、俺の実家」

やっぱり寝落ちる前の会話は夢じゃなかった。
何がどうしてこうなってるのかちんぷんかんぷんだけど、サイファがいるから、まあいっか。

「・・・・・・色々と聞きたいことはたくさんあるんだけど」
「うん。まあ落ち着いたら徐々にね。ひとまず何か食べようか。調子はどう?」
「全く問題ないよ。でもお腹は空いたかな」

もふもふだからそう見えないだろうけど、お腹と背中がくっ付きそうだよ。

そう言ったらサイファは笑って俺のお腹に顔を埋めた。
スーハーと吸われて擽ったい!

「───ああ、ひと月振りのラトナラジュのもふもふだ」
「ちょ、擽ったいから止めろ───ひと月?」

ん? 今ちょっとおかしな言葉が聞こえたような?

「ああ、ちょうどひと月。だからそろそろ目覚める頃だと思って───」
「───ひと月!? そんなに寝てたの、俺!? いくらなんでも寝過ぎだろう」

聞き間違えじゃあなかった。え? 何で? さすがに寝過ぎだよな!? どこかおかしいのか、俺?

「落ち着いて、ラトナラジュ。大丈夫だから」

ワタワタと暴れ出した俺を宥めるようにとりわけ優しい声で俺の名を呼ぶサイファに、ハッとする。

何かサイファに真名を呼ばれると酷く安心する自分に動揺した。

「大丈夫だから。番い同士は、愛称や真名を呼ぶだけで心が満たされるんだ。悪いことじゃない」
「・・・・・・そうなの?」

確かに悪い気は全くしないけど。むしろ嬉しいような気持ちになる。

「ああ。そうだ、俺も最初サイファと名乗ったが、俺の真名も教えるよ。『エルサイファルド』というんだ」
「・・・・・・エルサイファルド。カッコいい名前、真名だね」
「ふふ、ラトナラジュにその名で呼ばれてめちゃくちゃ嬉しい。もの凄く幸せな気分だ」

うわ、サイファが蕩けるような笑みでそう言ったから何かこっちも照れる。二人だけの、特別って感じだ。

「その辺りも含めて混乱しないように少しずつ説明するから、まずはお腹を満たそう。・・・・・・そういえばカーバンクルは何を食べるんだ?」

ああそっか、前は出会って話して終わっちゃったもんね。それに幻獣だから生態はあまり知られていないのかも。
かく言う幻獣本人も全然分からないんだけどな・・・・・・。

「とりあえずあそこでは木の実や果物が主食だった。あとはデザート感覚で食べられる花とか?」

そう言うとサイファは頷いた。

「そうか。じゃあひとまずいろんな種類の果物を出して貰おう」
「あ、言っておくけど俺は身体に見合った量しか食べられないからね? たくさんあってももったいないからね?」

手を付けて残ったらポイッってダメだよ!

「残ったら俺が食べるから大丈夫だ」

サイファがそう言ったのでホッと一安心。元日本人としてはもったいない精神が染みついてるからね。

そんな会話をしながらサイファに抱っこされて運ばれる俺をガン見する大勢の使用人や騎士らしき人達にちょっとビクビク。

───あの部屋の調度品とかでも思ってたけど、ここってもの凄くお金持ちの家だよね? この世界では初めて見る建物だけど、どうみても庶民の家じゃないよね?
そもそも庶民の家に普通は使用人や護衛騎士らしき集団はいないだろう。

・・・・・・寝る前、サイファの実家に行くって言ったよね? だからここはサイファの実家で、てことはとてつもなくお金持ちのお坊ちゃまってことだよね、たぶん。

廊下は長いし、部屋もたくさんあるし。手入れされた庭も広いし。
俺、一人じゃ絶対に元の部屋に戻れないな。

しばらく黙ってそんなことを考えていた。その間、ずっとスーハー吸われてて現実逃避していたともいう。

・・・・・・今更だけど、俺、カーバンクルの姿を晒してて大丈夫なのか?

何かめちゃくちゃ不安になってきたんだけど。

思わずサイファの胸に顔を埋めてしまった。サイファは俺の不安を感じとったのか、ポンポンと俺の背を撫ぜるとクスッと笑って囁いた。

「心配いらない。この城には俺の番いを害する者はいない。それにラトナラジュがカーバンクルだと知って襲うような不届き者は俺が全力で排除するから安心していい」
「ぅん・・・・・・ん? 城?」

今、城って言った?

「え? 気にするところ、そこ?」
「城ってお城だよな? 俺の記憶が正しければ、えっと、王様が住むような家だよな?」
「そうだな。両親は国王夫妻で歳の離れた兄の第一王子と義姉の王子妃に彼らの第一子の甥がいる。俺は第二王子という身分だ」
「・・・・・・ひえっ・・・・・・」

えええ、ちょっと想定外なんだけど! お金持ちどころの話じゃないじゃん。国の最高権力じゃん、国のトップじゃん!

「・・・・・・えーと・・・・・・お邪魔しました?」

そう言ってそろっとサイファの腕から抜け出そうとしたら、更にガッシリ抱き込まれてちっとも動けなくなった。ぅおい! 苦しいわ!

「・・・・・・逃げるな、ラトナ」
「いやいやだってそんな大層なご身分の方とは露知らず数々の無礼千万お許し下さいごめんなさい離して今すぐ島に返してー!」
「───っぶ!」

ノンブレスでそう言いきったら、サイファではない誰かの吹き出す声が聞こえてピタリと動きを止める。

そしてブリキのおもちゃのようにギギギギッという感じで声のした方を振り向くと、いつの間にか庭園の四阿に着いていて、そこには先客がいた。

その中の一人が吹き出した張本人だったようだ。

ラフな格好だがサイファによく似た髪と瞳の四十代に見えるカッコいいオジサン。
その隣には三十代に見える金髪に翠色の瞳の美人な女の人。

反対側にはサイファそっくりだけどサイファより年上の男性と銀髪に紫色の瞳の若い美女。その間にちょこんと行儀よく座る十歳くらいの黒髪に紫色の瞳の可愛らしい男の子。

・・・・・・これはもしかしなくても今の流れで言うと、確実にアレですよね?

「やあ、初めまして。私はサイファの父で竜人の国ファフニールの国王、トレヴァだ。笑ってすまなかった」
「サイファの母で王妃のルナールよ。よろしくね」
「兄のシヴァだ。義弟になるのだから気楽に話そうね」
「義姉のエリザよ。よろしくね、可愛らしい義弟さん」
「甥のカインです! か、可愛い・・・・・・仲良くして下さい!」

そう言って口々に自己紹介されて半ば放心状態になった俺は、サイファのもふもふ吸いに我に返った。

「オイコラ、サイファ! そういう大事なことは一番最初に教えとけ! 寿命が何年か縮んだろうがー!」
「いやいや、大丈夫。寿命はどちらか長い方に擦り合わせたから早々縮まないし簡単に死なない」

ぷにぷに肉球をサイファの顔面にタシタシと、猫パンチならぬカーバンクルパンチを繰り出していると、全くダメージを負うこともなくむしろご機嫌になっているサイファから爆弾発言が飛び出してきて・・・・・・。

「───はああああ───っ!?」

驚いて思わず叫んじゃったじゃんか───!











※三話で終わりそうにありません。続きます。



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