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 世が荒れる時、ソレは北から現れる。

 ソレとは魔王の事だ。光の聖女と光の勇者に封じられた魔王は数百年に一度蘇る。そしてこの世界を狂わす瘴気を垂れ流す。

 瘴気に蝕まれた生き物は、闇堕ちし狂うと言われている。それを防ぐ為、女神は光の聖女と光の勇者を遣わせる。

 魔王復活の可能性。それはこの世界を揺るがしかねない大事件なのだ。



◇◇◇



 その者は、美形という言葉では言い表せない程の存在感だった。

 2mの高い身長。白く美しい肌に、白く長い髪。切れ長の水色の瞳。そして絶対的強者のオーラを纏っていた。

 これが妖精王。女神の次に強いとされる者。

 その存在感に知らずとキャスは緊張した。見れば、レースとブラハも圧倒されている様だ。

 ソファに座った妖精王が指をクルンとするとカップやポットがふわふわと動いて、勝手に紅茶を淹れてくれた。

 タンタンがキャス達がいかに良くしてくれたかを妖精王に話して、彼は静かに話を聞いていた。

「我の子に良くしてくれた様だな。感謝する」
「い、っ…いひえ」

 いつもは冷静なキャスが、珍しく噛んだ。

「明日の夜には新たな子らが誕生する。もし興味があるなら見て行くが良い」
「あ、ありがとうございます」

 その時、コンコンと扉がノックされた。
 入って来たのは若い男だった。

「シェリア」
「ルミドか」

 ルミドと呼ばれた男はエルフだった。特徴的な緑の髪に緑の目。全体的に優しい雰囲気を醸し出した美しい男だった。

 キャスの側でレースが息を飲んだのが分かった。

 横を見ると、レースが頬を染めてルミドに見惚れている。人が恋に落ちる瞬間を初めて見た、と思った。



「みんな、ごめんなさいね。わたし彼について行くわ!」

 ルミドと出会って翌日。何をどうしたのか、レースは見事にその恋を叶えていた。

 この後、すぐに南のエルフの里に戻って婚姻の儀を執り行うらしい。

 あまりの展開の早さにポカンとしているキャスとブラハ、そしてタンタンにレースがハグをしていく。

 そして最後にキャスの手を握った。

「キャス!あの時、キャスがわたしを助けてくれた事、わたし忘れないわ!いつか貴女に何かあれば助けに行くから!」
「…あ、あぁ」
「キャスもこの人だって思ったら、その人の手を離しちゃ駄目よ!」
「…あ、あぁ」
「じゃあね!みんな!」

 パーティー1番のお騒がせ娘は、そうやって恋人と共に仲間の元を去って行った。

 後には、呆然としたキャス、ブラハ、タンタンが残された。

『レース行っちゃった』
「…そうだな」
「後衛と補助担当がいなくなったな」
「…そうだな」

 ポカーンという表現がピッタリな状況だ。

「キャス、ちょっといいか?」

 ブラハが大事な話がある、とキャスに声をかけた。そのまま2人で城の外に向かう。ブラハの頼みで、タンタンは城に残った。



 涼しい風が辺りの花を揺らした。赤、白、黄など、様々な色が城の外に広がっていた。

 レースの件がまだ尾を引いて呆然としているキャスを、ブラハが後ろから抱き締めた。緑を思わせる匂いがした。

「ブラハ?」
「キャス。オレはいつもお前につがいになる話をして、お前に断られているが」

 ブラハの低い声が、背後からソッとキャスの耳元で囁いた。

「オレはいつも本気だ。オレの番になってくれないか?」
「……っ」

 突然の告白にキャスの身体が強張る。その様子に、ブラハは一度腕を離してキャスを自分の方に振り向かせた。

 キャスは無言で眉を顰めていた。嫌というより、困った様な表情だった。

「キャスはオレの事が嫌いか?」
「嫌いじゃない」
「じゃあ好きか?」
「それは…」

 言葉に詰まる。きっとこの場合の「好き」は異性としての事だ。

 ブラハはキャスの両肩を掴み、ジッと彼女を見つめた。

「他に誰か気になる奴がいるのか?」
「…っ、そんな事」
「例えば、あの巻き毛のタレ目の男とか」

 キャスの脳裏にあの男が浮かんで来た。キャスが初めて異性を意識した相手。好きという訳では無いが、知らず内にキャスの頬が染まった。

 それを見てブラハは自分の恋が実る事は無いと悟る。キャスから手を離した。

「悪いな。オレもパーティーから抜ける」
「そんな…!何で急に」
「急じゃないさ。ずっと考えていた」

 獣人の寿命は300年。ブラハは200歳を越えている。もし番を作り子を成すなら、そろそろ本気で考えなければならない。

 パーティーを抜けた後は故郷の東の森に戻る。冒険者は引退する。そう言って、ブラハはキャスを残して1人城へ戻って行った。

 キャスは信じられない気持ちでその背中を見つめていた。



◇◇◇



 ヒヒーン

 複数の馬の鳴き声や蹄の音が、北の城一帯に響いた。

 乗っているのはベージュの布に縁が茶色に彩られた制服を着た男達。王国騎士団だ。

「よし。では早速、妖精王に会いに行きましょう。それまで馬を休める場所へ」
「ハッ!」

 騎士団の中で、ひときわ勲章をつけた男が部下へ指示を出した。ふと、城の近くの花畑を見ると、見覚えのある人影を見つけた。

「あれは…」
「どうしました?団長」
「ちょっと待っていて下さい」

 男は花畑にいる人物の元へ向かって歩き出した。



「キャスベル」

 名を呼ばれ、キャスはぼんやりしたまま振り向いた。

 制服から王国騎士団だと分かった。背の高い男だった。目線を上げると、薄い茶髪の巻き毛が陽に透けて、まるで金色の様だと思った。

 薄い茶色のタレ目がキャスを見つめ、驚きで見開かれた。

「貴女、何で泣いてるんですか?」
「泣いてる?」

 よく分からず、キャスは首を傾げた。言われてみれば目の前の男はボンヤリとぼやけて見えていた。

「表情筋の死んだ鉄の女、じゃないんですか?貴女は会う度に予想外すぎる」

 そう言って男は、取り出したハンカチでキャスの涙を優しく拭った。ほんのりと良い香りのするハンカチだった。

「…私を知ってるのか?」
「大会で優勝したでしょ?貴女は今や大陸中で有名人ですよ」
「そうか…」

 男の言葉に、これまでひたすら強さを求めて来た人生が報われた気がした。

 思わず笑みを浮かべたキャスの目じりから、再び涙が流れ落ちた。

 度重なるキャスの意外な素顔に、男は何だか胸がざわめく気がした。

 それを誤魔化す様に男は話を続ける。

「それで…何で泣いてたんですか?」
「パーティー仲間が2人抜けた」

 キャスは聞かれるままに1人は恋人を作って帰ってしまった事と、もう1人が引退すると抜けてしまった事を話した。

 本当はそれは直接的なキャスが泣いた原因では無い。ブラハの気持ちに応えられない事が心苦しく、大切な仲間を失った事が辛かった。でもそこまではさすがに言えなかった。

 黙って聞いていた男が、それなら、とキャスに話しかける。

「貴女も次の段階へ進んでみては?」
「次?」
「仲間は今人生の岐路で自ら求める道を選んだ」
「人生の岐路…」

 急な事で頭が追いつかなかったが、男の言う通り、レースもブラハも自分の意思で自分の人生を選択したのだ。

 いつの間にかキャスの涙は止まっていた。目の前の男が何を言うのかが気になった。

「今ちょうど王女の護衛を探しています。私と一緒に王城へ行きませんか?」
「王女の護衛?」
「はい。私は王国騎士団団長のラリエス。この国で初めての女騎士に貴女をスカウトします」

 ラリエスが微笑んで手を差し出した。

 街や村で会った時の様な軽い印象は一つも無かった。

 綺麗な花に囲まれた中、風が2人の間を吹き抜ける。男の豊かな巻き毛が風に遊ばれ、光の加減で金色の様にも見えた。

 王国騎士団団長ラリエス。

 その名ならキャスも知っていた。

 代々の光の勇者の末裔。
 今代、人族最強と謳われている男だった。

 強さを追い求めてきたキャスが、いつか手合わせをしたいと願っていた憧れの相手。

 まるで魅入られる様にー。

 キャスはその手を取った。
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