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第三章 空を舞う赤、狂いて

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「逆だろ。今世界に溢れた瘴気を食い止めてるのは魔王様だ」
「え?」

 それは、これまで太陽が学んできたこの世界の常識を根底から揺り動かす言葉だった。

「…うそ、俺、魔王が現れたせいで瘴気が溢れたって聞いたんだけど」
「嘘じゃねーよ。世の中に瘴気が溢れたら、それを抑える為に魔王様は現れるんだ。今だってずっと抑えてくれてるから、この程度の瘴気ですんでんだよ」

 悪男の話が本当なら、魔王こそが世界を救う救世主?

 東の村の人間やルース達エルフ一族の認識とも変わってくる。

 わからない。どれが真実なのか。

「じゃあ、光の聖女や勇者は何の為に魔王を封印するんだよ…。500年前、魔王が聖女や勇者を殺したから瘴気が止まらないんじゃないのか?」
「そんな昔の事まで知らねーよ。どのみち北に行けば直接魔王様に会える」

 悪男が再び餌を撒いた。
 
 困惑しすぎて考えがまとまらない太陽は、ぼんやりとその光景を見ていた。
 そして気づく。よく見ないとわからないが、悪男のまいた餌は、うっすら赤と紫に光っていた。

「その餌…」
「ん?これはコイツらの分だからやらねーぞ」
「誰が食うか!」

 離れた場所からまた鳥の一軍が飛んで来た。これまでの小鳥より一回り大きく、何だかヨタヨタしてる。よく見ると赤い目に黒い濁りが見えた。

「も、もしかして魔物!?」
「待て。大丈夫だ」

 指輪から弓矢を取り出して構えた太陽を、悪男が止めた。

 小鳥達がいない場所へ餌をまく。同じ様に赤と紫の美しい粒が薄くきらめいた。魔物の鳥達が餌に一斉に群がる。

 餌を食べた魔物達の目が、濁った赤から薄い赤に変わった。

「目が…」

 前に狂っていた空が正気に戻る途中で、こんな状態になっていたのを思い出す。

「悪男、その餌って何か特別なのか?」
「変な名前で呼ぶな。人間には見えないと思うけど、少しだけ聖気を込めてるんだ。それを食べれば僅かでもコイツらの闇堕ちを防げるからな」
「……」

 人間には見えない。ドキッとした。
 見えてる自分は何者なんだろう。

「そろそろオレ達も食事にするか。ショーキも起きるだろうから」

 悪男が窓から部屋に戻って、歩いて部屋を出て行った。太陽も慌ててついていく。

 改めて建物を観察すると、ドアやガラスなど、空間を遮る物が無い。それに出入口の幅がやけに広く取られていた。不思議な作りだった。

 獣人やエルフ、鳥人間。各種族でもこんなに生活様式が違う。面白いな、と思った。

 悪男が入った部屋は広い場所だった。いくつものテーブルや椅子がある事から、ココが食堂だと推測する。

「そういえば…お前達以外の鳥人間はいないの?昨日から悪男とショーキしか見てないけど」
「…お前変な名前つけんの得意だな。俺は鳥族だ。でも…他のみんなは闇堕ちしちまったからな。今頃適当に谷を飛んでるだろ」

 悪男が言いながら、奥のキッチンらしき所へ入って行った。そのままついていく。冷蔵庫や流し台があるわけもなく、作業場という感じだった。

 所々に明るく光る石が埋め込まれている。東の銀狼の洞穴にもあった石だ。向こうより数が多くて、薄暗い筈の部屋を明るく照らしていた。

「闇堕ち?じゃあもしかして、お前達2人だけ…」
「正確にはオレ1人だな。といっても、オレも半分はもう狂ってるから、そのうち鳥族はいなくなっちまうかも。それまでに魔王様が瘴気をどうにかしてくれたら良いけどさ」

 半分狂ってる? こんなに普通に話してるのに? それにショーキは数に入れないのか?

 太陽はそれを不思議に感じた。

 悪男が床下から、何かを取り出した。黒ずんだ小動物の死体だった。

 見た目より、それから伝わってくる不気味な気配に太陽が後ずさる。

 悪男はどこから取り出したのか、ナタの様な物で動物の首を落とした。
 飛び出る血は濁り、ドロッとしていた。それが解体台の上に、染みの様に広がっていく。

 もしかして食事って。

「もしかして、それ食うのか?何かヤバそうだけど」
「瘴気まみれだからな。でもよ、何とか瘴気から逃れてる奴ら食うのは忍びなくてよ」
「オハヨ!」

 突然、悪男の右目が開いた。髪と同じ臙脂色えんじいろの瞳が太陽を捉える。

 ショーキだった。

「ゴハン!ショーキのゴハン!」

 この場に似つかわしくないハイテンションで、ショーキはケケケ!と笑って解体した肉を口に入れ出した。

 その口からドロリと黒い液体が溢れる。その不気味さに、太陽は胃液が迫り上がってきそうな感覚になった。

「マズイ!」
「全部食うからだろ、瘴気が濃い所は避けろ」
「マズイ!」

 ペッとショーキが肉を吐き出した。ショーキの右目の臙脂色が更に濃さを増した。

 それを見て太陽は察っする。悪男が自分が半分狂ってると言った理由を。
 
 ショーキは瘴気。

 1つの身体に2つの人格があるんじゃない。悪男が瘴気で狂った部分がショーキなんだと。

「お、俺!肉持ってるよ!瘴気に塗れて無い奴!だからそれ食べよう!」
 
 これ以上、悪男に瘴気を食わせてはダメだ。太陽は急いで指輪から食べれそうな肉を出す。他に木の実も取り出した。

「俺、生肉ダメだから焼いても良いか?火とかある?」

 悪男が首を振る。

「西は女神に嫌われてるから火は使えない」
「そ、そうなの?」
「メガミ!トリキライ!オレらホロボソウとした!」
「え?」
「昔の話だ」

 悪男が両手を見ながら小声で何かを呟いた。一瞬にして手についていた血の汚れが消えた。恐らく、よくルースが使う清浄する魔法だろう。

「俺、木の実食べるからさ、お前生肉でもいいか?あっち行こうぜ」

 少しでも瘴気肉から離れたくて、悪男を引っ張って食堂に移動する。

 少し空気がマシになった気がした。

 皿の上に解体済の生肉を置いて、悪男に出す。ショーキがウマーっと目をキラキラさせてパクついた。

 その様子を見ながら、太陽は木の実を口にする。

 あの時、沢山の肉をくれた獣人達と、一緒に解体してくれたルースに感謝だ。幸い食糧はまだまだ沢山ある。2人分の食事は何とかなりそうだ。

「なぁ聞いてもいいか?その…ショーキって、狂ってる部分なの?」
「ウマイ」
「正確には狂いつつある部分だな。オレの部分も少しずつこんな風になって、いつか狂う。オレの家族がそうだったから」

 ショーキはカタコトや簡単な言葉しか話せない。いつか悪男の部分が…消える?

「お前、馬鹿かよ…。何で瘴気の肉なんか食うんだよ」
「食えるのがソレしか無いんだ。西は草木も育たないから、爬虫類や西の近隣で小動物とかを狩るんだ。でも今はそれらも瘴気にやられてる」
「朝の…鳥は?」
「あの鳥はオレ達にとって家族だ。家族は守る物で食う物じゃないだろ?」

 その言葉に、胸が苦しくて、涙が滲んで来た。
 
 朝から聖気を込めた餌やりで、他の鳥達を瘴気から守って。自らは生きる為に、瘴気に塗れた物を口にしている。

 こんな良い奴が、あの時の空みたいに狂ってしまうなんて。

『セーヤの体液を飲めば』

 空の言葉が蘇った。

 俺と…そういう事をすれば、コイツは助かる? 
 
 ショーキは相変わらず、生肉にかぶりついていて、お前落ち着いて食え!と悪男はタオルみたいな布で自分の口元を拭いている。

 その光景に、何だか兄弟みたいだな、と思わず笑ってしまう。

 こんな心優しい奴を狂わせたくない。

「なあ、俺とー」
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