【完結】彼とおじさまの恋事情

秋空花林

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 目が覚めると、翌日の朝だった。
 
 側に温もりを感じて見上げると、すうすうと眠る瑛一郎の寝顔があった。

 それで今回も先に黄山が気を失ってしまったのだと気づく。

 ちょっと落ち込んだ。

 また、瑛一郎のイク瞬間の顔を見れなかった…。
 いつも冷静な人だからこそ、そのギャップは恋人の自分だけが見れる特典の筈なのに。前に口で奉仕した時しか見た事がない。

 この人が持たないとか、絶対嘘だ!

「次こそは!」
「ん…何が?」

 黄山の発言に、瑛一郎が目を覚ました。おはよう、と腕を回して、ギュッと抱きしめてくる。

「身体は大丈夫?」
「ちょっと痛いけど、もうちょっと休めば大丈夫です」

 そう、無理させちゃったかな?とお尻を撫でられ…。

「少し腫れてるね」
「は、恥ずかしいから、そんなとこ触らないでください!」
「どうして?昨日は両脚をパッカリ開けて丸見えだったのに?しかも私は舐めて舌も挿れたよ」
「~~~っ!」

 羞恥で死にそうだ!

 ぶふ、と瑛一郎が堪えきれずに吹き出した。黄山の反応がおかしいのか爆笑している。

「ひ、ひどいです!縛ったの瑛一郎さんなのに!」
「ハハッ。悪かったね。嫌だった?じゃあもう縛るのはやめようか?」

 言われて手首や体を見る。紐なのか縛り方なのかはわからないが、特に痕は無かった。

「痕が残らないなら…」

 ぷっ、と再び瑛一郎が吹いた。何がツボになったかはわからない。でも、朝からまったり出来る貴重な時間と楽しそうな恋人。

 幸せな気持ちに包まれて、黄山は恋人に抱きついた。



 朝食を取った後、外出か家でゴロゴロするか尋ねられた黄山は、腰が痛いのもあって、ゆっくりしたいとお願いした。

 2人でソファに座って、昨日とは違う映画を鑑賞した。今日はラブストーリー物だった。

 寄り添って、途中少し会話して、またお互い集中して。そんな穏やかな休日デート。

 このまったりした時間も夕食時までだ。夜には自分が帰らないといけないから。

「もっと…一緒にいれたらいいのに」

 無意識に溢れた言葉に、瑛一郎が返した。

「じゃあここに越してくる?」
「…いいんですか?」
「黄山君がいいなら、いつでも歓迎するよ」

 何となく、瑛一郎は自分の世界を大事にする人だと思っていた。だから一緒に住む事を望まない人だと思っていたのに。だから同棲の誘いが意外すぎて驚いた。

 瑛一郎が黄山の肩に手を回して引き寄せた。

「お互いがゆっくり過ごせる為にも、黄山君にもちゃんと部屋を用意しよう」
「瑛一郎さんは、ちゃんと自分の部屋はありますか?」
「一番広い場所が私の趣味部屋だよ。ゲストルームで2部屋あるから1つを黄山君の部屋にしようか」
「本当に…いいんですか?」
「私ももっと君といたいからね」

 嬉しい。
 嬉しい。

 どうしよう…嬉しすぎて泣きそうだ。

 黄山が男が好きだと自覚して、それをずっと隠して。初めてカミングアウトして身体の関係を持ったのは紫藤だった。それもただの身体の関係だから、恋人の様な関係では無かった。

 紫藤に捨てられてからは、罪悪感にかられて無意識に誰かを好きにるのは避けていた。寂しさのあまり、身体の関係だけを結んだ相手はいた。

 それでも、それは決して心を通わせる恋人の関係では無かった。

 初めて恋人と呼べるのは瑛一郎が初めてだった。その彼から、一緒に住もうと誘われたのだ。

 我慢できなくて、瑛一郎の胸に顔を埋める。ハハ、どうしたの?と笑いながら、瑛一郎は優しく頭を撫でてくれていた。
 


 黄山が泣き止むのを待って、瑛一郎がゲストルームに連れていってくれた。

 玄関から最初の右の部屋は、今まで通りのゲストルーム。その次の二つ目の部屋。寝室の向かいに当たる部屋が黄山の部屋になった。

 中はベッドとクローゼットとテーブルと椅子位しかない。

 洋間10帖程度の広さだった。

「狭いかな?大丈夫かい?」
「充分です!」

 せっかくだから他の部屋も見る?ともう1つのゲストルームも見せてもらった。作りは同じだった。

 その向かいが瑛一郎の趣味部屋だった。

 ドアを開けると始めに10帖の広さがあり、そこに釣り道具やゴルフバッグやら、趣味の道具がおかれている。

 その先は何十帖にも広がるただっ広い空間だった。画材やらキャンバスやら、描きかけの絵や。

 現像された写真や、飾られた写真や。とにかく色んな物が溢れていた。

 どうやら瑛一郎のアトリエ兼、個室兼、趣味部屋の様だ。

「ひ、広いですね」

 というより、ありえない位広すぎる。どんな構造になってるのか。

「隣の居住分の壁をぶち抜いて繋げてて、こっちは一部屋にしたんだよ。だからその先にも寝室やキッチン、風呂やトイレもあるよ」
「は?え?ぶち抜いて?」
「このマンションは胡桃沢グループの所有だからね。つまり私の物だから使いやすい様に改造したんだ」
「……」

 忘れていた。そうだ、この人は大富豪だった。

 庶民の黄山のアパートは6畳一間だ。こんな広い部屋なんて…。

「掃除大変そうですね」
「ぷはっ!この部屋を見てそんな事を言ったのは君が初めてだ」

 瑛一郎が楽しそうに笑う。
 家政婦が掃除に来るから大丈夫だよ、と聞いてホッと胸を撫で下ろした。それを見て瑛一郎がまた笑った。

 好きに見ていいよ、と言われて趣味部屋をウロウロする。

 瑛一郎は現像して乾かしていた写真を回収している。

 描きかけの沢山のキャンバスの側に、袋に包まれて壁に立て掛けて置かれた絵があった。

 額に入れられた少し大き目の絵だった。何となく気になって、袋を覗くと、鮮やかな赤が目に飛び込んできた。その次に目につくのは美しい金の線。そして飛び散るいくつかの色彩。

 目を奪われるインパクトだった。

 瑛一郎は基本、目で見た物を書き写し色を載せる。こういう絵は描かない。だから、別の誰かの絵だというのはわかった。

「どうかした?」

 動かなくなった黄山を心配して瑛一郎がやって来た。黄山が見ていた絵に気づいて、一瞬動きを止めた。

「これ、すごいですね」
「…ああ、そうだね」
「額に入ってるのに飾らないんですか?」
「…そのうちね。それより現像室も見てみるかい?」
「はい!」

 黄山が袋から手を離して振り返ると、絵がグラリと前に倒れて来た。
 
 額の大きさが黄山の鳩尾位はあるサイズだった。立派な額縁で相当な重量がある。それが黄山に向けて倒れてきた。

「危ない!」

 瑛一郎が黄山の腕を掴んで引き寄せた。

 重量のある物が倒れる音とガラスの割れる様な音を立てて、絵が勢いよく床に倒れた。

 周囲にあった埃が軽く舞う。

「ご、ごめんなさい!」

 絵自体には触って無い。少し袋を開けて見た位だ。なのにまるで意思がある様に、それは自ら倒れてきた。

「大丈夫。怪我はないかい?」
「…はい」

 瑛一郎が袋の中の絵を確認する。
 
 ガラスは割れているけど、絵自体には傷は無いから大丈夫、と聞いてホッとする。

 素人の自分から見ても、目を惹きつける絵だった。すごく高い絵かもしれない。傷がついていない事にホッとした。

 瑛一郎が袋の中にガラスを落として、額の背後を触って額縁を外そうとしているのを見て駆け寄った。

「手伝います」
「じゃあ額を押さえててくれるかい?後ろの部分を外して、絵だけ取り出しておこう」
「はい!」

 手慣れた様に、額の後ろの留め金を外して、瑛一郎が後ろの板を外す。

 その瞬間に現れた真っ赤な文字。

 黄山は、ひっ、と息を飲んだ。

「そ、それ…」

 瑛一郎は気づかずに黄山に視線を向ける。そして、黄山の視線を追って、額縁の裏板の内側を見た。





 赤い文字で一行。





 ゆ る さ な い





 そう書かれていた。
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