箱庭

エウラ

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箱庭

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誰もいない、ただ綺麗な花々や木々、緑の生い茂る小さな離れ小島。

そんな場所にある日、ポツリと生まれた小さな命。

それは小さな小さな生き物。

体長十五センチほどの真っ白な毛並みと紅い瞳。
額には瞳と同じ真紅の宝玉を持ち、猫のような狐のような長い耳とふさふさの尻尾が愛らしいカーバンクルという幻獣の幼獣。

その宝玉を手に入れたモノは幸せになれるという。そのため心無いモノに度々捕獲されて命を落とし、数も激減した存在。

本来はカーバンクルの親がいて、彼らから生まれるのだが、この幼獣はちょっと違った。

「───ここ、ドコだ?」

小さい身体を四つん這いで起こすと、草花に埋もれて全く見えない周りを見渡して溜め息を吐く。

どうにも生まれて間もない幼獣の仕草ではない。どちらかと言うと老成した大人である。
しかも本人にはその自覚があった。

「───はー・・・・・・。いくら時間がなかったからって、神様、もう少し情報を教えておいて欲しかったなぁ・・・・・・」

───そう、俺は地球からの転生者。

社畜ってほどじゃないがそこそこグレーな会社で安月給で働いて、たまに猫カフェで癒されるもうすぐ三十路の平凡なサラリーマンだ。
念のため言っておくが老人じゃないぞ。気持ちは年寄り臭いが。

その日の夜遅く、地球に遊びに来ていたというこの異世界の神様の仮の姿であった猫が、偶然俺の目の前で車に引かれそうになっていたので咄嗟に助けに入って、結果、打ち所が悪く死んだ。

神様は神様だからぶつかっても死ななかったらしい。しかも普通の人には見えないそうだ。

ナニソレ、俺死に損? むしろ急に車に飛び込んで自殺したように見えるヤバいヤツ認定?
俺を跳ねちゃった運転手にエラい迷惑とトラウマを植え付けてしまったー!

なんて、死んだあとその神様のいる空間で頭を抱える(イメージの)俺に、地球の神様から許しは貰ったからと問答無用で異世界転生させられたわけ。

ちなみにあの事故は地球の神様がなかったことに処理してくれたそうだ。必然的に俺の存在も記憶も消されたわけだが。
だからこそ異世界転生が許されたのだと。

まあ運転手がトラウマにならなくてよかったんじゃないか?
俺は家族も早いうちに亡くしてるし、深い仲の友人も恋人もいなかったし別にいい。

とまあ、そんなことをザッと説明されたあと、そもそも神の領域に長く留まると魂に様々な影響が出るからとか何とか言って、本当にサッサと転生させられた。

神様、雑!
異世界情報の説明不足は否めない! というか全く説明されてない!

「・・・・・・まあ、異世界だって言うなら魔法とかありそう。どうにか確認したい。・・・・・・ところで俺はどうみても人間じゃないよな?」

今更だが、四つん這いで見える手足はどうみても小っさい生まれて間もない獣の足で、しかもふわっふわの白い長毛。
はい、自分で自分が癒されます!

「もうコレは異世界あるあるで例の恥ずかしいセリフ言っちゃおっかなー!」

そう、超有名なアレ。使える世界とそうでない世界があるが、ここは神様を信じて!

「ステータスオープン」

さすがに叫びはしなかった。俺、三十路の分別ある大人。

───フォン、という軽い音が聞こえた気がして目の前を見ると、タブレットみたいな半透明の画面が映し出された。
やりぃ!

「・・・・・・あー、種族『カーバンクル』? ネットでもふもふの検索したときに出て来たな。地球には当然いない幻獣・・・・・・まあもふもふだからいいか」

もしかしたら神様のところで影響が出た末のこの生き物なのかもしれない。
でもまあ、下手に人間だとしがらみとかウザいからちょうどいいかも。

問題はどう生活すればいいのか、ってことなんだけど・・・・・・。
ステータスを見ても種族しか分からないって、俺がポンコツなだけ? ソレともこの世界の常識?
わけ分からん。

「カーバンクルって、何食べてるんだ? さすがに生肉は精神衛生上食べたくない」

そもそもこの小さな身体じゃ狩りなんて到底無理だろう。そもそもここに他の動物なんているのか? そういう気配が全くしないんだが。

うーん、草花に木の実、果物?

「まあ、幻獣っていうくらいだしそう簡単には死なないだろう。・・・・・・神様のお詫びなんだろうし」

転生直前に『幸運値爆上げしといたからな!』って聞こえたから、たぶん大丈夫だと・・・・・・思いたい、うん。
確かにカーバンクルは幸運の幻獣って言われてたし。

・・・・・・アレ? でもソレって他者を幸運にするって意味じゃ───?

ソレがフラグになるとも知らずに、俺は呑気に気ままな幻獣ライフを満喫するのだった。



───ソレから早いものではや一年が過ぎた・・・・・・と思う。いやカレンダーなんてないから体感で?

俺は猫の成長と同じくらいのスピードで育った。
体長は、まあメインクーン並みにデカくはなったかな。相変わらず真っ白もふもふの毛玉だ。いつも自分で自分を癒やしてる(笑)。

驚いたことに、俺は一年経ったある日、急に人の姿になった。
人と言っても耳と尻尾が生えた、いわゆる獣人ぽい姿だ。
朝、目が覚めたら急に人の姿になっていて、ふさふさの毛がない状態にマジでビビった。

しかも髪は真っ白、額の宝玉と瞳は真紅。肌も病人かというくらい真っ白で、アレだ、アルビノみたいな。
近くの泉の水でぼんやりと見えた顔は前世の十代の俺だったと思う。
色味が違いすぎて別人に見えるかもしれないが。

そして当然のように真っ裸だった。

服なんてカーバンクルに手に入れることは出来ないし、そもそもこの小島にはそんな店はおろか人っ子一人いないわけで。

そう、ある程度大きくなってから色々と探検したのだ。
この小島は海にぽつんと浮かぶ無人島だった。半径ニキロくらいだろうか。
高い木の天辺から見渡すと、はるか遠くにちょこっと大陸が見えるくらい離れてる。
だから誰もいない。誰も来ない。
来るのは虫や鳥くらいだろう。

だから裸でもいっかー! なんて一瞬思ったが、いやいや前世人間の三十路の男には羞恥心というモノがある!

魔力で何とかならないかな? って考えたらチュニックみたいなワンピースみたいな服を身に纏っていた。
うん。人型の時はコレでいいや。獣型に戻るときは勝手に消えるし。

どうやら自分の意思で獣から人型に切り替えできるらしい。昼間は人型で動きやすく、夜はもふもふの獣型に戻ろう。自前の癒やし(笑)。

そうしてなんてことのないいつもの長閑な生活を過ごしていたんだけど───。

ある日の朝。

目が覚めてすぐに人型になり、寝床代わりの木の洞から出ると、誰かいた。

「・・・・・・・・・・・・第一異世界人、発見?」

思わず呟いた俺をガン見するその人は、人型になった俺の身長よりもはるかに背が高い。二メートルはあるんじゃないだろうか?
細いけどガッシリした筋肉質の体型で漆黒の長髪を三つ編みにしていて、切れ長の瞳は綺麗な蒼色だった。

服装は、うん。見たことないけど前世の知識でいうところの冒険者っぽい?
軽装備だけど胸当てやグローブ、ロングブーツにフード付きのローブ。
腰には長剣ぽいのを佩いている。

なんて呑気に観察していたから、目の前に伸ばされた腕に気付くのが遅れて、びっくりして慌ててしまい、カーバンクルの姿に戻ってしまった。おかげでその腕は空を切ったけれど。

でもこれ幸いと、俺は踵を返してその場から逃げ出した。

だって俺の本能がヤバいって言ってる。
捕まったら一生逃げられないって。

そもそもなんでここにいるのか、理由が分からなくて怖い。

後ろも見ずに一心不乱に駆けていった先は、この島で一番大きな樹。
その天辺に躊躇なくよじ登っていく。

そして息を切らせてようやく振り向くと、目の前にさっきの男がいた。
しかも何か羽根が生えてる!?

「───ひゃあっ!?」
「───見つけた。俺の───」

驚き固まった俺を今度は確実に捕まえて腕に掻き抱くその男に慌てて暴れる俺。

「暴れないで。貴方を害することは絶対にしないから」
「いやいやむりむり! 初対面でそんなこと信じられるわけないじゃん!」
「・・・・・・大丈夫、貴方は俺のだから」
「うがーっ! ナニソレわけ分かんないこと言うな!」

番いって、たぶん伴侶みたいなことだろう? そもそも俺は男! 雄!
この世界じゃ同性愛とか異種族の婚姻って当たり前なのか!?

「・・・・・・誰も貴方にそういうことを教えなかったのか?」

疑問に思ったらしい男が首を傾げた。
教わるもなにも───。

「そもそもここには俺一人! 親兄弟も仲間もいないんだよ。誰に教わるんだっての!」
「・・・・・・一人? ずっと?」
「目覚めたときから一人だから。アンタが初めて見た人! ・・・・・・人?」

人なのか? いやいや羽根が生えてる時点で人じゃなくねえ?

「ああ、俺は竜人だ。ずっと番いを探してた。やっと見つけた」

ああ、そうするとアレって羽根って言うんじゃなく翼か。西洋の竜の翼みたいな。

「───あー、もー、わけ分からん。ねえアンタ───」
「───俺の名はサイファという」

間髪入れずにそう言われた。うん、別にいいけどね。

「・・・・・・そうですか。サイファさん、とりあえず俺の寝床に戻りましょう。色々聞きたいけど、ここじゃゆっくり話が出来ないから」
「・・・・・・分かった」

ワタワタが一周回って落ち着いた俺は、この竜人だというサイファさんとひとまず寝床代わりの木の洞のところに戻るのだった。

・・・・・・サイファさんに抱っこされてスーハー吸われながら。

うん。もふもふって癒やされるよね? 吸いたくなるよね?

ちなみに俺の自己紹介?
してないよ。そもそも転生時に名前なしになってるから、名乗る名前なんてないし?

前世の名前は前世の俺のモノだし、ここで名乗る必要性を感じなかったからねぇ。

面倒臭かったともいう。






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