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 朝からラリエスはご機嫌だった。簡単な物で軽めの朝食を準備すると、キャスを食堂に呼んだ。

「一緒に食べましょう」

 呼ばれたキャスは困惑した。

 距離感がおかしい。

 ラリエスの膝に乗せられ、まるで小さい子の様に口に食事を運ばれている。

「団長。ヒナじゃないんだから、自分で食べれる」
「明日からはこんな風にイチャイチャ出来ませんよ?…ダメですか?」

 ラリエスが悲しそうに眉尻をさげた。その姿にキャスは罪悪感を覚える。

 それにイチャイチャって。こ、これがいわゆる恋人同士のスキンシップなのか!?

「私に触れられるのは嫌ですか?」
「嫌では無い、むしろ」
「むしろ?」
「いや、その、何だか照れてしまって」

 言っててキャスは恥ずかしくなった。だって密着すればするほど、彼のしっかりした筋肉が直接身体から伝わって、何だかソワソワしてしまうのだ。

 こんな気持ちも初めてで、キャスはどうしていい分からない。

「あーもう。朝からずっとキャスが可愛すぎて…辛いです」

 ラリエスが、どさくさに紛れて、キャスの胸に顔を埋めた。

 彼の息がかかって何だか恥ずかしい。みるみるうちに、キャスの顔が赤く染まる。

 キャスが恥ずかしさに耐えきれず声をかける前に、ラリエスが顔を上げた。

 少しむくれたような表情でキャスを睨んでる。タレ目のせいか、全く迫力が無かった。むしろ可愛くすら見える。

「なら…1つお願いを聞いて欲しいです」
「団長?」
「貴女からキスして欲しいです」
「キ、キス!?」

 恥ずかしさも吹き飛んで、キャスは声を上げた。団長は一体何を言ってるのか!何でそんな展開に!?

「お願いします…。前回はあの妖精に邪魔されたでしょう?」
「う」

 タンタンによる盾で塞がれたのは、つい一昨日の事。確かにあの時の自分は、彼を受け入れた。

「わわわ、わ、わかった」

 キャスは覚悟を決めた。

 恥ずかしいから目を閉じて欲しい。キャスの必死な言葉に、恋人は素直に目を閉じた。

 その頬をむんず、と掴んで、キャスはラリエスを見つめ。

 恐る恐る、顔を下ろした。

 が。

 2人の唇が重なる事は無かった。

 食堂のドアを開け放して、大声をあげて入って来た者がいたからだ。

 バタンッ!

「ラリエス!帰ってるなら連絡しなさいよ!」

 キャスとラリエスは、キス寸前の体制で、入って来た人物に顔を向ける。

 両手で開けるタイプのドアを開け放した体勢で立っていたのは、可憐な少女だった。

 薄い色彩のふわふわ髪に、大きくパッチリした瞳。仕立ての良いワンピースを纏った、大変愛らしい少女だった。

 その少女が2人を見て。

 ………。

 パタンと扉を閉じた。

「……」
「……」

 ラリエスとキャスは扉を向いて固まったままだ。

 そして扉の向こうからは何やら聞こえてきた。

『入らないのですか?』
『無理よ!それどころじゃ無いわ!』
『おいおい。今さら戻るのは無いだろう』
『だって、だって、ラリエスが女の人と、キ、キ、キスしてたのよ!入れる訳無いわ!』
『ほお。ではぜひ入らねば』
『ルフトゥ!ダメ~!』

 ガチャリ

「貴方達…何勝手に人の家に入って来てるんですか?」

 不機嫌なまま扉を開けると、地を這う様な低音ボイスで、ラリエスは不法な侵入者達に声をかけた。



◇◇◇



 可愛い少女と若いエルフの男と、獣耳とフサフサの尻尾がついた若い獣人の男。ラリエスの別荘に忍び込んだのはこの3人だった。

 確かエルフは数が少なく貴重だと聞いてるのに…やたら遭遇率が高いな。キャスはぼんやりそんな事を考えながら3人を観察した。

 先ほど部屋に乱入しようとした少女は言動から幼く見えたが、よくよく見れば10代半ばにも見える。身につけている衣服から身分の高い者だとうかがいしれた。

 2度目のチャンスを潰されたラリエスが、機嫌悪そうにキャスへ3人を紹介した。

「本来なら明日会う予定でしたが。キャス、貴女が護衛する王女と、その護衛1と2です」
「王女?」

 高貴な方だろうとは思っていたが、予想外な身分の高さにキャスは驚き少女に目をやった。

 今代、王女は1人しか生まれていない。

 魔王が甦りし時この世界を救う存在。
 光の聖女になる宿命を持つ少女。

 そしてー。

 本来ラリエスが婚約者になるべき相手だった。

「キャス?どうしました?」
「団長いいのか?王女様に、その、私達の事を」

 2人の関係は隠しておくと約束した筈なのに、王女に速攻バレてしまった。

 そんなキャスに慌てて声をかけたのは王女だった。

「ちょっと待って!先に言っておくけど、私こんな腹黒タレ目なんて好きじゃないから!」
「腹黒…タレ目?」

 この場にタレ目なんて1人しかいない。

 チラリとキャスはラリエスを見た。ラリエスは笑顔で青筋を立てている。

「奇遇ですね。私も猿は趣味じゃないんです」
「猿ですって?これでも一応王族なんですけど」
「なら少しは守る側の気持ちも考えてください。このジャジャ馬姫」

 2人共笑顔なのに、ラリエスと王女の間にバチバチと何かが走った気がした。

 その様子に、また始まったとため息を吐いたエルフの青年がキャスに目を向けた。

「2人はほっておこうか。私は南の長の息子ベイティだよ。よろしくね」
「あ、ああ」
「こっちは東の長の息子。あだ名はルフトゥ」

 銀狼のルフトゥは挨拶代わりに軽く手を上げた。ニヤニヤしながら面白そうに、王女とラリエスの言い合いを観察してる。

「とりあえず、見ての通り2人に色恋沙汰は全く無いから。王女に気を使う必要は無いよ」
「そ、そうか。わかった」

 顔には出さず、キャスはホッとした。そんな自分の気持ちにちょっと驚く。

「とりあえず王女の護衛は君とラリエスと私とルフトゥ。それに今度西の鳥族が1名加わって5人になるよ」
「たったの5人?」

 王女はこの世で最も尊い使命を持つ。王女専属の騎士団がいてもいい位だ。

「いや、本来の専属の護衛はもっといるんだけどね」

 ベイティによると。元々王女専用の騎士団があったらしいが、護衛の目を盗んでは度々城を抜け出すので。こうなったらいっその事、抜け出した先でも護衛できる位の少数精鋭に護衛を任せる事になったらしい。

 そこで選出されたのがこのメンバーになったそうだ。

「女性騎士が加わってくれて良かったよ。流石に男ではついていくのが難しい場所もあるからね」
「はあ」

 そこに王女が会話に入って来た。

「そうね。キャスのお陰で女性専用のお店にも行きやすくなったわ!ありがとう」
「はあ」

 既に王女はキャスと共に城を抜け出す画策を始め様だ。不安しかない。

「それに鳥族が加われば空中散歩できるわね。ルフトゥに乗って移動出来ない場所も行けるわ!」

 東の銀狼は王女にとっての移動手段扱いのようだ。

「明日から楽しみ!よろしくねキャス」
「……よろしくお願いします」

 自分はもしかしたら、とてつもない面倒ごとに足をつっこもうとしてるのかもしれない。そんな予感がした。
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