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第一部 ここって乙女ゲームの世界らしい

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 朝起きたら、オレのベッドでお母様が横でクークーと気持ち良さそうに寝ていた。

「うーん、もう食べられない~、スヤスヤ」
「……」

 そうだった。オレの今世の母親はぐーだらで、のんびり屋な人だった。

 少しずつ「前世の記憶のオレ」と「侯爵令嬢のワタクシ」が馴染んできたのか、今の自分の立場を思い出した。

 お母様の家は田舎貴族の男爵だ。それでお金に苦労したくなくて、金持ち貴族のお父様の愛人になった。

 オレの性別隠匿のせいか、オレ達親子は侯爵家の広い庭の離れでひっそりと住んでいる。そこに時々、お父様がやって来る生活を送っていた。

 お父様の正妻はオレの存在を認めて無い。だから、ずっと貴族的な教育なんて受けさせてもらって無かった。

 それが一転。先日オレはトルマリン家の長女として急に認知され、公爵家の跡取りであるジェードと婚約する羽目になったんだ。

 貴族的教育なんてしてないから、人前に出す事も出来ず、互いに顔合わせもしてない。家の都合だけでいきなり結ばれた婚約。

 そして今さらながら、オレを少しでもマトモな令嬢にさせないといけないと、最近正妻から勉強を強いられる様になった。

 ヴィラトリアの話し方が独特なのも、元々の話し方にいきなり丁寧な話し方を強いられる様になったせいだ。

 それが今のオレ。ヴィラトリア・トルマリンの状況。

「ヴィラちゃん、これも食べて~、ぐーぐー」
「……ぷっ」

 お母様の寝言に思わず吹き出す。

 オレは、だらしないけど自分に正直なこの人が好きだ。

 ベッドから降りて、オレは昨日と同じ様に机に向かった。

 そして悪役令嬢として婚約破棄されるぞ作戦と。お金をふんだくって逃亡して平民になるぞ作戦を練り始めた。



◇◇◇



 じー。

 本宅の近くの木に隠れて、オレは本宅を観察していた。

 前世の記憶が戻って数日。

 ちょこちょこ淑女教育は入るものの、それ以外の空き時間は、住んでいる離れや本宅の周辺をウロウロして、敷地内の把握に勤しんでいる。

 もちろん、何か遭った時にすぐ逃走できるようにだ!

 だけど…悲しいかな。所詮は幼児。散々歩き回ってるのに、全く回りきれてない。

 てかこの家広すぎ!

 で。疲れて木陰で休んでる最中に、本宅を観察していたんだ。

 家の造りも、広さも、召使いの数もケタ違いだ!

「さすがほんたく、メイドさんもいっぱい」
「そりゃ侯爵家だからな。このくらい当たり前だろ」
「でもワタクシのとこ1人もいないのに…へ?」

 オレ今誰と話してるの?

 恐る恐る振り返ると。

 癖っ毛のある焦茶の髪に、水色の目をした美形ちびっこがいた。小さいのに将来約束された様に顔が整っている。

「ふぁ、みらいのイケメンはっけん!」
「は?」
「と思ったらおにい様でした」
「お前…大丈夫か?」

 異母兄のライバンだった。2つ上の8歳だから、オレよりちょっと凛々しい美少年だ。

 正妻の影響か、普段彼からオレに話しかけてくる事はないのに珍しい。

「おにい様なにしてるんですの?」
「ちょっとな。お前は?」
「とーそーけーろのかくにんちゅうです」
「とーそーけ??」
「まちがえた。おさんぽですの」

 危なかった。逃走経路、舌足らずで助かった!

「ふん、さんぽか。女は気楽でいいな」

 ムカつく言い草に思わずムッとする。男なのに女として過ごすオレの身にもなってみろ。

 でも、そんなムカムカも、ライバンの辛そうな表情を見たら、すっかり吹き飛んでしまった。

「なんで、そんなに、つらそうですの?」
「……お前には関係ないだろ」

 プイとライバンはそっぽを向いた。その足元には子供用の木刀が落ちていた。

「けんのれんしゅー?」
「……別に」
「そのぼくとうは、おにい様のじゃないんですの?」
「…ちがう」

 なんと。こんな立派な木刀もったいない。

「みっけ!らっきー!」
「おい!お前、それどうすんだ!」

 木刀をずるずる引きずって歩き出したオレに、ライバンが後を追って来た。

「ワタクシ、これでけんのれんしゅーするんですの」
「女のお前が?」
「はい。それに、こんなりっぱなぼくとうなら、きっとたかくうれます!」
「はぁ!?」

 ライバンが慌ててオレから木刀を取り上げた。

「ダメだ!これはオレがお父様から頂いた物だ!」
「さっきちがうっていいましたの!かえして~」
「オレのだ。ほら名前だって家紋だってある!」

 ライバンは、ご丁寧に木刀の下部分に刻印されてる名前と家紋を見せてきた。

「ぶ~。これでは、けずらないとうれません」
「誰が売るか!」

 不貞腐れたオレに、ライバンは木刀を背に隠した。

「む~。じゃあなんでちがうって、言ったんですの?」
「……ちょっと、剣の稽古がしんどくて。その、悪かった」

 ライバンもオレから木刀を取り上げたのを悪く思ったのか、素直に謝ってきた。

 それから、ぽつりぽつりと、ライバンが木刀を放り出した理由を語り出した。

 剣の練習で家庭教師が来て教わっているが、いつも他の生徒と比べられて、嫌な思いをしている事。

 お父様も、ライバンの母親であるベルデラ様も、トップを目指せというばかりで全くその努力を認めてくれない事。

 友達同士で集まると、いつも有名騎士を輩出するコーラル家のロードに負けて、落ち込む事。

 言いながらライバンは、拗ねたようにその場にしゃがみ込んだ。そのままぶつぶつと愚痴ってる。

 それを見たオレはー。

「はは!かっわいい!」

 思わず素で声を上げて、笑ってしまった。

「むっ、なんだと?」
「おにい様はほめてもらいたかったんですの」
「は…はあ!?」

 図星だったからか、ライバンの顔が真っ赤になった。わかる、わかる。この位の歳の子は、やっぱり褒められてこそヤル気が出るよな!

 だからオレは、しゃがみ込んでオレの顔より下になったライバンの頭を、いい子いい子してやった。

「おにい様はとってもがんばってますの」
「ーっ」
「いいこ、いいこ」
「~~~っ」

 ガバッとライバンが勢い良く立ち上がる。
 その顔は真っ赤だ。

「オ、オレは、」

 子供ガキじゃないぞー!と叫びなら、ライバンは本宅に走り去ってしまった。

「ぷっ、あはは!」

 たかが8歳のくせに、子供じゃないって。本当、素直じゃないよね。でもこれで、ちょっとでも元気になってくれたら嬉しいな。



 それからというもの。

「今日は素振りを100回もやったんだ!どうだ、すごいだろ!」

 敷地内をうろついてると、何故かかなりの確率でライバンに遭遇するようになった。絶対オレを探してるよね。

「ヴィラが、その、褒めたいなら、褒めてもいいぞ?」

 しかも、何をどう頑張ったか申告して、褒めてもいいぞ!と頭を差し出してくる。

「いいこ、いいこ」
「ふん、仕方なく撫でさせてるんだからな!」
「はい。おにい様はカッコよくて、いいこで、じまんのおにい様ですの」
「……っ」

 わしわしされる姿が犬っぽくて、ちょっと可愛いんだよね。幻で尻尾が見えそう。

 お前呼ばわりされていたオレも、今では愛称のヴィラと呼んでもらえる様になった。

 こうやって兄弟感の仲が改善できれば、何かあった時に力になってくれるかもしれないしね!

「ヴィラも、オレの可愛いの妹だ」
「………………アリガトウゴザイマス」

 本当は弟だけどね!
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