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愛が重たい 3
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頬を撫ぜる優しい手にふと意識が浮上する。
ふかふかのお布団、義兄様と学園で同室のときには毎朝当たり前のようにあった温もり。
それが何故か今、僕の頬にある・・・・・・。
・・・・・・ん?
おかしいな。そういえば僕は誰かに誘拐されて倉庫に閉じ込められてなかったっけ?
急激に頭がぐるぐると回り始めて、僕はパチッと目を開けた。
すると眼前に銀糸のカーテンが───。
「・・・・・・はぇ?」
瞬きを数回・・・・・・。
よく見ると切れ長のアイスブルーの瞳があって、それが超どアップのササナギ義兄様の顔面だと気付いた。
カーテンだと思ったのは結われていない状態の義兄様の長い銀髪だった。
「目が覚めたか?」
「・・・・・・ぁい・・・・・・?」
僕は頭の中で『?』を浮かべまくった。
え、何この状況? 僕、死んで天国に来たの? え、コレって頑張った僕へのご褒美?
「・・・・・・死んでないし天国でもない。・・・・・・まあ、頑張ってたからご褒美ではあるかもしれないが」
「───ん?」
心が読めるなんてさすが義兄様。
「全部口に出てたぞ?」
「・・・・・・・・・・・・え?」
義兄様の言葉に少し考えたあと、ようやく意味が分かった。
僕、夢とか死んだとか思い込んで心の中で思ってたことをぼろぼろ口にしていたらしい。
───ということは・・・・・・!?
「───っうーわー!? えっ、まさか倉庫でも!? え、はっ恥ずかしい! 義兄様、忘れて、聞かなかったことにして!」
「出来るわけないだろう。誰がするか、そんなもったいないこと!」
慌ててシーツを顔まで引っ張り上げ───ようとして、義兄様が乗り上げていたせいで引っ張れず、真っ赤で涙目の無様な顔を晒し続けることになって僕はパニックだ。
「お前が攫われたと聞いて、どれだけ心配したか。───本当によかった」
「・・・・・・義兄様、心配かけてごめんなさい」
その言葉にあのときのことを思い出して、身体が勝手に震えてきた。
あの倉庫での絶望感と義兄様が助けに来てくれたという安堵感。
夢だと思ってたけど、どれも現実で・・・・・・。
そんな僕の震える身体をシーツごとぎゅうっと抱きしめてくれる義兄様の温もりにホッとして、僕もおそるおそる義兄様の背中に手を伸ばす。
そっとその広くて逞しい背中に縋ると、義兄様は何も言わずに抱きしめる腕を強くした。
「・・・・・・はぁ」
いい匂い。安心する。大好きな義兄様の匂いだ。
───あの日も同じ匂いがしたなぁ。
僕は抱きしめられながら、初めてササナギ義兄様と出会ったあの日を思い出していた。
◇◇◇
───あれは僕が一四歳になったばかりの頃。
神殿に併設された孤児院は成人にあたる一五歳になると院を出て独り立ちし、仕事をするのが基本だ。
事前に働き口を探し、住み込みでなければ住む部屋も探しておく。
給料や働き口は一般家庭よりは低くなるもののそこまで劣悪ではない。
神殿は地域に関わりが深く、疎かにはされない。だから同じ孤児でもスラム街の孤児よりも優遇された。
僕は生まれてすぐに神殿の孤児院の前に捨てられていたそうだ。
だから僕は親の顔も素性も当然知らない。ただスラム街ではなく神殿に捨てられたのは僕の親達の最後の良心だったのだろう。
スラム街ではすぐに死んでいただろうが、ここでは衣食住に加えて最低限の勉学を与えて貰えた。
だから神殿の名に恥じない行いをするように、当然のように恩返しをしようと僕は七歳くらいの頃には自分から申し出て神官見習いになっていた。
『まだ小さいんだし、成人まで孤児院でゆっくり大きくなっていいんだよ?』
神官長様にもそう言われたけど、僕は自分がやりたくてしているからと、構わず朝から晩までおつとめや同じ孤児院の僕よりも下のこの世話をした。
神殿併設とはいえ資金が潤沢にあるわけじゃないから、孤児達は大抵いつも空腹だ。
僕は自分の分の食事を時々空腹で泣く子達に分け与えていたので、ちょっとガリガリだったと思う。
一度、栄養失調で倒れたときには神官長様に叱られたな。
それでも止められなかったけど。
そんな生活を続けて一四歳になったある寒い日。
成人を迎えたら正式に神官に昇格される、あと一年だとウキウキしながら神殿の裏の林で暖炉用に枯れ木を集めていたそのとき。
林の藪の方でガサガサと音が聞こえて、僕はビクッとなった。
林にはたまにベアやフォックスなどが餌を求めて現れる。襲われたらただじゃ済まない。
ジッと息を殺してその音のしたほうを見つめていると、藪から地面の方にパタリと血だらけの指先が現れた。
「・・・・・・え?」
アレは、人の指だ。しかも血塗れだ。
まさか、誰かが怪我して倒れているのか!?
そう思ったらいても立ってもいられず、抱えていた枯れ木を投げ捨てて駆けていた。
すると僕よりもたぶん年上の綺麗な男の子が、冬の雪のようなキラキラした銀色の髪を血だまりの中に浸すように倒れていた。
「・・・・・・ひ、ぅ」
おそるおそる見るとあちこち切り傷があり、お腹が一番酷かった。
この出血じゃ死んじゃう!
僕は大声で神殿の方に向かって叫んだ。
「誰か! 怪我人がいます! 誰か来て、助けて!」
すると神殿の方に動きがあったので僕はホッとして、自分の見習い神官のローブを脱いでお腹に押し当てて止血を試みる。
「お願いします、神様! 血を止めて! 僕に出来ることがあるなら何でもしますから!」
だからこの綺麗な冬の精霊のようなお兄さんを助けて!
どうしてか分からないけど、失いたくない!
心底そう思った。
そのとき僕の身体から光が溢れて眩しさで目が眩み、光が収まったときには綺麗なお兄さんが目を見開いて僕を凝視していた。
「・・・・・・あ、よかった。気が付いたんですね。きっと・・・・・・助かっ・・・・・・」
冬の空のような綺麗なアイスブルーの瞳が驚愕で見開かれている中、急激に身体が重くなった僕は、そこで意識を失い───。
次に目が覚めたときには見慣れない天蓋付きのベッドに横になっていた。
「・・・・・・どこ、ここ・・・・・・?」
ぼんやりと重い頭で思考が回らず、掠れた声で小さく呟いた。
すると涼やかで静かな声が耳元で聞こえた。
「目が覚めたか。ここはエンドフィール侯爵家だ」
ぼんやりとそちらに視線を向けると、冬の精霊が椅子に腰かけて僕を見ていた。
「・・・・・・えん・・・・・・ふぃ・・・・・・?」
「・・・・・・今は何も考えずに眠るといい」
「・・・・・・精霊、さん・・・・・・助かって、よかっ・・・・・・」
「───っ精霊は君だろう・・・・・・」
精霊さんは何か呟いたけど、ぼんやりした頭にはよく入ってこなくて。
そのまま僕の頭や頬を撫ぜてくれて、その温もりにホッとして。
一度は意識が戻ったけど、もの凄く怠くて眠くて、僕はまた眠ってしまった。
次に目が覚めたときにはミカサ侯爵様も一緒にいらして説明をしてくれた。
どうやら魔力切れを起こして倒れた僕をエンドフィール侯爵家が保護してくれたらしいと、しっかり回復したあとで説明されて。
あのとき怪我していた精霊さんは侯爵家の嫡男ササナギ様で、悪漢に襲われて不覚にも瀕死の重傷を負って神殿の裏手まで逃げてきたそうだ。
そこで力尽きて意識を失ったところを僕が偶然見つけて助けた。
「え? でも僕は神官達を呼んでいる間に止血をしてたくらいですよ? ・・・・・・そういえば傷はもう大丈夫なんですか!?」
ハッとして思わずササナギ様のお腹をペタペタと触ってしまって、ぐうっと呻る声に気付いて慌てて手を離す。
「すっすみません! 僕なんかが尊い御身に触れて、無礼でした!」
「いや、構わない」
平民の孤児なんかが御貴族様の身体に触れたら不敬で罰せられる!
真っ青になって慌てて頭を下げると、ササナギ様はそれを制した。
そして侯爵様が言った言葉にポカンとすることになる。
「そんなことはいいんだよ。君は我が息子の命の恩人で今は私の義息子なんだから」
「・・・・・・はい?」
・・・・・・義息子!?
「実はナツメ君は息子を助けるときに稀少な『聖魔法』を発動して瀕死の怪我を治癒してくれたんだ」
「聖魔法? 治癒?」
え? 僕は生活魔法以外には特にこれといった魔法は使えなかったんだけど?
「そうだ。傷が酷かったのと初めて発動したから加減が出来ずに治癒に魔力を注ぎすぎて魔力切れを起こして倒れたんだ」
・・・・・・魔力切れ。それであんなに重怠くて眠かったのか。初めてだったから全然分からなかった。
侯爵様は深刻そうな顔で続けた。
「そして稀少な魔法ということで、いろんな思惑で君を利用しようとする輩が増えるだろう。特に君は孤児だそうだから後ろ盾がない」
「・・・・・・はい」
「君はとても賢いようだから分かるだろう? 君のことを守るためにも、息子の命の恩人の君を家の養子にして守りたいんだ」
・・・・・・そうか、僕は神官としてあそこでずっと暮らすつもりだったけど、聖魔法なんてもののせいで僕だけじゃなく神殿や孤児院にも危険が及ぶかもしれないんだね。
だからこんな僕を引き取って守ろうとしてくれる侯爵様達を拒むことは出来ない。もっとも貴族に孤児が逆らえるはずもないんだけど。
「神官長様は了承、しているんですよね?」
「ああ。君を安心して任せられると喜んで下さった」
「なら、僕は構いません。あの、よろしくお願いします」
僕は拒む理由がないので、そう言って頭を下げた。
「ああ。そんな堅苦しくしないで。実は養子縁組はもう手続きが済んでいるんだ。事後承諾になって済まなかったが、君は一週間ほど眠っていたから早い方がいいと思って・・・・・・」
侯爵様はそう言って苦笑した。え、僕一週間も意識不明だったの!?
その間、ずっとお世話になりっぱなしな上に養子縁組なんて、申し訳ない。
「いえ、とんでもないです! 侯爵様」
「もう義息子なのだから義父上と呼んで欲しいな。あ、義父様がいいな! そしてササナギは義兄上──いや義兄様かな? 妻はすでに鬼籍に入ってしまっているので義母は無理なんだが」
「え!? いえいえそそそんな、急に、いきなりハードルが高いっ・・・・・・!!」
今までだって御貴族様と関わりがないのに、いきなりそんなの無理だってば!
「さあ言ってごらん?」
「・・・・・・ナツメ」
しかし侯爵様の笑顔とササナギ様のクールな顔が至近距離で迫ってきて、僕は二人の圧に負けた。
「・・・・・・ぅ・・・・・・義父様、義兄様?」
「───っああ、そうだよ」
「・・・・・・うん」
意を決して呟くように言えば、侯爵様は破顔してササナギ様も口の端が少し上がってはにかんだ。
僕はたぶんこのとき恋に落ちたんだと思う。
助けたときは本当に冬の精霊だと思って、現実味がなかった。
今でも無表情で精霊ぽいけど、でもさっきみたいにちょっと笑っただけで一気に人間味が出てドキッとした。
僕はこのとき、ササナギ義兄様の義弟として頑張ろうと無意識に予防線を張ったんだ。
だって、義弟だから。
ササナギ義兄様とどうこうなる関係じゃないから。
ただの義弟なら、ずっと義兄様と家族でいられるよね?
◇◇◇
───そう言い聞かせて無意識に誤魔化してきたこの気持ちを、僕は夢だと思って本人にぶちまけてしまったらしい。
義兄様にぎゅうぎゅうと抱きしめられながら顔を義兄様の首元にスリスリ擦り付ける。
はぁ、いい匂い。
「・・・・・・っふ」
義兄様の笑う振動でハッと我に返る。僕、また口に出てた!?
「ああ、出てた。そうか、いい匂いか。俺の浴室で使っているソープの匂いなんだがな。じゃあ傷が直ったら俺と一緒に入浴しよう」
「え、は? はえっ!?」
「ちなみに否やは聞かない」
「・・・・・・・・・・・・ええぇ・・・・・・」
ツボに入ったのか義兄様はしばらく笑ったあと、スープを作って貰おうと言って離れていった。
・・・・・・僕の唇に触れるだけの口吻をして。
「・・・・・・へ?」
「ふふ、もう遠慮はしない。快復したら覚悟しておけよ」
ニッと笑って部屋をあとにする義兄様。
僕はポカンとしたあと顔から湯気が出そうなくらい熱くなった。
───それってつまり、え?
義兄様、実は僕のこと、好きだったの───!?
ふかふかのお布団、義兄様と学園で同室のときには毎朝当たり前のようにあった温もり。
それが何故か今、僕の頬にある・・・・・・。
・・・・・・ん?
おかしいな。そういえば僕は誰かに誘拐されて倉庫に閉じ込められてなかったっけ?
急激に頭がぐるぐると回り始めて、僕はパチッと目を開けた。
すると眼前に銀糸のカーテンが───。
「・・・・・・はぇ?」
瞬きを数回・・・・・・。
よく見ると切れ長のアイスブルーの瞳があって、それが超どアップのササナギ義兄様の顔面だと気付いた。
カーテンだと思ったのは結われていない状態の義兄様の長い銀髪だった。
「目が覚めたか?」
「・・・・・・ぁい・・・・・・?」
僕は頭の中で『?』を浮かべまくった。
え、何この状況? 僕、死んで天国に来たの? え、コレって頑張った僕へのご褒美?
「・・・・・・死んでないし天国でもない。・・・・・・まあ、頑張ってたからご褒美ではあるかもしれないが」
「───ん?」
心が読めるなんてさすが義兄様。
「全部口に出てたぞ?」
「・・・・・・・・・・・・え?」
義兄様の言葉に少し考えたあと、ようやく意味が分かった。
僕、夢とか死んだとか思い込んで心の中で思ってたことをぼろぼろ口にしていたらしい。
───ということは・・・・・・!?
「───っうーわー!? えっ、まさか倉庫でも!? え、はっ恥ずかしい! 義兄様、忘れて、聞かなかったことにして!」
「出来るわけないだろう。誰がするか、そんなもったいないこと!」
慌ててシーツを顔まで引っ張り上げ───ようとして、義兄様が乗り上げていたせいで引っ張れず、真っ赤で涙目の無様な顔を晒し続けることになって僕はパニックだ。
「お前が攫われたと聞いて、どれだけ心配したか。───本当によかった」
「・・・・・・義兄様、心配かけてごめんなさい」
その言葉にあのときのことを思い出して、身体が勝手に震えてきた。
あの倉庫での絶望感と義兄様が助けに来てくれたという安堵感。
夢だと思ってたけど、どれも現実で・・・・・・。
そんな僕の震える身体をシーツごとぎゅうっと抱きしめてくれる義兄様の温もりにホッとして、僕もおそるおそる義兄様の背中に手を伸ばす。
そっとその広くて逞しい背中に縋ると、義兄様は何も言わずに抱きしめる腕を強くした。
「・・・・・・はぁ」
いい匂い。安心する。大好きな義兄様の匂いだ。
───あの日も同じ匂いがしたなぁ。
僕は抱きしめられながら、初めてササナギ義兄様と出会ったあの日を思い出していた。
◇◇◇
───あれは僕が一四歳になったばかりの頃。
神殿に併設された孤児院は成人にあたる一五歳になると院を出て独り立ちし、仕事をするのが基本だ。
事前に働き口を探し、住み込みでなければ住む部屋も探しておく。
給料や働き口は一般家庭よりは低くなるもののそこまで劣悪ではない。
神殿は地域に関わりが深く、疎かにはされない。だから同じ孤児でもスラム街の孤児よりも優遇された。
僕は生まれてすぐに神殿の孤児院の前に捨てられていたそうだ。
だから僕は親の顔も素性も当然知らない。ただスラム街ではなく神殿に捨てられたのは僕の親達の最後の良心だったのだろう。
スラム街ではすぐに死んでいただろうが、ここでは衣食住に加えて最低限の勉学を与えて貰えた。
だから神殿の名に恥じない行いをするように、当然のように恩返しをしようと僕は七歳くらいの頃には自分から申し出て神官見習いになっていた。
『まだ小さいんだし、成人まで孤児院でゆっくり大きくなっていいんだよ?』
神官長様にもそう言われたけど、僕は自分がやりたくてしているからと、構わず朝から晩までおつとめや同じ孤児院の僕よりも下のこの世話をした。
神殿併設とはいえ資金が潤沢にあるわけじゃないから、孤児達は大抵いつも空腹だ。
僕は自分の分の食事を時々空腹で泣く子達に分け与えていたので、ちょっとガリガリだったと思う。
一度、栄養失調で倒れたときには神官長様に叱られたな。
それでも止められなかったけど。
そんな生活を続けて一四歳になったある寒い日。
成人を迎えたら正式に神官に昇格される、あと一年だとウキウキしながら神殿の裏の林で暖炉用に枯れ木を集めていたそのとき。
林の藪の方でガサガサと音が聞こえて、僕はビクッとなった。
林にはたまにベアやフォックスなどが餌を求めて現れる。襲われたらただじゃ済まない。
ジッと息を殺してその音のしたほうを見つめていると、藪から地面の方にパタリと血だらけの指先が現れた。
「・・・・・・え?」
アレは、人の指だ。しかも血塗れだ。
まさか、誰かが怪我して倒れているのか!?
そう思ったらいても立ってもいられず、抱えていた枯れ木を投げ捨てて駆けていた。
すると僕よりもたぶん年上の綺麗な男の子が、冬の雪のようなキラキラした銀色の髪を血だまりの中に浸すように倒れていた。
「・・・・・・ひ、ぅ」
おそるおそる見るとあちこち切り傷があり、お腹が一番酷かった。
この出血じゃ死んじゃう!
僕は大声で神殿の方に向かって叫んだ。
「誰か! 怪我人がいます! 誰か来て、助けて!」
すると神殿の方に動きがあったので僕はホッとして、自分の見習い神官のローブを脱いでお腹に押し当てて止血を試みる。
「お願いします、神様! 血を止めて! 僕に出来ることがあるなら何でもしますから!」
だからこの綺麗な冬の精霊のようなお兄さんを助けて!
どうしてか分からないけど、失いたくない!
心底そう思った。
そのとき僕の身体から光が溢れて眩しさで目が眩み、光が収まったときには綺麗なお兄さんが目を見開いて僕を凝視していた。
「・・・・・・あ、よかった。気が付いたんですね。きっと・・・・・・助かっ・・・・・・」
冬の空のような綺麗なアイスブルーの瞳が驚愕で見開かれている中、急激に身体が重くなった僕は、そこで意識を失い───。
次に目が覚めたときには見慣れない天蓋付きのベッドに横になっていた。
「・・・・・・どこ、ここ・・・・・・?」
ぼんやりと重い頭で思考が回らず、掠れた声で小さく呟いた。
すると涼やかで静かな声が耳元で聞こえた。
「目が覚めたか。ここはエンドフィール侯爵家だ」
ぼんやりとそちらに視線を向けると、冬の精霊が椅子に腰かけて僕を見ていた。
「・・・・・・えん・・・・・・ふぃ・・・・・・?」
「・・・・・・今は何も考えずに眠るといい」
「・・・・・・精霊、さん・・・・・・助かって、よかっ・・・・・・」
「───っ精霊は君だろう・・・・・・」
精霊さんは何か呟いたけど、ぼんやりした頭にはよく入ってこなくて。
そのまま僕の頭や頬を撫ぜてくれて、その温もりにホッとして。
一度は意識が戻ったけど、もの凄く怠くて眠くて、僕はまた眠ってしまった。
次に目が覚めたときにはミカサ侯爵様も一緒にいらして説明をしてくれた。
どうやら魔力切れを起こして倒れた僕をエンドフィール侯爵家が保護してくれたらしいと、しっかり回復したあとで説明されて。
あのとき怪我していた精霊さんは侯爵家の嫡男ササナギ様で、悪漢に襲われて不覚にも瀕死の重傷を負って神殿の裏手まで逃げてきたそうだ。
そこで力尽きて意識を失ったところを僕が偶然見つけて助けた。
「え? でも僕は神官達を呼んでいる間に止血をしてたくらいですよ? ・・・・・・そういえば傷はもう大丈夫なんですか!?」
ハッとして思わずササナギ様のお腹をペタペタと触ってしまって、ぐうっと呻る声に気付いて慌てて手を離す。
「すっすみません! 僕なんかが尊い御身に触れて、無礼でした!」
「いや、構わない」
平民の孤児なんかが御貴族様の身体に触れたら不敬で罰せられる!
真っ青になって慌てて頭を下げると、ササナギ様はそれを制した。
そして侯爵様が言った言葉にポカンとすることになる。
「そんなことはいいんだよ。君は我が息子の命の恩人で今は私の義息子なんだから」
「・・・・・・はい?」
・・・・・・義息子!?
「実はナツメ君は息子を助けるときに稀少な『聖魔法』を発動して瀕死の怪我を治癒してくれたんだ」
「聖魔法? 治癒?」
え? 僕は生活魔法以外には特にこれといった魔法は使えなかったんだけど?
「そうだ。傷が酷かったのと初めて発動したから加減が出来ずに治癒に魔力を注ぎすぎて魔力切れを起こして倒れたんだ」
・・・・・・魔力切れ。それであんなに重怠くて眠かったのか。初めてだったから全然分からなかった。
侯爵様は深刻そうな顔で続けた。
「そして稀少な魔法ということで、いろんな思惑で君を利用しようとする輩が増えるだろう。特に君は孤児だそうだから後ろ盾がない」
「・・・・・・はい」
「君はとても賢いようだから分かるだろう? 君のことを守るためにも、息子の命の恩人の君を家の養子にして守りたいんだ」
・・・・・・そうか、僕は神官としてあそこでずっと暮らすつもりだったけど、聖魔法なんてもののせいで僕だけじゃなく神殿や孤児院にも危険が及ぶかもしれないんだね。
だからこんな僕を引き取って守ろうとしてくれる侯爵様達を拒むことは出来ない。もっとも貴族に孤児が逆らえるはずもないんだけど。
「神官長様は了承、しているんですよね?」
「ああ。君を安心して任せられると喜んで下さった」
「なら、僕は構いません。あの、よろしくお願いします」
僕は拒む理由がないので、そう言って頭を下げた。
「ああ。そんな堅苦しくしないで。実は養子縁組はもう手続きが済んでいるんだ。事後承諾になって済まなかったが、君は一週間ほど眠っていたから早い方がいいと思って・・・・・・」
侯爵様はそう言って苦笑した。え、僕一週間も意識不明だったの!?
その間、ずっとお世話になりっぱなしな上に養子縁組なんて、申し訳ない。
「いえ、とんでもないです! 侯爵様」
「もう義息子なのだから義父上と呼んで欲しいな。あ、義父様がいいな! そしてササナギは義兄上──いや義兄様かな? 妻はすでに鬼籍に入ってしまっているので義母は無理なんだが」
「え!? いえいえそそそんな、急に、いきなりハードルが高いっ・・・・・・!!」
今までだって御貴族様と関わりがないのに、いきなりそんなの無理だってば!
「さあ言ってごらん?」
「・・・・・・ナツメ」
しかし侯爵様の笑顔とササナギ様のクールな顔が至近距離で迫ってきて、僕は二人の圧に負けた。
「・・・・・・ぅ・・・・・・義父様、義兄様?」
「───っああ、そうだよ」
「・・・・・・うん」
意を決して呟くように言えば、侯爵様は破顔してササナギ様も口の端が少し上がってはにかんだ。
僕はたぶんこのとき恋に落ちたんだと思う。
助けたときは本当に冬の精霊だと思って、現実味がなかった。
今でも無表情で精霊ぽいけど、でもさっきみたいにちょっと笑っただけで一気に人間味が出てドキッとした。
僕はこのとき、ササナギ義兄様の義弟として頑張ろうと無意識に予防線を張ったんだ。
だって、義弟だから。
ササナギ義兄様とどうこうなる関係じゃないから。
ただの義弟なら、ずっと義兄様と家族でいられるよね?
◇◇◇
───そう言い聞かせて無意識に誤魔化してきたこの気持ちを、僕は夢だと思って本人にぶちまけてしまったらしい。
義兄様にぎゅうぎゅうと抱きしめられながら顔を義兄様の首元にスリスリ擦り付ける。
はぁ、いい匂い。
「・・・・・・っふ」
義兄様の笑う振動でハッと我に返る。僕、また口に出てた!?
「ああ、出てた。そうか、いい匂いか。俺の浴室で使っているソープの匂いなんだがな。じゃあ傷が直ったら俺と一緒に入浴しよう」
「え、は? はえっ!?」
「ちなみに否やは聞かない」
「・・・・・・・・・・・・ええぇ・・・・・・」
ツボに入ったのか義兄様はしばらく笑ったあと、スープを作って貰おうと言って離れていった。
・・・・・・僕の唇に触れるだけの口吻をして。
「・・・・・・へ?」
「ふふ、もう遠慮はしない。快復したら覚悟しておけよ」
ニッと笑って部屋をあとにする義兄様。
僕はポカンとしたあと顔から湯気が出そうなくらい熱くなった。
───それってつまり、え?
義兄様、実は僕のこと、好きだったの───!?
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