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第二章 王都編
王都観光(sideマシュー)
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菓子店オーナーのマシューは、この時、青ざめながら今朝の出来事を思い出していた。
「は、私どもの菓子をですか?」
《ええ、そうです。フォレスター家の三男であるアルカス様が、夫のクラビス様を伴ってそちらへ来店致します》
今朝、開店前に伝達魔導具でフォレスター家のタウンハウスから連絡が入ったと事務担当の者から聞いたときは耳を疑った。
何がどうしてと、慌てて対応に出たら、先程の言葉を告げられたのだ。
「それは大変喜ばしいことですが、対応はどうすればよろしいのでしょう?」
私も一応貴族の端くれといっても、男爵の4男坊。
ここ王都に店を構えているとはいえ、貴族としてのマナーやしきたりは分かっていてもほぼほぼ庶民と変わらない。むしろ、そこそこ裕福な商家といってもいい。
それに対して、フォレスター家は代々武の家系で、侯爵家。現在は将軍の役職に就く高位貴族。
何か粗相があれば首が飛ぶ。物理的に。
《特に何をする事もないので大丈夫で御座います。何かあれば夫であるクラビス様が対処なさるので》
「その、お二人のご容姿などはお教えいただけませんでしょうか? こちらでも何かあれば対処致しますので」
情報は多いほどいい。名前だけではすぐに対応出来ない。
《そうですね。少々お待ちください》
そう言って執事らしき方が伝達魔導具を持って移動していく。
少しして話し声が聞こえてきた。
《アルカス、今日はデートだからおめかししよう》
《クラビスの好きにしていいけど、あんまりヒラヒラビラビラなフリルとか止めてな?》
《ごく普通の服だよ。じゃなくて、髪の毛、結いたい》
《おけおけ。好きにしちゃって! クラビスや皆がこの瞳を好きって言ってくれるから前髪上げて前を向けるんだ。ありがとう》
そんな会話が聞こえて、魔導具は遠くからそっとその様子を映す。
王子然とした金髪蒼眼の青年と幸せそうに笑う未成年のような小柄な、黒髪にエメラルドグリーンの瞳の少年?
瞳が時々ルビーレッドに変わる。
ああ、あの小柄な方が・・・。
《背の高い方が夫のクラビス様で、黒髪の小柄な方がアルカス様で御座います。アルカス様は訳あって未成年のような体躯ですが、先日20歳になられた大人で御座いますので、その様に対応していただけると助かります》
「・・・かしこまりました」
《アルカス様はちょっとやそっとの無礼に怒ることはなさいませんが、クラビス様はどうなるか想像できません。なにぶんS級冒険者でもあるので、出来れば穏便に済ませたいですね》
・・・要らん情報を伝えて釘を刺してきた。コワイ。
そんな話を店の従業員全員に伝え、容姿も確認させて万全で望んだのに、どうしてこうなった。
冷や汗をかきながら謝罪の為に下げていた頭を撫でる手が・・・・・・て?!
思わず顔を上げた私の目の前に、アルカス様の手が、プランと浮いていた。いや、クラビス様が掴んでいた。
ポカンとしていると、クラビス様がアルカス様にこう言った。
「俺以外の男に触らないで」
・・・凄い独占欲です。
「ごめんなさい。だって、店の人悪くないのに頭を下げられて、居心地悪いっていうか・・・」
ちょっと口をとがらせてムスッというアルカス様。可愛い。
じゃなくて!
「あの、大騒ぎにしちゃってごめんなさい。邸に戻ったら美味しく頂くので、今日は帰りますね。他のお客さんもごめんなさい」
「と、とんでもない御座いません! 本日は申し訳御座いません。またのご来店をお待ち申しております」
じゃあね、と、店を後にした2人を見送ってから、はあーっと息を吐き出す。
アルカス様が穏やかな方で助かった。
クラビス様が怒りながらもアレで済んだのは、ひとえにアルカス様の為だろう。
アルカス様は純粋培養された感じで、黒いことには全く関わってないようだ。
クラビス様はS級冒険者で、貴族でもあるし、裏で言えないようなことを数多く熟しているだろうし、将軍家も代々武の家系。荒事は慣れているはず。
私も末端とはいえ貴族の端くれ。
この不始末をどうかたづけようか?
取りあえずこの2人は出入り禁止だな。
「済まないが、誰か憲兵を」
前々から店に来るたびイイ男と見れば、相手がいようと粉をかけまくって苦情が酷かった。
今回は言い逃れ出来ないだろう。
なんせ相手はフォレスター家だからな。
冷や汗ものだったが、今回はラッキーだった!
店の者に声をかけていた時、不意にテーブル席の1つから声が上がった。
「俺は今日非番だが、憲兵だ。たまたま居合わせた。彼女達が先程の2人に声がけをしたときから記録結晶で記録してある。俺の方から連絡をしたから心配ない」
そう言って立ち上がったのは、憲兵隊の隊長だった。
憲兵は揉め事の公平を期する為、常に記録結晶を携帯している。それは非番でも変わらないのだろう。
今回は大変助かった。
何というタイミング!
・・・ん?
本当に偶然なのか?
チラッと見ると、にこやかに笑みを返されたが。
あれは聞いてはいけない笑みだ。
絶対フォレスター家絡みだろう!
内心ガクブルとしていると、憲兵が到着し、あっという間に非番の隊長のもとサクサクと片付けて去って行った。
「では、私も食べ終わった事だし、帰るとするか」
そう言って隊長はお会計をしに来た。
『お互いアルカス様に助けられたな』
去り際、そっと小声で言われて、はっとする。
『彼らにそのつもりはなかったろうが、あの2人には我らも手を焼いていた。いい機会だった。餌になったクラビス殿のお陰だな』
ではな、と帰って行く隊長を見送り、先程の事を思い返す。
『餌』
クラビス殿は分かっていて煽ったのだろうか?
最初から?
いやでもあの溺愛っぷりは本当でしょう。
降りかかる火の粉を払っただけと思うが・・・。
何にしても、こちらは助かったのでよいでしょう。
藪をつついて蛇を出したくはありませんから。
「は、私どもの菓子をですか?」
《ええ、そうです。フォレスター家の三男であるアルカス様が、夫のクラビス様を伴ってそちらへ来店致します》
今朝、開店前に伝達魔導具でフォレスター家のタウンハウスから連絡が入ったと事務担当の者から聞いたときは耳を疑った。
何がどうしてと、慌てて対応に出たら、先程の言葉を告げられたのだ。
「それは大変喜ばしいことですが、対応はどうすればよろしいのでしょう?」
私も一応貴族の端くれといっても、男爵の4男坊。
ここ王都に店を構えているとはいえ、貴族としてのマナーやしきたりは分かっていてもほぼほぼ庶民と変わらない。むしろ、そこそこ裕福な商家といってもいい。
それに対して、フォレスター家は代々武の家系で、侯爵家。現在は将軍の役職に就く高位貴族。
何か粗相があれば首が飛ぶ。物理的に。
《特に何をする事もないので大丈夫で御座います。何かあれば夫であるクラビス様が対処なさるので》
「その、お二人のご容姿などはお教えいただけませんでしょうか? こちらでも何かあれば対処致しますので」
情報は多いほどいい。名前だけではすぐに対応出来ない。
《そうですね。少々お待ちください》
そう言って執事らしき方が伝達魔導具を持って移動していく。
少しして話し声が聞こえてきた。
《アルカス、今日はデートだからおめかししよう》
《クラビスの好きにしていいけど、あんまりヒラヒラビラビラなフリルとか止めてな?》
《ごく普通の服だよ。じゃなくて、髪の毛、結いたい》
《おけおけ。好きにしちゃって! クラビスや皆がこの瞳を好きって言ってくれるから前髪上げて前を向けるんだ。ありがとう》
そんな会話が聞こえて、魔導具は遠くからそっとその様子を映す。
王子然とした金髪蒼眼の青年と幸せそうに笑う未成年のような小柄な、黒髪にエメラルドグリーンの瞳の少年?
瞳が時々ルビーレッドに変わる。
ああ、あの小柄な方が・・・。
《背の高い方が夫のクラビス様で、黒髪の小柄な方がアルカス様で御座います。アルカス様は訳あって未成年のような体躯ですが、先日20歳になられた大人で御座いますので、その様に対応していただけると助かります》
「・・・かしこまりました」
《アルカス様はちょっとやそっとの無礼に怒ることはなさいませんが、クラビス様はどうなるか想像できません。なにぶんS級冒険者でもあるので、出来れば穏便に済ませたいですね》
・・・要らん情報を伝えて釘を刺してきた。コワイ。
そんな話を店の従業員全員に伝え、容姿も確認させて万全で望んだのに、どうしてこうなった。
冷や汗をかきながら謝罪の為に下げていた頭を撫でる手が・・・・・・て?!
思わず顔を上げた私の目の前に、アルカス様の手が、プランと浮いていた。いや、クラビス様が掴んでいた。
ポカンとしていると、クラビス様がアルカス様にこう言った。
「俺以外の男に触らないで」
・・・凄い独占欲です。
「ごめんなさい。だって、店の人悪くないのに頭を下げられて、居心地悪いっていうか・・・」
ちょっと口をとがらせてムスッというアルカス様。可愛い。
じゃなくて!
「あの、大騒ぎにしちゃってごめんなさい。邸に戻ったら美味しく頂くので、今日は帰りますね。他のお客さんもごめんなさい」
「と、とんでもない御座いません! 本日は申し訳御座いません。またのご来店をお待ち申しております」
じゃあね、と、店を後にした2人を見送ってから、はあーっと息を吐き出す。
アルカス様が穏やかな方で助かった。
クラビス様が怒りながらもアレで済んだのは、ひとえにアルカス様の為だろう。
アルカス様は純粋培養された感じで、黒いことには全く関わってないようだ。
クラビス様はS級冒険者で、貴族でもあるし、裏で言えないようなことを数多く熟しているだろうし、将軍家も代々武の家系。荒事は慣れているはず。
私も末端とはいえ貴族の端くれ。
この不始末をどうかたづけようか?
取りあえずこの2人は出入り禁止だな。
「済まないが、誰か憲兵を」
前々から店に来るたびイイ男と見れば、相手がいようと粉をかけまくって苦情が酷かった。
今回は言い逃れ出来ないだろう。
なんせ相手はフォレスター家だからな。
冷や汗ものだったが、今回はラッキーだった!
店の者に声をかけていた時、不意にテーブル席の1つから声が上がった。
「俺は今日非番だが、憲兵だ。たまたま居合わせた。彼女達が先程の2人に声がけをしたときから記録結晶で記録してある。俺の方から連絡をしたから心配ない」
そう言って立ち上がったのは、憲兵隊の隊長だった。
憲兵は揉め事の公平を期する為、常に記録結晶を携帯している。それは非番でも変わらないのだろう。
今回は大変助かった。
何というタイミング!
・・・ん?
本当に偶然なのか?
チラッと見ると、にこやかに笑みを返されたが。
あれは聞いてはいけない笑みだ。
絶対フォレスター家絡みだろう!
内心ガクブルとしていると、憲兵が到着し、あっという間に非番の隊長のもとサクサクと片付けて去って行った。
「では、私も食べ終わった事だし、帰るとするか」
そう言って隊長はお会計をしに来た。
『お互いアルカス様に助けられたな』
去り際、そっと小声で言われて、はっとする。
『彼らにそのつもりはなかったろうが、あの2人には我らも手を焼いていた。いい機会だった。餌になったクラビス殿のお陰だな』
ではな、と帰って行く隊長を見送り、先程の事を思い返す。
『餌』
クラビス殿は分かっていて煽ったのだろうか?
最初から?
いやでもあの溺愛っぷりは本当でしょう。
降りかかる火の粉を払っただけと思うが・・・。
何にしても、こちらは助かったのでよいでしょう。
藪をつついて蛇を出したくはありませんから。
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