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 フラウティア・フィリア初の女騎士。

 それは概ね歓迎の声をもって受け入れられた。

 腕自慢が集まる大会優勝者。そして平民にも関わらず王女の護衛まで上りつめた実力者。

 キャスベルは数多くの冒険者や平民、そして特に同じ女性達の希望となった。じわじわと確実に、その名が大陸に知れ渡って行くのだった。



◇◇◇



 概ね歓迎という事は。
 残念ながら歓迎しない者もいるという事だ。

 それは主に身分の高い者。特に男達からだった。

 キャスをスカウトしたのが騎士団長のラリエスだから直接の嫌味は無い。が、向けられる視線でそれは嫌々感じた。

 特に顕著なのは王女の父親。
 即ちこの国の王だった。

「アレが武器を習いたいと言ったそうだな。その女のせいか?」

 ギロリと国王は直立で控えるキャスを睨んだ。それに対しラリエスが代表して発言する。

「世の状況を聞いて身を守る手立てを身につけたいと思われた様です」
「護衛がこんなにいるのにか?アレの役割は子を成し光の能力を次世代に残す事だ。まだその気にさせられんのか」
「…王女はまだ幼く、流石にその気にはなれません」

 まだ成人前の娘に手を出せ。
 国王から直接そう言われている恋人を、キャスは離れた場所から見守っていた。

 王女の護衛について分かった事だが、その尊い使命を重んじるあまり、国王並びに王族は王女に対する扱いが酷かった。

 子を成すだけの道具。魔王復活となればこの世界を守る道具。そう捉えられていた。

 そしてそれは、光の勇者になりえる可能性が高いラリエスに対してもだ。

「そちも勇者の末裔。役割を忘れるな」
「…魔王は未だ復活しておりません」

 きっとこの様な会話を何年も続けてきたに違いない。今ならラリエスが自分を縛る役割を毛嫌いしていたのが分かる気がした。

 見兼ねたベイティが助け船を出した。

「国王。発言を」
「緑の。どうした?」

 エルフや銀狼は各大陸を治める一族。その長の子であるベイティやルフトゥは、その地の王族の様な者だ。国王もある程度態度を和らげた。

「習い事を条件に城から脱走する事を禁じられては。何か夢中になれる物が城内にあれば姫も気がまぎれるかと」
「ふむ、確かに」

 国王は暫し考え。

「では弓ならどうだ?剣や体術より怪我も少なかろう」
「よろしいかと。南より教えられる者を呼び寄せましょう」

 そして王女は城から出る事を禁じられた。

 代わりに。数日後、ベイティの紹介で1人のエルフが南の大陸からやって来た。

 ベイティの弟で今代エルフ1番の弓の名手という事だった。

「ルミドと申します。私の事は先生とお呼び下さい」

 ベイティに比べ、弟のルミドは更に優しい印象の男だった。何だか見覚えがある様なー。

「…素敵」

 ポツリと呟きが聞こえた。キャスが視線を向けると。王女がルミドを見て頬を染めていた。

 人が恋に落ちる瞬間を見たのは2回目だ。

 ん?2回目?そこでキャスは気づいた。

 見覚えがある筈だ。彼はレースの結婚相手だ。



「人生初めての恋が既婚者なんて…切なすぎるわ」

 王女の初恋は秒で失恋した。

 ルミドとレースは既に正式な夫婦になっていたからだ。

 自室の豪華なベッドに突っ伏し泣き崩れる王女に、護衛達はほとほと困っていた。

 ラリエスもルフトゥも相手に困った事はないし。ベイティはまさか結婚したばかりの弟に失恋するなんて予想外もいいとこだし。

 結果、男達は同性の護衛であるキャスに視線を送った。頼む。どうにかしてくれと。

 もちろんキャスも恋愛経験値は皆無だ。だから自分なりの励ましを送った。

「恋人が無理なら新しい絆を築いてはどうですか?」
「新しい…絆?」

 キャスの意外な提案に王女の涙は止まった。よし、これならいける。

「せっかく弓を習うのですから例えば1番弟子になるとか。免許皆伝や奥義を授けてもらうとか。彼にとって他の弟子とは違う特別な存在になるのです!」

 キャスらしい強さを基準とした提案だったが、王女に見事にクリティカルヒットした。

「そうね…。確か生徒は何人かいるって言ってたわ。なら私はミドにとっての一番弟子になって師匠て呼ぶわ!」

 ちなみにミドはルミドの愛称だ。

「こうしてはいられないわ!ミドの元へ行かなきゃ」

 段々キャスの影響で脳筋になりつつある王女は、鼻息も荒く部屋を出て行った。

「よくやったキャス。あとは任せろ」
「助かったよ。稽古が終わるまで2人は自由にしてていいから」

 そう言ってルフトゥとベイティは王女を追って部屋を出て行った。

 後にはキャスとラリエスだけが残った。2人きりになるのは別荘で過ごした日以来だ。

 そう思った瞬間。気づけばラリエスに背後から抱きしめられていた。

「キャス、やっと2人きりになれました」

 キャスの肩に頭を乗せる様にしてラリエスが甘えてきた。

 こういうスキンシップも久しぶりだ。何だか緊張して、キャスの身体は強張った。

「ふふ。緊張してるんですか?」
「まだ…慣れない」

 身体に回された腕や背中に当たる胸筋の逞しさで、否応なく女の身体とは違うんだと認識させられる。相変わらずラリエスからは上品な香水が感じられた。

「護衛は慣れましたか?」
「あぁ。王女は気さくで良い人だ。他の3人も良くしてくれる」
「そうですか」

 冒険者の時の様な刺激は無いが、重圧にも負けず懸命に己の人生を生きようとする王女は大変好ましかった。素直に力を貸してやりたい。守ってあげたいと思える。

 脱走だって、自分の目で守るべき民の生活を見たかったからだと今なら分かる。

「王女は…可哀想だな」

 王族唯一の姫には外の世界は不要だと、国王は城に閉じ込めておきたいのだ。

「そうですね。私は男だからまだ騎士団として出れますが、彼女は脱走でもしないと出れませんから」
「…団長は、王女を好いてないのか?」

 キャスから見て王女は可愛く好ましい性格だ。今は言動が幼く見えても、あと数年もすれば素敵な女性になるだろう。

 そんな王女を差し置いて、自分がラリエスの恋人でいる事がやはり気になっていた。

「ラリエスと」
「え?」
「恋人なんですから…」

 くるりと身体を反転させられる。そのまま抱擁され、自然とキャスがラリエスを見上げる格好となった。

 整った顔立ちが至近距離でキャスを見つめる。

「ラリエスと呼んでください…ね」
「う、ち、ちか」

 近い。近すぎる。

 何だかその距離が恥ずかしくて、身動きしようにも、ラリエスはキャスを離さない。

「キャス?」
「わ、わ、わかった、ら、らり」
「ん?」

 微笑みながら見つめてくる。
 逃げられそうにない。

 直視できなくて、顔を伏せながら、キャスは彼の名前を呼んだ。とても小さな声で。

「…ラリエス」

 名前を呼ぶだけで、こんなに恥ずかしくなるなんて。自分の頭はどうにかなってしまったのかもしれない。

 次の瞬間、キャスの身体が浮いた。

 いつの間にかラリエスが、キャスの身体を横抱きにして隣室へ向かう所だった。キャスの部屋だ。

 キャスの部屋は護衛用の簡易的な部屋だ。そんなに広さは無い。ベッドももちろん1人用だ。

「私にとって王女は手のかかる妹の様な感覚です。そんな事より…」

 狭いベッドの上にキャスを寝かせると、ラリエスはキャスの側に腰かけ、身を屈めて来た。

「せっかく2人きりになれたんです。もっと私を意識して下さい」

 ラリエスの手が優しくキャスの頬に優しく触れる。その表情はいつものキリッした凛々しさは影を潜め、キャスへの甘さ全開だ。

「意識は…ずっとしてる」

 ラリエスの言葉にも、その表情や態度にも。

 キャスはずっとドキドキさせられっぱなしだ。今だって心臓はバクバクしてる。

「…もっと、もっとです」

 ラリエスが呟いてキャスの頬に、そっと口づける。

「こ、これ以上は」

 休憩とはいえ一時的なものにしか過ぎない。さすがに、これはまずいと押し返そうとするキャスの手にラリエスは指を絡めて自由を奪った。

 そのままキャスの耳元から首元へ。優しくラリエスの口びるが触れていく。

「ラ、ラリエス、待って、」
「早く…もっと私を求めて」
「え?」

 思いのほか暗いその声に、キャスは自分に覆い被さる恋人を見上げた。

 思い詰めた薄茶の瞳と視線が絡む。

「早く貴女に私と同じ気持ちになって欲しい」
「……っ」

 ラリエスの切なそうな声に言葉が返せない。

 その隙に、そのままラリエスがキャスに顔を寄せて来た。

 そういえば。結局邪魔ばかりされて、まだ口づけさえもしていなかった。

 今度こそー。

 ラリエスの口づけを受け入れる為、キャスは瞼を閉じる。

 2人の唇が重なる寸前。

 ガッシャーン

 隣の王女の部屋から、派手に窓が割れた音が響いた。

 甘い雰囲気は一瞬で吹き飛び、即座に2人は隣室へ駆け込む。

 王女の部屋は窓ガラスが飛散していた。幸い誰も居なかった為、怪我人は居なかった。

 ラリエスとキャスが直ちに城内外も含め不審者や不審物を調査したが。

 結局、原因は分からなかった。



◇◇◇



「護衛なのに側を離れたのか?」
「我々は少ない人数で護衛してますから、時々交代で休憩をとっています。ちょうどその時間でした」
「あの女と2人でか?」
「たまたまです。彼女は隣室に。私は自分の部屋へ戻る所でした」

 事件の後。原因を突き止められなかった咎で、ラリエスは国王に呼び出されていた。

 正確に言えばキャスとの仲を疑われていた。

 ただの女遊びならほっておかれても、それが本気の恋愛なら、ほっておく訳にはいかないからだ。

 非公式だがラリエスは王女の婚約者扱いだった。これは互いが幼少時代から決められていた事。

 それをラリエスは王女はまだ幼いからと、のらりくらり交わす事で避け続けていた。

「新しく来たエルフに王女が熱を上げたらしいな」
「…あの年頃特有の憧れかと」
「だが、恋を知る年齢になったという事だ」

 もう幼いという理由は通じない。暗にそう言われていた。

「北の妖精王がもうすぐ登城する。謁見時、其方も同席しろ」
「はい」

 北で起きた異変。それがラリエスと王女の運命を左右する。内容次第では自分も覚悟を決めなければならない。

 知らず内にラリエスはキツく拳を握りしめていた。



ーーー



 次話、最終話です。
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