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愛が重たい 4(sideササナギ)
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ナツメの意識が戻ったのは、侯爵家に帰ってきてから約三時間後の夜九時過ぎ。
ナツメの部屋のベッドに腰かけ、時折頬や頭を撫ぜながら持ち込んだ書類を確認して捌いていく。
執務中に放り出してしまったが、今日中に処理するものも多かった。
父も執務室に篭もって全力で片付けているだろう。誘拐事件の処理もあるから忙しい。
そうしてしばらくナツメの静かな呼吸と紙の擦れる音や文字を記す音だけが微かに聞こえる寝室で、ふと衣擦れの音が聞こえた。
俺はちょうど左手でナツメの頬や頭を撫ぜていたため、そのままナツメの顔に自分の顔を近付けて様子を窺う。
すると睫毛が震えたのが見えた。
───目覚める。
ジッと口吻出来るほどの距離まで顔を寄せてナツメを見つめる。
少しして目をパチッと開けたナツメは、俺を至近距離に認めてポカンとした。
「目が覚めたか」
「・・・・・・ぁい・・・・・・?」
そうして心の声をダダ漏れさせて、俺がそれを指摘すれば倉庫でのことも夢だと思っていたらしく、涙目で真っ赤になって『忘れて』なんて言う。
あんなナツメの告白の言葉を忘れるわけなかろう! 永遠に心に刻みつけたわ!
本音を吐露したのが恥ずかしかったのか、誘拐事件を思い出したからなのか狼狽し震えるナツメ。
そのどちらもかもしれない。
宥めるようにぎゅうぎゅうと抱きしめると、ナツメもおそるおそる俺の背中に震える腕を回し、きゅっと縋るようにしがみ付く。
そして俺の首筋あたりをスリスリしながらまた無意識に『いい匂い』なんて呟くものだから、俺のアソコがムクリと反応してしまった。
マズい。
これまでも何度もここは兆したが、全て一人でトイレなり浴室なりで処理して事無きを得た。
義兄弟になったあとも俺はナツメに一線を引かれて接せられていたため、こんな状態でも何とか我慢できた。
それに触れてしまうともっと触れたい欲が出て来て我慢が効かなくなりそうで───いや、確実に我慢できなくなるから、いつもなるべく触らないようにしていた。
この欲を隠し続けたのは、ナツメが俺のことはただの義兄だという認識しかないと思っていたから。
さすがに身分を笠に着て無理矢理なんてことはしない。そこまで鬼畜じゃない。
そりゃあ、もしナツメと結ばれるのなら騎乗位や立ちバックとか色々しまくってナツメを善がらせ啼かせたいとはいつも思っているがな!
しかし幸いにも俺はベッドに腰かけて身体を捻った状態だったため、ナツメにアソコを見られずに済んだ。
身体を重ねる前に、挿入する前に怖がられて拒否されて泣かれたら目も当てられない。
生殺しだろう。
不幸中の幸いというか、ようやくナツメの気持ちを知ることが出来たんだ。
俺に好意を抱いてくれていた。俺を意識してくれた。だから俺ももう遠慮なく押し通る。
ナツメは明後日、学園を卒業する。在学中はよほどの理由がないかぎり婚姻は出来ない規則だ。
学業が疎かになるからな。
だが卒業してしまえばいつでも婚姻できるのだ。
そのために今までナツメを囲って他人に触れさせないようにしてきたんだから。
ナツメには内緒だが、実はすでに養子縁組と同時に俺と婚約もしていたのだ。
◇◇◇
───ナツメと出会ったあの日。俺は護衛騎士五人を連れて神殿へと向かっていた。
年に数回孤児院に寄付をしに行くのだが、その日は本来一緒に行くはずの父が急用で城に呼び出されて同行出来なくなった。
父は宰相補佐官の一人で、今日は休日だったが父でないと処理できない問題が起きたようだ。
『すまない。悪いが一人で行ってくれるか?』
『いつも通りに寄付をすればよいのでしょう? 分かっております。ご心配なく』
そう言って父を送り出すと、護衛騎士の半数を父に付けた。
そう、いつもの半数の護衛騎士だったのがよくなかった。
俺はあのとき政敵のロウナート侯爵家からの暗殺者に道中襲われ、護衛騎士が少なかったせいもあり酷い手傷を負ってしまった。
何とか護衛騎士が俺を逃がし、神殿の裏手まできたとき力尽きて、もうダメだと諦めかけて意識朦朧としていた。
そこに鈴のような清廉な声が聞こえ、意識朦朧とした中、暖かい光に包まれて数分いや長いのか短いのか分からないが、光が消えて目を開けるとそこに夜の精霊がいた。
癒しを司る夜の、闇の精霊が俺を癒してくれていた。
月のない夜のような漆黒の黒髪に夜空を思い起こされる濃い藍色の大きな瞳で俺を見て微笑んだ。
しかし次の瞬間にはグラリと俺の方に倒れ込む。
魔力切れだと分かって、俺は慌てて抱き起こすとほんの少し躊躇ってから、コレは魔力を補充するための治療行為だと言い聞かせて夜の精霊にそっと口付けた。
舌で唇を割り込み、口腔内を舐めて体液から魔力を注いでいく。いくらか魔力が補充されたようで、頬が薄く色付く。
甘い、途轍もなく甘美な彼の口の中を堪能していると、こちらに走ってくる神官達とエンドフィール侯爵家の護衛騎士達が見えた。
俺は彼の情事の事後のような赤らんだ顔を見せたくなくて口吻を止めると、彼を胸に抱き込んだ。
どうやら皆、無事だったらしい。一番の負傷者は俺だったようだ。
「ササナギ様! もうダメかと。よう、御無事で───」
「まあ、彼のお陰だな」
「───彼?」
「! ナツメ! コレは一体・・・・・・!?」
確かに俺はもう死ぬところだった。しかし彼に助けられたんだ。
「彼が何か、神に祈るように話していたのが何となく分かりました。そのあと眩いばかりに光って、気付いたら怪我は直り、彼は意識を失ってしまって───」
俺がそう説明すると神官長様がハッとした。
「───それは、その魔法の現象は聞いたことがあります。おそらく───」
「え?」
「いえ、ここで話すことではありませんね。ササナギ様、ご移動願えますか? 神殿で湯浴みをされてお着替え下さい。ナツメは───」
「私が抱えていきます」
彼を誰かに触れさせるなど出来ない。させたくない。
そう思って俺は彼を抱き上げた。・・・・・・もの凄く軽い。やはり彼は夜の精霊───?
「え、いえ、貴方様は先ほどまで大怪我でしたでしょう? ご無理なさってはいけません!」
「大丈夫です。彼は羽根のように軽いので」
そう言ったら神官長は困ったような顔をした。
なんだろうか?
「・・・・・・それは・・・・・・ササナギ様の一つ下なのですが、食事をよく下の子に分け与えてしまって栄養が・・・・・・」
「え、一つ下!? これで!?」
さすがにそれはないだろうと思ったが、移動する道すがら話を聞くと、元々の小柄さに栄養不足で成長が滞っているらしい。
自分よりも幼い子供に食事を、とは・・・・・・。やはり慈悲深い夜の精霊様だ。
神殿で湯浴みをするときに、ついでだからと俺と一緒に清めさせる。
もちろん意識がないので湯をかけてこびりついた血や土汚れを拭うくらいだったが。
そのときに見た裸体はいまだに目に焼き付いている。
小さく細い身体に見合った慎ましい男の象徴。
迂闊にも自身のソレが反応しそうになって慌てて先ほどの暗殺者達を思い浮かべ、欲情を怒りに変えて事無きを得た。
そうして応接室で神官長から聞いた話に、一同は驚きを隠せなかった。
「ナツメはおそらく『聖魔法』を発現したのでしょう」
「・・・・・・それは、今までも世界に数えるほどしか使い手がいないという・・・・・・アレですか?」
深刻そうな顔でそう言う神官長にこちらも思わず気を引き締める。
「はい。ササナギ様は、死を覚悟するほどの重傷だったのですよね?」
「ええ。それが先ほど湯浴みをしたときに確認したら、その傷どころか昔付けてしまった古い傷痕も消えていました」
隅から隅まで、護衛騎士にも確認して貰ったが傷一つなかったのだ。
「やはり・・・・・・。これは侯爵様がいらっしゃったらお願いするつもりなのですが、どうかナツメを、保護してやってくれませぬか?」
真剣な顔で言う神官長に、それがどういう意味か悟った。
「・・・・・・後ろ盾、ということですね?」
「はい。彼は来年一五歳になり成人を迎え、この神殿に神官として勤める予定です。ですが彼は孤児なので、もしここにいるうちにこの魔法のことが知られたら───」
「あくどい貴族や王族に囲われ、いいように飼い殺し使い潰される未来しかありませんね」
「・・・・・・はい。私くらいの存在では太刀打ち出来ないのです」
その点、わがエンドフィール侯爵家は歴史が古く、祖母が元王女で臣籍降嫁した王家の血を受け継ぐ由緒正しい家柄だ。もちろん貿易も盛んで国の国費の半分くらいの資産を有する。
こんな家の後ろ盾、王家ですら手を出すのは躊躇する。
神官長がそこに目を付けたということはきっと偶然ではないのだろう。
神官長は王家の遠縁の伯爵家の出だと聞いているが、神官になった時点で実家との繋がりを断っている。
普通は俗世から離れなくてもいいのだが、王家の血筋ということで政治的なことがあったのかもしれない。
そうなるとこの神殿では彼を庇いきれないのだろう。
そんな話をしていると、どうやら伝達を受けた父が来たらしい。
さすがの宰相閣下も休日に呼び出した上に次期侯爵である嫡男の危機となれば引き留めることはしなかったようだ。
「失礼いたします! この度は愚息が大変なご迷惑を───」
「いえ、とんでもありません。こちらこそ込み入った事情が発生しまして───」
応接室に通されるなり謝辞を述べる父に神官長も被せるように言葉を紡いだ。
今はそんな社交辞令を言う時間も惜しい。
「父上、そんなことよりも重要かつ迅速な対応が必要な事案が発生しまして、そちらを優先して下さい」
「・・・・・・お前は・・・・・・顔を見てホッとする暇も与えてはくれぬのか・・・・・・」
無表情で淡々と話す俺を見て呆れながらもホッとする父。
なんです? いつも通りでしょう?
「私ならば見ての通り元気です。彼のおかげです。その彼に関する重要な要件ですのでサッサと話を詰めましょう」
そう言ってそばの大きめなソファに寝かせているナツメを見た。父もちらりと視線を向けてから再び俺を見た。
俺は父とアイコンタクトをとる。
彼への想いを込めて。
それを正確に読み取った父は一つ頷くと神官長と話し合いを始めた。
「───なるほど。分かりました。息子の命の恩人ですし、神官長様がそう仰るのでしたら我が侯爵家に否やはありません」
「ありがとうございます。感謝いたします」
父は話を聞いたあと二つ返事で後ろ盾になることを了承した。
「ナツメ君をエンドフィール侯爵家の養子にいたします。それと平行してササナギの婚約者にいたしましょう」
「───え!? そ、そこまではさすがに・・・・・・せめてナツメが目覚めてから本人の意思で」
「ですが今すぐにでも手続きをしないと、耳の早い貴族家に知れたら───即刻手を打つべきです」
父の妙案に神官長はギョッとしたが、俺は内心で大歓迎だった。
そうだ、婚約者にしてしまえばいい。婚姻できる年齢は一八歳からだから今すぐには無理だが、それまでは婚約者という立場で対外的にも彼を護れる。
「もちろん彼が目が覚めたときにはキチンと説明をいたします」
養子縁組はね。
婚約の件?
これから俺が徹底して囲う予定なのに言うと思うか?
こうして話し合いをすませた俺達は意識のないナツメを連れて侯爵家へと戻り、侯爵家お抱えの侍医に診察をして貰い、俺はやはり傷どころか体調も万全になっていることが分かった。
一方のナツメは魔力切れに加えて慢性的な栄養不足で体力もなく、魔力回復には時間がかかりそうだという。
「そうですな。手などの接触でもササナギ様の魔力を流せますが、お嫌でなければ口から直接体内に流して差し上げれば回復は早まりますでしょう」
「イヤなわけあるか!」
そう言う侍医にすぐさま返答をすると、俺がナツメに気があることに気付いていたのかニマニマと笑っていた。
「それはようございました。ですが急に多くを流してはいけません。弱ったお身体に負担が大きすぎます」
「・・・・・・分かった」
この狸ジジイめ、と内心でムッとしていると急に真面目になった侍医が魔力回復の注意点をいくつか告げた。
「最初はほんの少し。魔力の相性が悪いと相手は拒絶反応で具合が悪くなります。大丈夫でしたら一日のうちに数回に分けて彼の魔力総量の十分の一程度を注いで下さい」
「ああ」
実は相性はそんなに心配していない。
「根気よく、少しの量をゆっくり、必ず分けて下さい。そうですな、朝昼晩の食後でいきましょうか」
「分かった」
あと、相性がよすぎると性的興奮が高まるそうだ。だから急に多くを流すと一気に発情状態になる可能性が高いという。
そうなるとまだ成人前で、しかも弱った身体にはキツい。
なるほど、だから少量を分けて流すのか。
おそらくだが、俺とナツメは相性がいいと思う。
何より俺が回復した直後に一度口付けて魔力を注いだのだから。
それにあの暖かい光に全く嫌悪は感じなかった。
───婚姻したら故意に流すのもアリだな。
俺の魔力に染まって喘ぐナツメを想像しながら魔力を送る。
少し様子を見て侍医がゴーサインを出したので再び口付ける。
意識のないナツメに内心で興奮しながら───。
ちなみに父は帰宅早々、書類を揃えて役所に提出しに行っていて不在。
あと、気になっていた寄付だが、侯爵家に戻る前に神殿にキチンと渡して来たそうだ。
ナツメを育ててくれた孤児院だからいつもよりイロを付けてな。
さて、ナツメはいつ目を覚ましてくれるのかな?
※長くなりましたがもう少し続きます。
次話もササナギ(時々ミカサ父)視点の予定です。
ちょっと体調不良で筆が進みません。お待ち下さい。
ナツメの部屋のベッドに腰かけ、時折頬や頭を撫ぜながら持ち込んだ書類を確認して捌いていく。
執務中に放り出してしまったが、今日中に処理するものも多かった。
父も執務室に篭もって全力で片付けているだろう。誘拐事件の処理もあるから忙しい。
そうしてしばらくナツメの静かな呼吸と紙の擦れる音や文字を記す音だけが微かに聞こえる寝室で、ふと衣擦れの音が聞こえた。
俺はちょうど左手でナツメの頬や頭を撫ぜていたため、そのままナツメの顔に自分の顔を近付けて様子を窺う。
すると睫毛が震えたのが見えた。
───目覚める。
ジッと口吻出来るほどの距離まで顔を寄せてナツメを見つめる。
少しして目をパチッと開けたナツメは、俺を至近距離に認めてポカンとした。
「目が覚めたか」
「・・・・・・ぁい・・・・・・?」
そうして心の声をダダ漏れさせて、俺がそれを指摘すれば倉庫でのことも夢だと思っていたらしく、涙目で真っ赤になって『忘れて』なんて言う。
あんなナツメの告白の言葉を忘れるわけなかろう! 永遠に心に刻みつけたわ!
本音を吐露したのが恥ずかしかったのか、誘拐事件を思い出したからなのか狼狽し震えるナツメ。
そのどちらもかもしれない。
宥めるようにぎゅうぎゅうと抱きしめると、ナツメもおそるおそる俺の背中に震える腕を回し、きゅっと縋るようにしがみ付く。
そして俺の首筋あたりをスリスリしながらまた無意識に『いい匂い』なんて呟くものだから、俺のアソコがムクリと反応してしまった。
マズい。
これまでも何度もここは兆したが、全て一人でトイレなり浴室なりで処理して事無きを得た。
義兄弟になったあとも俺はナツメに一線を引かれて接せられていたため、こんな状態でも何とか我慢できた。
それに触れてしまうともっと触れたい欲が出て来て我慢が効かなくなりそうで───いや、確実に我慢できなくなるから、いつもなるべく触らないようにしていた。
この欲を隠し続けたのは、ナツメが俺のことはただの義兄だという認識しかないと思っていたから。
さすがに身分を笠に着て無理矢理なんてことはしない。そこまで鬼畜じゃない。
そりゃあ、もしナツメと結ばれるのなら騎乗位や立ちバックとか色々しまくってナツメを善がらせ啼かせたいとはいつも思っているがな!
しかし幸いにも俺はベッドに腰かけて身体を捻った状態だったため、ナツメにアソコを見られずに済んだ。
身体を重ねる前に、挿入する前に怖がられて拒否されて泣かれたら目も当てられない。
生殺しだろう。
不幸中の幸いというか、ようやくナツメの気持ちを知ることが出来たんだ。
俺に好意を抱いてくれていた。俺を意識してくれた。だから俺ももう遠慮なく押し通る。
ナツメは明後日、学園を卒業する。在学中はよほどの理由がないかぎり婚姻は出来ない規則だ。
学業が疎かになるからな。
だが卒業してしまえばいつでも婚姻できるのだ。
そのために今までナツメを囲って他人に触れさせないようにしてきたんだから。
ナツメには内緒だが、実はすでに養子縁組と同時に俺と婚約もしていたのだ。
◇◇◇
───ナツメと出会ったあの日。俺は護衛騎士五人を連れて神殿へと向かっていた。
年に数回孤児院に寄付をしに行くのだが、その日は本来一緒に行くはずの父が急用で城に呼び出されて同行出来なくなった。
父は宰相補佐官の一人で、今日は休日だったが父でないと処理できない問題が起きたようだ。
『すまない。悪いが一人で行ってくれるか?』
『いつも通りに寄付をすればよいのでしょう? 分かっております。ご心配なく』
そう言って父を送り出すと、護衛騎士の半数を父に付けた。
そう、いつもの半数の護衛騎士だったのがよくなかった。
俺はあのとき政敵のロウナート侯爵家からの暗殺者に道中襲われ、護衛騎士が少なかったせいもあり酷い手傷を負ってしまった。
何とか護衛騎士が俺を逃がし、神殿の裏手まできたとき力尽きて、もうダメだと諦めかけて意識朦朧としていた。
そこに鈴のような清廉な声が聞こえ、意識朦朧とした中、暖かい光に包まれて数分いや長いのか短いのか分からないが、光が消えて目を開けるとそこに夜の精霊がいた。
癒しを司る夜の、闇の精霊が俺を癒してくれていた。
月のない夜のような漆黒の黒髪に夜空を思い起こされる濃い藍色の大きな瞳で俺を見て微笑んだ。
しかし次の瞬間にはグラリと俺の方に倒れ込む。
魔力切れだと分かって、俺は慌てて抱き起こすとほんの少し躊躇ってから、コレは魔力を補充するための治療行為だと言い聞かせて夜の精霊にそっと口付けた。
舌で唇を割り込み、口腔内を舐めて体液から魔力を注いでいく。いくらか魔力が補充されたようで、頬が薄く色付く。
甘い、途轍もなく甘美な彼の口の中を堪能していると、こちらに走ってくる神官達とエンドフィール侯爵家の護衛騎士達が見えた。
俺は彼の情事の事後のような赤らんだ顔を見せたくなくて口吻を止めると、彼を胸に抱き込んだ。
どうやら皆、無事だったらしい。一番の負傷者は俺だったようだ。
「ササナギ様! もうダメかと。よう、御無事で───」
「まあ、彼のお陰だな」
「───彼?」
「! ナツメ! コレは一体・・・・・・!?」
確かに俺はもう死ぬところだった。しかし彼に助けられたんだ。
「彼が何か、神に祈るように話していたのが何となく分かりました。そのあと眩いばかりに光って、気付いたら怪我は直り、彼は意識を失ってしまって───」
俺がそう説明すると神官長様がハッとした。
「───それは、その魔法の現象は聞いたことがあります。おそらく───」
「え?」
「いえ、ここで話すことではありませんね。ササナギ様、ご移動願えますか? 神殿で湯浴みをされてお着替え下さい。ナツメは───」
「私が抱えていきます」
彼を誰かに触れさせるなど出来ない。させたくない。
そう思って俺は彼を抱き上げた。・・・・・・もの凄く軽い。やはり彼は夜の精霊───?
「え、いえ、貴方様は先ほどまで大怪我でしたでしょう? ご無理なさってはいけません!」
「大丈夫です。彼は羽根のように軽いので」
そう言ったら神官長は困ったような顔をした。
なんだろうか?
「・・・・・・それは・・・・・・ササナギ様の一つ下なのですが、食事をよく下の子に分け与えてしまって栄養が・・・・・・」
「え、一つ下!? これで!?」
さすがにそれはないだろうと思ったが、移動する道すがら話を聞くと、元々の小柄さに栄養不足で成長が滞っているらしい。
自分よりも幼い子供に食事を、とは・・・・・・。やはり慈悲深い夜の精霊様だ。
神殿で湯浴みをするときに、ついでだからと俺と一緒に清めさせる。
もちろん意識がないので湯をかけてこびりついた血や土汚れを拭うくらいだったが。
そのときに見た裸体はいまだに目に焼き付いている。
小さく細い身体に見合った慎ましい男の象徴。
迂闊にも自身のソレが反応しそうになって慌てて先ほどの暗殺者達を思い浮かべ、欲情を怒りに変えて事無きを得た。
そうして応接室で神官長から聞いた話に、一同は驚きを隠せなかった。
「ナツメはおそらく『聖魔法』を発現したのでしょう」
「・・・・・・それは、今までも世界に数えるほどしか使い手がいないという・・・・・・アレですか?」
深刻そうな顔でそう言う神官長にこちらも思わず気を引き締める。
「はい。ササナギ様は、死を覚悟するほどの重傷だったのですよね?」
「ええ。それが先ほど湯浴みをしたときに確認したら、その傷どころか昔付けてしまった古い傷痕も消えていました」
隅から隅まで、護衛騎士にも確認して貰ったが傷一つなかったのだ。
「やはり・・・・・・。これは侯爵様がいらっしゃったらお願いするつもりなのですが、どうかナツメを、保護してやってくれませぬか?」
真剣な顔で言う神官長に、それがどういう意味か悟った。
「・・・・・・後ろ盾、ということですね?」
「はい。彼は来年一五歳になり成人を迎え、この神殿に神官として勤める予定です。ですが彼は孤児なので、もしここにいるうちにこの魔法のことが知られたら───」
「あくどい貴族や王族に囲われ、いいように飼い殺し使い潰される未来しかありませんね」
「・・・・・・はい。私くらいの存在では太刀打ち出来ないのです」
その点、わがエンドフィール侯爵家は歴史が古く、祖母が元王女で臣籍降嫁した王家の血を受け継ぐ由緒正しい家柄だ。もちろん貿易も盛んで国の国費の半分くらいの資産を有する。
こんな家の後ろ盾、王家ですら手を出すのは躊躇する。
神官長がそこに目を付けたということはきっと偶然ではないのだろう。
神官長は王家の遠縁の伯爵家の出だと聞いているが、神官になった時点で実家との繋がりを断っている。
普通は俗世から離れなくてもいいのだが、王家の血筋ということで政治的なことがあったのかもしれない。
そうなるとこの神殿では彼を庇いきれないのだろう。
そんな話をしていると、どうやら伝達を受けた父が来たらしい。
さすがの宰相閣下も休日に呼び出した上に次期侯爵である嫡男の危機となれば引き留めることはしなかったようだ。
「失礼いたします! この度は愚息が大変なご迷惑を───」
「いえ、とんでもありません。こちらこそ込み入った事情が発生しまして───」
応接室に通されるなり謝辞を述べる父に神官長も被せるように言葉を紡いだ。
今はそんな社交辞令を言う時間も惜しい。
「父上、そんなことよりも重要かつ迅速な対応が必要な事案が発生しまして、そちらを優先して下さい」
「・・・・・・お前は・・・・・・顔を見てホッとする暇も与えてはくれぬのか・・・・・・」
無表情で淡々と話す俺を見て呆れながらもホッとする父。
なんです? いつも通りでしょう?
「私ならば見ての通り元気です。彼のおかげです。その彼に関する重要な要件ですのでサッサと話を詰めましょう」
そう言ってそばの大きめなソファに寝かせているナツメを見た。父もちらりと視線を向けてから再び俺を見た。
俺は父とアイコンタクトをとる。
彼への想いを込めて。
それを正確に読み取った父は一つ頷くと神官長と話し合いを始めた。
「───なるほど。分かりました。息子の命の恩人ですし、神官長様がそう仰るのでしたら我が侯爵家に否やはありません」
「ありがとうございます。感謝いたします」
父は話を聞いたあと二つ返事で後ろ盾になることを了承した。
「ナツメ君をエンドフィール侯爵家の養子にいたします。それと平行してササナギの婚約者にいたしましょう」
「───え!? そ、そこまではさすがに・・・・・・せめてナツメが目覚めてから本人の意思で」
「ですが今すぐにでも手続きをしないと、耳の早い貴族家に知れたら───即刻手を打つべきです」
父の妙案に神官長はギョッとしたが、俺は内心で大歓迎だった。
そうだ、婚約者にしてしまえばいい。婚姻できる年齢は一八歳からだから今すぐには無理だが、それまでは婚約者という立場で対外的にも彼を護れる。
「もちろん彼が目が覚めたときにはキチンと説明をいたします」
養子縁組はね。
婚約の件?
これから俺が徹底して囲う予定なのに言うと思うか?
こうして話し合いをすませた俺達は意識のないナツメを連れて侯爵家へと戻り、侯爵家お抱えの侍医に診察をして貰い、俺はやはり傷どころか体調も万全になっていることが分かった。
一方のナツメは魔力切れに加えて慢性的な栄養不足で体力もなく、魔力回復には時間がかかりそうだという。
「そうですな。手などの接触でもササナギ様の魔力を流せますが、お嫌でなければ口から直接体内に流して差し上げれば回復は早まりますでしょう」
「イヤなわけあるか!」
そう言う侍医にすぐさま返答をすると、俺がナツメに気があることに気付いていたのかニマニマと笑っていた。
「それはようございました。ですが急に多くを流してはいけません。弱ったお身体に負担が大きすぎます」
「・・・・・・分かった」
この狸ジジイめ、と内心でムッとしていると急に真面目になった侍医が魔力回復の注意点をいくつか告げた。
「最初はほんの少し。魔力の相性が悪いと相手は拒絶反応で具合が悪くなります。大丈夫でしたら一日のうちに数回に分けて彼の魔力総量の十分の一程度を注いで下さい」
「ああ」
実は相性はそんなに心配していない。
「根気よく、少しの量をゆっくり、必ず分けて下さい。そうですな、朝昼晩の食後でいきましょうか」
「分かった」
あと、相性がよすぎると性的興奮が高まるそうだ。だから急に多くを流すと一気に発情状態になる可能性が高いという。
そうなるとまだ成人前で、しかも弱った身体にはキツい。
なるほど、だから少量を分けて流すのか。
おそらくだが、俺とナツメは相性がいいと思う。
何より俺が回復した直後に一度口付けて魔力を注いだのだから。
それにあの暖かい光に全く嫌悪は感じなかった。
───婚姻したら故意に流すのもアリだな。
俺の魔力に染まって喘ぐナツメを想像しながら魔力を送る。
少し様子を見て侍医がゴーサインを出したので再び口付ける。
意識のないナツメに内心で興奮しながら───。
ちなみに父は帰宅早々、書類を揃えて役所に提出しに行っていて不在。
あと、気になっていた寄付だが、侯爵家に戻る前に神殿にキチンと渡して来たそうだ。
ナツメを育ててくれた孤児院だからいつもよりイロを付けてな。
さて、ナツメはいつ目を覚ましてくれるのかな?
※長くなりましたがもう少し続きます。
次話もササナギ(時々ミカサ父)視点の予定です。
ちょっと体調不良で筆が進みません。お待ち下さい。
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